第21話 人間国宝


 ミスリエラ教国、聖サレジオ魔法学校。

 回復魔法、神聖魔法の才能ある者が国内外から集められる――由緒正しき国立の名門魔法学校。


 毎年三千人ほどの入学希望者がいながら、入学できるのは三十人ほどと言う非常に狭き門。

 限られた才能しか入学は認められず、入学したとしても卒業できるのはその中の十人ほど。

 

 在学期間に成長できなかった者は容赦なく蹴落とされ、ふるいにかけられ残った者しか聖サレジオ魔法学校の卒業生としては認められない。

 ただ……卒業生となったらその扱いは格別であり、一生安泰とも言えるほど就職先に困ることはない。


 各国の大聖堂で教皇を努めているのは、全員このサレジオ魔法学校の卒業生であり、回復魔法を扱う者ならば誰しも憧れる魔法学校。

 そんなサレジオ魔法学校の校長——ローゼル・フォン・コールシュライバー。


 もう五十年近くサレジオ魔法学校の校長で居続けており、元々は勇者のパーティの一員で、ヒーラーを務めていた正に生きる伝説。

 人間国宝にも認定されていて、国のどんなお偉いさんですらローゼルには頭が上がらない人物。


 そんなローゼルの元に――ある日一通の手紙が届いた。

 手紙の差出人は…………コルネリア・ハインベル。


「あら、懐かしい名前。一度も手紙なんか寄越したことがなかったのにね」


 ローゼルは自室でポツリと独り言を漏らした。


 コルネリア・ハインベル。

 二十年以上前に、このサレジオ魔法学校に入学した元天才回復術師。

 ローゼルの記憶にも強く残っており、その時の衝撃は未だに忘れられない。


 この魔法学校に在籍している生徒の平均年齢は十八歳。

 それは今も昔も変わらずであり、そんな中で入学してきたのが当時十歳のコルネリアだった。


 五歳にして【ヒール】を扱えるようになり、入学してきた十歳の頃には【ハイヒール】を完璧に使いこなし、飛び級で入学してきた文字通りの天才。

 今まで例がなかった事案だったこともあり、ローゼル自ら指導も行ったのだが……結果としてコルネリアは大成しなかった。


 サボっていたからとか、真面目に指導を受けなかったからとかではなく、ただただ超早熟だったというだけ。

 しっかりと卒業はすることができたし、それだけでも超優秀ではあるのだが、周囲からの期待が大きすぎたということもあって、現在も失敗扱いされている最たる人物である。


 卒業後は通常のルートで、枢機卿にまではなったと聞いていたが……他の祭司と折り合いが合わずに教会を辞めたというところまでは報告を受けていた。

 それ以来、何の音沙汰もなかったコルネリアからの久しぶりの手紙に、ローゼルは少し怖さを覚えつつも手紙を読んでみることに決めた。


 封筒の中に入っていたのは手紙一枚だけであり、書かれていた内容は非常にシンプルなもの。

 エリアス・オールカルソンという人物を、サレジオ魔法学校に入学させてほしいとの内容。


 コルネリアはエリアスを天才と称しており、一度見に来てほしいとも手紙には書かれてあった。

 卒業生からこのような推薦の手紙は山ほど来るため、基本的にはローゼルは相手にすらしないのだが……。


「――少し興味があるわね。元天才と呼ばれた人間が天才と称する人物」


 天才と言われて期待され、苦しみに苦しみ抜いた彼女が天才と言い切る人物。

 初めて送られてきた手紙ということもあって、一度見てみる価値があると判断したローゼルは、手紙に記載されていた場所に行ってみることにした。




※     ※     ※     ※




 ミスリエラ教国の旗が掲げられた豪華絢爛な馬車。

 その周りには屈強な兵士や魔導士が馬に乗って並走しており、その光景は圧倒的なもの。


 それもそのはずで、ミスリエラ教国の国宝であるローゼル・フォン・コールシュライバーが数十年ぶりに自国を出て、他国へと向かっているのだから。

 ローゼルに何かあったら国の尊厳に関わる問題であり、絶対にトラブルが起きないように国が全力で護衛を行っている。


「ローゼル様。それにしても随分と急なお話でしたね。理由を話してくれませんが、急にドラグヴィア帝国に行きたいだなんて……本当に何があったのですか?」

「特に何もないわよ。数十年前に受け持った生徒から手紙を受け取って、久しぶりに会ってみたいと思ったの」

「誰なんですか? その生徒というのは」

「ルイーゼに言っても分かりませんよ」

「卒業生は限られているんですから、分からないということはないんですが」


 そこからローゼル様は一切口を開くことなく、ただ無言で聖書をお読みになられるだけとなってしまった。

 私がローゼル様の付き人になってからもう十年くらいになるが、こんなことは初めてのため正直どうしたらいいのか分からない。


 国のお偉いさん達からもしつこいくらいに釘を刺されており、何かあったら全て私のせいにされるだろう。

