第20話 森の番犬
バームモアの森の洞窟を探し始めること約一時間。
ここまでは何の手掛かりもなく、ただコルネリアと共に森を散歩しているだけの状態。
このままタイムリミットを迎えて終了かと半分諦めていたのだが……ようやく俺が見覚えのある場所に出た。
丸く切り抜かれたような開けた場所であり、その中心には斜めに生えた木。
『インドラファンタジー』では、バームモアの森に入るとここからスタートだったんだが、ゲームでは勝手に省略されていたのかもしれない。
この場所さえ見つけてしまえば、洞窟までは俺が案内することができる。
後一時間の内に辿りつけるかだけが非常に怪しいが、一直線で向かえば辿り着くはずだ。
コルネリアには申し訳ないけど、ここからは少しだけ歩くスピードを上げさせてもらおう。
「はぁー……、はぁー……え、エリアス様! 少しスピードが早——」
「コルネリア、多分だがもう着く。噂が本当ならば、あそこの間を進んだ先にきっと洞窟がある」
「それは本当ですか!?」
隠されたマップである秘密の花園に入り、その花園を抜けた先に洞窟がある。
俺はワクワクしながら草木を掻き分けて抜け道を通り、そして秘密の花園へと出た。
色とりどりの花が一面に咲いており、思わず見惚れてしまうほどの絶景。
ここは紛れもなく秘密の花園なのだが……記憶にないものがその花園の中心で眠っていた。
綺麗な花園には似つかわしくない、四メートルは優に超える巨体の魔物。
真っ黒な毛を持っていて、見るもの全てを委縮させる鋭い牙と爪。
そして何よりの特徴は三つ首だろう。
継ぎ接ぎの後があることからも、後天的に二つの首を付けられたであろうその魔物は――キメラケルベロス。
『インドラファンタジー』では、デミコフ研究施設という場所で出てくる魔物。
デミコフ研究所はグレンダールよりももっと後の場所であり、故にキメラケルベロスはゲームのシステム上、バームモアの森にいてはいけない存在。
なんでバームモアの森にキメラケルベロスがいるのか分からないが、俺ですら想像していなかった魔物。
この先に洞窟があるはずなんだけど、そんな悠長なことは言っていられない。
ここは大人しく引き返すべき――俺はそう判断したのだが……。
「な、なんなんですか……! あ、あの化け物みたいな魔物は……!」
もちろんのこと、キメラケルベロスなんか知らないコルネリアは腰を抜かして声を出してしまった。
知っている俺ですら声を出しかけたのだから、こればかりは仕方ないとは言え……。
コルネリアの声に反応して、眠っていたキメラケルベロスの真ん中の頭が目を覚ましてしまった。
そして、俺達と目が合った瞬間――咆哮を上げた。
腹の底が震えるほどのけたたましい咆哮。
この咆哮でコルネリアは完全に心が折られ、腰を抜かしたままガタガタと震えている。
それだけでなく、今の咆哮で左右の頭も目を覚ましたようで、ゆっくりと体を起こした。
逃亡もできない絶対絶命のピンチではあるが、意外にも俺は冷静。
回復魔法のスペシャリストであるコルネリアがいるため、多少の攻撃を食らっても死なないと分かっているからな。
それにバームモアの森にいてはいけない魔物ではあるが、今の俺が倒せない相手だとは言っていない。
まだ初級魔法しか教えてもらっていないが、三重複合魔法までなら扱えるし、剣の方もティファニーにみっちり鍛えてもらっている。
今の俺の力を試せる相手と考えれば……特段怖い相手ではない。
「コルネリア、ここは俺が倒す。何かあったときは回復魔法で助けてほしい」
「え、エリアス様、あの魔物は危険です。わ、私を囮にお逃げください!」
「コルネリアを置いて逃げるなんて出来るわけがない。洞窟を探そうと言ったのは俺だし、危険な目に遭わせてしまった責任は俺が取る。心配しなくても大丈夫。意外と自信があるんだ」
俺はコルネリアにそう告げてから、吠えているキメラケルベロスに近づいていく。
左手には剣を。右手には魔法を。
実戦で使うのは初めてだけど、キメラケルベロス相手なら申し分ない。
まずはそうだな――魔法をぶっ放してみよう。
「【——荒天の《 ウェザー》
俺の右手から放たれた魔法は、地面を抉り取りながら突き進み、木々を巻き込みながらキメラケルベロスを襲った。
もしかしたらこの一撃で終わる可能性もあると思っていたが、風属性に耐性を持っているし流石に耐えてきたか。
かなりの傷を負い、至るところから出血は見られるが、まだピンピンしている。
なら次は――俺は右手の人差し指をキメラケルベロスに向け、親指で照準を合わせてから新たな魔法を唱えた。
「【雷光の《 ライトニング》
俺に飛びかかろうとしているキメラケルベロスに雷の銃弾を撃ち込んでいき、半強制的に動きを封じ込めながらダメージを蓄積させていく。
弱点属性である雷は効くようで、十発目辺りから右側の首は泣いているように見える。
このまま魔法で押しきれそうだが、せっかくだし剣でトドメを刺そう。
【雷光の《 ライトニング》
荒い継ぎ接ぎ部分から左右の首を落とし、残るは真ん中の首だけ。
【雷光の《 ライトニング》
このまま真ん中の首も落として仕留めても良かったのだが……。
俺は今斬り裂いた首に上薬草を当てながら、魔法を唱えた。
「【ハイヒール】」
斬られた首は綺麗にくっついていき、白目を向きながら舌を垂らしていた頭も意識を取り戻した様子。
もう一つの首にも同じことを行い、体の傷も治してやるとケルベロスは一瞬何が起こったか理解出来ていないようだったが、とにかく何かしないとと思ったようで犬のように腹を見せて降伏の意思を示してきた。
ここでまだ攻撃の姿勢を見せてきたら、今度は本当に殺してやろうと思っていたから、降伏してくれて良かった。
『インドラファンタジー』では、魔物を従えることはできなかったのだが、どうやらこの世界では可能なようだな。
「コルネリア、待たせて悪かった。仕留めてはないが無事に……ん? コルネリア?」
おっとりした雰囲気のあるコルネリアだが、今俺に見せている眼差しは怖いくらい真剣。
この眼差しは、安堵や安心から来る視線ではない。
「……エリアス様。今の魔法は一体なんですか?」
「ん……? どの魔法のことだ? 最初に放った魔法か?」
「いえ、あの魔物を治癒させた魔法です」
「それなら普通の【ハイヒール】だ。さっきコルネリアが言っていた薬草×回復魔法とやらを試してみたんだよ」
「【ハイヒール】……。分かりました。……エリアス様、私を助けて頂きありがとうございました。今日のところはもう帰りましょう」
服従させたキメラケルベロスのことや、もうすぐ先にある洞窟にも行きたかったが……。
流石にコルネリアを引き留め、もう少し先を進んでみようとは言えない。
キメラケルベロスは倒せると分かった上で服従させたし、また近い内に来ればいい。
継ぎ接ぎ部分が綺麗になり、まだ仰向けで寝そべりながら俺の方を見ているキメラケルベロスに手を振ってから、俺とコルネリアはバームモアの森から脱出するため歩を進めた。
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