第18話 許嫁


 どうやらこの応接室に俺の婚約者であるクラウディアがいるらしい。

 『インドラファンタジー』では登場しなかったしなかった人物。


 緊張しつつも扉を開けると、応接室にいたのはエリアス……つまり俺の両親。

 そして、その横には――絶世の美女が座っていた。


 透明感のある白い肌に、煌めくように見える金色の髪。

 華奢な体に顔は非常に小さく、神が創造したのかと思うほど完璧なバランスの目、鼻、口。


 まるで物語の王女様のような容姿であり、エリアスとはあまりにも不釣り合い。

 大分見た目もよくなったと思ったばかりだが……別次元だな。


「おおー、エリアス来たか。クラウディア穣が来ておるぞ」

「……え。エリアス…………様なのですか?」

「なに? あなた、婚約者であるエリアスの顔を忘れたとでも言うの?」


 パンパンに太った俺の母親が、クラウディアを睨み付けてドスの利いた声を出した。

 その光景はまるで童話のようであり、悪い魔女に睨まれたお姫様のよう。


「い、いえ! 大分お痩せになられたので、驚いてしまっただけです」

「ん? ……あら、確かに痩せたかしら? エリアス、具合でも悪いの?」

「ほれほれ、今はそんな話はいいだろ。ほら、後は若いお二人で楽しんでくれ」


 エリアスの父親だと一発で分かる下卑た笑みで、そうクラウディアを促した父親。

 クラウディアは笑って立ち上がると、笑みを浮かべたまま俺の下まで歩いてきた。


 これは……どこかに連れていく流れなのか?

 絶世の美女に微笑まれ、体を一気に強張らせて俺はクラウディアをエスコートする。


 応接室を出た後は一切会話がなく、クラウディアは黙って後ろをついてきてくれているのだが、一体どんな顔をしているのか怖くて振り返れない。

 嫌われているというエルゼの情報からも、声を掛けるに掛けられないまま、俺は自室までやってきた。


「へ、部屋で大丈夫か?」

「もちろんでございます」


 天使のさえずりかと思うほど綺麗な声なのだが、抑揚の一切なく機械的。

 部屋に招き入れるのもどうかと思ったが、俺は変な汗を流しながら自室に入った。


「その椅子を使ってくれ」

「ありがとうございます」


 向かい合うような形で座ったことで、クラウディアの顔を見ることになっているのだが……。

 機械的な声と同じように、人間味の一切ない微笑み。


 絶世の美女だからそう見えるというのもあるだろうが、張り付けた笑顔から変わる様子はない。

 例えるなら、大企業の受付嬢が見せる笑顔って感じだ。


「遠いところからわざわざ足を運んでくれてありがとう」

「いえ、お気になさらないでください」

「ここまではどうやって来たんだ?」

「用意して頂いた馬車で来ました」

「外の天気は大丈夫だったか?」

「ええ、晴天でございますので」

「そ、それは良かった」


 質問には答えてくれるが、一切会話が続かない。

 向こうから質問をしてくれないため、会話を続けようがないのだ。


 この対応は完全に嫌いな者へ行う対応であり、少しだけ身に覚えがあってズシンと心にくる。

 エルゼがクラウディアの好きな物だという、蜂蜜堂のクッキーを持ってきてくれる予定なのだが、この地獄のような空気に耐えられる気がしない。


 本当は少しでも機嫌を取ってから本題に入りたかったかったのだが、俺はエルゼを待っていられないと判断し、話を切り出すことに決めた。


「…………クラウディア、大事な話があるのだが大丈夫か?」

「大事な話…………ええ。もちろん大丈夫ですよ」


 一瞬真顔になったのが、ヒヤリとするくらい怖い。

 すぐに微笑みの表情に変わったけど、それもまた怖い。


「実はなんだが、俺との婚約を解消してほしいんだ」

「は? ……あの、私何かしていましたか?」


 本心からの『は?』。

 クラウディア目線からだと、いきなり嫌われたと思ってしまうか。


「いや、何もしていない。クラウディアには迷惑を掛けないようにするし、俺にできることなら何でもさせてもらう。クラウディアも俺なんかと結婚するのは嫌だろ」

「そ、そんなことは………………ご、ございません」


 完全にそうである間だったが、一応否定はしてくれた。

 互いに意見が一致した訳だし、Win-Winの関係を結べるはず。


「俺から婚約の解消を言い出しているんだから、別にもう取り繕わなくてもいい」

「…………。でも、なぜ急にそんなことを言い出したのですか? 以前まではきも……しつこいほど体の関係を迫ってきておりましたよね?」


 ……はぁー。やはりクラウディアにも体の関係をせまっていたのか。

 こっちは婚約者だし正当な理由っぽくは見えるが、今もキモいと言いかけていたし無理やりはよくない。


「俺の両親を見て、偉ぶるは良くないことだと悟ったんだ。だから、色々と変えようと思っている」

「それでダイエットも?」

「ああ、そうだ。クラウディアにもこれまで嫌な思いをさせたと思うが、どうか許してほしい」


 俺は深々と頭を下げた。

 簡単に頭を下げてはいけないのだろうが、ここは絶対に謝る場面。


「謝罪なんてお止めください。私は何とも思っておりませんので」

「そう言ってくれるのはありがたい。これからは行動で示していくつもりだ。まず初めに行うのが……クラウディアとの婚約解消。クラウディアも俺に協力してくれないか?」

「エリアス様が私と結婚したくないとのことなのであれば、もちろん協力させて頂きます」


 クラウディアと結婚したくないわけではない。

 そう口にしたかったが、クラウディアの口角はピクピクと動いていて余りにも嬉しそうな表情。


 先ほどまでの作られた笑顔ではなく、これは心からの笑顔だろうな。

 ここで否定すると話がややこしくなるため、否定はせずにこのまま話を進めよう。


「ありがとう。それで聞きたいんだが、俺と結婚するに当たってのクラウディアにとってのメリットは何なんだ?」

「それは……オールカルソン家と家族の繋がりとなることです」

「それをクラウディアの両親が望んでいるのか?」

「はい。望んでいると思います」


 ド直球の政略結婚。

 解決策は簡単に見つかりそうにないが……ここはしっかり二人で話し合い、クラウディアとその家族に一切のデメリットがないよう婚約の解消をしてあげたい。


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