 穏やかな性格をしていてお優しい方だが、時折分からない行動を取る。


 口出しもできないため、私にできるのはローゼル様に何もないようしっかりと護衛をすることだけ。

 ……しかし、本当にどこへ行くおつもりなのだろうか。



 辿り着いたのは、ドラグヴィア帝国にあるグレンダールという名の街。

 正直聞いたこともない街だったが、意外にも街自体は大きく、賑わいを見せている。


 ローゼル様は護衛に街の外で待つように指示を出し、私だけを連れて街の奥にある大きな屋敷に向かった。

 多分だけど、この屋敷がローゼル様が目指していた場所。


 一体どんな人物が出てくるのか期待していたのだけど、姿を見せたのは胸の大きなシスター服の女性。

 どこかで見覚えがある。私は必死に頭の中の記憶を探り、出てきた名前はコルネリア。


 かつて天才として、聖サレジオ魔法学校に入学してきた人物だったはず。

 未だにコルネリアの最年少記録は打ち破られていないため、私でも何とか憶えていたが……卒業してから一切名前を聞いていない。


 そんな彼女はローゼル様と何やらひそひそと小声で話した後、屋敷の中へと招き入れた。

 私は最大限の警戒をしつつ、ローゼル様の後ろを追って中に入ると――そこにいたのは一人の男性。


 年齢は十代後半くらいだろうか。

 浅黒い肌のぽっちゃり体型で、いかにも貴族という恰好をした男。


「ローゼル様。あの男性が今私が魔法を教えているエリアス様という人でして――紛れもない天才です」

「天才……。コルネリアが簡単にその言葉を口にするとは思えませんからね」

「はい。実際に見て頂ければ分かると思います」

「私の前では思った力が出せないかもしれませんので、私は別の場所で隠れて見させてもらいます。ルイーゼ、よろしく頼みましたよ」


 ローゼル様はそう言うと、私達から離れて木陰に隠れた。

 正直、丸見えなのだが……これだけ距離を取っていればローゼル・フォン・コールシュライバーだとは気づかれないということだろう。

 

 ローゼル様が隠れ終えたのを見てから、エリアスと言っていた男の下へ行き何か話すと……私の前に連れて来た。

 やはりこの男、近くで見ても何の雰囲気も風格もない。


 もし天才でないのだとしたら、ローゼル様の貴重な時間を奪った大罪人としてしょっ引きたいところだが、流石に国際問題になってしまうか。

 そんなことを考えながら、私はエリアスの一挙手一投足を注視する。


「エリアスだ。コルネリアの友達なんだってな」

「お前は……初対面で敬語も使えんのか?」


 別に友達でもない。

 国宝であるローゼル様をここまで連れてくることの大変さを思い出し、思わずムッとしてしまう。

 貴族の坊ちゃんなんてこんなものだと分かってはいるが、やはりムカつくものはムカつく。


「いや、お前も俺にタメ口を使っているだろ。……で、コルネリア。俺は何をしたらいいんだ?」

「魔法を見せてあげてほしいのです。エリアス様のことを話したら興味を持ってくださって、どうしてもエリアス様の魔法が見たいと遥々やってきてくれたんですよ」

「へー。魔法を習ってまだ二ヵ月だし、俺の魔法なんてコルネリアと比べたらカスみたいなもんだけどな。それでもいいなら見せるけど……回復魔法だよな?」

「はい。回復魔法でお願いします」


 魔法を習って二ヶ月。

 此の発言だけで、ここまで来たのが無駄だと確信した。


 ローゼル様ももう少し下調べをしてから、自ら動いてほしかった。

 もう魔法は見なくても十分。


 そう思って止めようとしたのだが、私が止める前に――エリアスは握っていた剣で自らの腕を斬り落とした。

 傷をつけたとかではなく、完全に斬り落としている。

 鮮血が飛び散り、あまりの衝撃的な光景に開いた口が塞がらない。


「な、な、なにを――! な、何を馬鹿なことをッ!」


 すぐに回復魔法を唱えようとした私に片手を突き出し、魔法の詠唱を制止してきたコルネリア。

 頭がイカれたのかと思ったが、エリアスの顔は苦悶一つ浮かべていなかった。


「三重複合魔法【幻術再生 イリュージョンヒール】」


 エリアスが魔法を唱えると、あっという間に腕が再生されていく。

 長年ローゼル様の傍にいる私ですら――見たこともない回復魔法。


「ほら、こんなものでいいか? 腕はもう元通りに動かせる」

「…………………………気持ち悪い」

「き、気持ち悪い!?」


 あまりにも現実離れしたことに理解が及ばず、つい本心を吐露してしまった。

 意味が分からなすぎて気持ち悪い。ただ…………天才なのは間違いないだろう。

 私は振り返ってローゼル様のことを見てみたのだが、その表情はまるで悪魔のようであり――長年付き人をやっていた私ですら見たことのない笑顔を見せていた。



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