第22話 心境の変化
「ねぇリタ。この服、変ではないかしら?」
「似合っていますし、クラウディア様ならどんなお洋服でもお似合いです」
「そういうお世辞はいらないから! 本当のことを教えてほしいの!」
「本当にお似合いですって。ただ……もう少し差し色を使った方が見栄えは良くなると思います」
「差し色……! それなら、靴を赤色のものにするわ」
「ええ。それがよろしいかと」
私はクローゼットの中を漁り、長いこと履いていなかった赤色のヒールを取り出す。
少しだけ埃が被っているが、しっかりと拭けばまだまだ履くことができる。
「髪の毛はどうしたらいいかしら? 久しぶりに巻いてみた方がいい?」
「そのままで十分だと思いますよ。それにしても……今日はオールカルソン家に行く日でしたよね? 最近は行く前にお洒落をしておりますし、何だか楽しそうですが……あれだけ嫌っていたエリアス様のことをお好きになられたのですか?」
「そ、そんな訳ないです! 前にもリタにだけは言いましたが、ガサツで粗暴で偉そうでいやらしいで目を向けてくる変な人…………」
――だったはずなのだけれど、最近は本当に人が変わったよう。
エリアスとは絶対に結婚なんてしたくなかったし、隙を見て家出することも考えていたほどだった。
それなのに二ヵ月前、急にエリアスの方から婚約解消を申し出てきたのだ。
最初は私を馬鹿にしているだけだと思っていた。
……ただ、次に会いに伺った時から、本当に婚約解消に向けての話し合いがスタートした。
私も色々と考えてきたつもりだったが、エリアスは私以上にそして私の思いつかないような案を次々に出してきて、その時に本気で婚約解消を考えているのだと理解した。
そこからは会いに行く回数も増やし、エリアスと秘密の話し合いを重ねていった。
お互いの両親には内緒で、当人同士だけで婚約解消を行うために話し合いを行うというのは中々にスリルがあり、本で読んだ義賊の大泥棒のお話に自らを重ねて楽しくなってきてしまったのだ。
そして、この話し合いと並行して行われるオススメのお菓子紹介。
これが――また楽しい!
最初に『蜂蜜印のクッキー』を持ってきてくれたことから、お菓子について分かっている人だとは思っていたけど……エリアスは私の何倍もお菓子やデザートに詳しいのだ。
節制しつつも、私も色々な街を巡って食べ歩きをしていた自負があったけれど、元おデブだったエリアスには敵わない。
なんでも、食べられる物は全て食べてきたとのことで、他国の美味しいものまで本当に何でも知っている。
更に更に、自分でも料理を作れるとのことで、最高に美味しいお菓子を作ってくれるのだ。
近くの森で採取したというハーブティーも最高で、毎日でも行きたいくらいには最近は楽しい。
こうなってくると、話し合いで行われるのが婚約解消というのが少し寂しくもあり……。
――いやいや、エリアスなんかと結婚なんてしたくない。
常にそう思って生きてきたんだから、こんな考えに至るのは絶対におかしい。
「――クラウディア様。クラウディア様!」
「……ん? 何かしら?」
「何かしらって……。ぼーっとしてましたが、大丈夫ですか? もうお時間が迫ってきていますよ」
「あっ、もう行かないと! ねぇリタ、この恰好おかしくないわよね?」
「ええ。何度も申し上げますがお似合いです。――ああ、こちらのシフォンケーキをお持ちください。頼まれていた『シーサービス』のシフォンケーキです」
「ふふふ。リタ、ありがとう。それじゃ行ってくるね」
私は家を出て、オールカルソン家へと向かう。
エリアスが用意してくれた馬車に乗り、おすすめのシフォンケーキを抱きながら――今日はどんなお話を、そしてどんなお菓子を紹介してくれるのか。
ワクワクしながら、オールカルソンのお屋敷へと向かった。
お屋敷に着き、いつものようにエリアスの自室に向かおうとしていると、何やら玄関付近でエリアスが口論しているのが見えた。
赤髪の綺麗な女性とシスター服の胸の大きな女性に囲まれ、何やら言い争いをしている様子。
何だか胸がモヤモヤする感覚に陥りながらも、あくまでも困っているエリアスを助けるため、話に割って入ることに決めた。
「コルネリア、何を勝手に決めているんだ! エリアスは聖王国の騎士学校に入学させる! 私が推薦して、既に入学も決まっているんだよ!」
「そ、そんなの駄目ですよ! エリアス様は回復魔法の天才です! 聖サレジオ魔法学校に入学するんですから! 既に校長先生であるローゼル様から入学の許可を頂きました!」
「駄目じゃ駄目じゃ! エリアス様はグルーダ法国の冒険者学校に入学するんじゃ! 冒険者学校には元第一席次の大賢者ニコラス様がいるんじゃからな! エリアス様には攻撃魔法を極めてもらうんじゃ!」
よく見ると背の低いご老人も混ざっており、何の話をしているのかさっぱり分からないが大論争が巻き起こっている。
その輪の中心にいるエリアスを取り合っていることだけは分かったため、私はエリアスの腕を掴んで輪の中から抜け出させてあげた。
「何の話をしているのか分かりませんが、一度落ち着いてください。エリアス様が困っておられます」
「……ん? 誰じゃこの女子は」
「エリアス様の婚約者の方ですよ。えーっと、確か名前は…………」
「クラウディアです!」
ガサツな人達であり、態度も含めて使用人らしくありません。
婚約者の名前すら認知していないことにムカッとしつつ、私はエリアスの前に立って両手を広げる。
「クラウディア、助けてくれてありがとう。何だか変な話に巻き込まれていて困っていたんだ」
「大丈夫ですか? どこかお怪我とかはございませんか?」
「ははは、怪我はない。言い争いを聞かされていただけだからな。……よし。三人共、俺は決めたぞ。悪いがどこの学校にも行かない! 俺は――今休んでいる貴族学校に行く」
「えぇ!! 一番駄目な選択肢ですよ!」
「そうだぞ! エリアスの将来を考えたら絶対にありえない!!」
「ワシもそう思うぞ! もう一度考え直すべきじゃ!」
鬼の形相で再び詰め寄ってきた三人の怪しい使用人たち。
私はエリアスの前で、再び大きく両手を広げたのだが……そんな広げた私の手を握り、駆け出したのはエリアスだった。
「きっと話しても無駄だから逃げよう。部屋までは流石に追ってこないから」
エリアスの手のひらはゴツゴツとしていて、剣を振っているのが分かる手。
性格が軟化しただけで、食べ物が好きな気の合う友達って感じだったのだけれど……。
私は何故か変にドキドキしながら、エリアスに手を握られた状態で、追いかけて来る三人から逃げたのだった。
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