第17話 来訪者


 エリアス・オールカルソンに転生してから、約二ヵ月が過ぎようとしている。

 思っていたよりもここまで上手く立ち回ることができており、この二ヵ月間は訓練漬けではあったが充実した生活を送ることができた。


 特に剣の修行が始まってからは、一日経つのがとにかく早かったな。

 あっという間に剣の訓練が終わり、あっという間に魔法の訓練が終わり、あっという間に回復魔法の訓練が終わり、そして一日が終わっている感覚。


 一日に三つの訓練っていうのもいい塩梅であり、毎度もっとやりたいって気持ちで時間が来るため一生飽きが来る気配がない。

 このままずっと修行を行い、最強を目指してもいいぐらいなのだが……俺の目標はモテること。


 部屋に置いてある大きな鏡を見て、今の自分の体を確認する。

 うん。悪くない――よな?


 まだお腹はぽっこりとしているが、二ヵ月前の爆発寸前のお腹を考えたらダイエットは現時点で大成功と言えるはず。

 下手すれば人一人分くらいは減らしたと思うし、そのお陰もあって見栄えも良くなってきた。


 それに三人以外の使用人にも優しく接してきたこともあって、今では噂話や嫌な視線を向けられることはほぼなくなった。

 ティファニーとの関係も良好だし、これで刺殺されるというバッドエンドは回避できたと思うんだけど……あれってどれくらい先の出来事なのだろうか。


 主人公である勇者視点からなら分かるのだが、エリアス視点だといつ勇者がこのグレンダールの街にやってくるのか想像もつかない。

 長くても五年以内にはやってくると思うんだが、いくら考えたところで分からない。


 何かしら大きな事件でも起こってくれればいいのだが、如何せんオールカルソン家の敷地内から出ないため、ほとんど情報が入ってこないんだよな。

 師匠たちとの訓練も大事だが、そろそろ積極的に外出しても良い頃合いかもしれない。


 何より……オールカルソル家の敷地内にいる限り、女の子との出会いがないからな。

 ティファニーさんやコルネリア、それから他の使用人にも女性はいるが、使用人に手を出すのはタブーと自分の中で決めた。


 せっかく良くした評判を落としたくないし、俺に好意があってなのか権力に従ったのか全く分からないからな。

 よし、今日からは週休二日としよう。


 月曜日から金曜日まではこれまで通り指導をしてもらい、土日は休みとして積極的に外出する。

 というか今更だが……俺に付き合う形で三人も毎日付き合ってもらっていたな。


 二ヶ月間休みを与えなかったのは、結構嫌われる要因ではないか?

 友好的な関係を築けていると勝手に思っていたが、そのことに気がついて段々と自信がなくなってきた。


 早いところ今決めた話を三人に伝え、これまで働いてもらった分もしっかり休んでもらい、多く働いてもらった分の給料も多めに渡そう。

 そう決めた俺は、急いで部屋の外に出ようとしたのだが……タイミングよく部屋の扉がノックされた。


「何か用か?」

「ちょっと急を要するお話がございまして、中に入ってもよろしいでしょうか?」


 扉の向こうから聞こえた声の主は、俺の部屋の掃除とかを担当してくれているエルゼという使用人。

 ゲームには登場しなかったのだが、中々可愛い顔をしたエリアスと同い年くらいの女性。


 ほとんど俺専用の使用人となっており、エリアスなんかの担当で可哀想ということもあってかなり優しく接している。

 その甲斐もあって今では怯えずに話してくれるようになり、師匠たちに次いで良好な関係を築くことのできている使用人。


「失礼致します。いきなり本題で申し訳ないのですが……本日クラウディア様がお越しなられるようです」

「……ん? く、クラウディア?」


 クラウディアって一体誰だ?

 頭を必死に回転させるが全く思い当たらない。


 転生してから出会った人間の名前はしっかりと記憶しているし、ゲームでの登場キャラクターは覚えている限り書き起こした。

 だが、クラウディアなんて名前の人間はいなかったはず。


「えっ……まさか忘れてしまった……ってことはないですよね?」

「そのまさかって言ったらエルゼは驚くか?」


 そう問い返すと、エルゼはキョロキョロと周囲を窺ってから、コクリと小さく頷いた。

 この反応から考えても、クラウディアという人物はエリアスにとって重要人物。

 ただ身に覚えがないため、エルゼから教えてもらうほかない。


「驚かせて悪いが、本当に覚えていない。クラウディアについての紹介からしてくれないか?」

「…………やっぱり記憶喪失になって、お優しくなられ――」

「ん? すまない。声が小さくて聞こえなかった」

「い、いえ! 何でもありません! クラウディア様は――エリアス様の婚約者様です」

「こ、こ、こんやくしゃ?」

「はい、婚約者です。もしかして、婚約者の言葉の意味もお忘れに……?」

「いや、婚約者の言葉の意味は知っている」

「それは申し訳ございません」


 もちろん単語の意味は知っているが、まさかエリアスに婚約者がいたのか。

 そりゃ悪役貴族だし、許嫁ぐらいいてもおかしくはないのだが……衝撃が凄まじい。

 

 クラウディアがどんな人物なのか分からないが、性格最悪で上に肉達磨だったエリアスと許嫁なんて流石に可哀想すぎるな。

 それでいて、ティファニーにも夜伽を迫っていたのか。


 この世界の結婚感は分からないが、不倫とか浮気とかの概念はあると思う。

 絶対に嫌われているし、会うのが怖くなってきたが……許嫁なら流石に会わないとまずいよな。


「そのクラウディアとは会わないと駄目か?」

「もちろんです! エリアス様に会いに来ているんですから!」

「そりゃ会うしかなさそうだな。俺ってクラウディアに嫌われているのか?」

「婚約者なのですから、きっと嫌っていないはずだと思います」


 きっと、はず、思う。

 頑張って濁してくれているようだが、スパッと言ってくれた方がありがたい。


「絶対に怒らないから本心で言ってくれ」

「…………もしかしたら嫌われているかもしれません」


 こりゃ嫌われているで確定だな。

 色々準備をしたかったが、もう屋敷の中にいるみたいだしすぐに向かわないといけない。


 最低限の身だしなみだけ整え、その間にエルゼからクラウディアについての情報を教えてもらう。

 まずは好きな物を送り、ある程度の仲を深めたところで――婚約を解消できないかの話を切り出してみよう。


 エリアスのことを嫌っているのなら、クラウディアだってエリアスと婚約したくないはず。

 俺も何も知らない女性と結婚なんて……まぁ悪くはないのだが、それではモテるという俺の目標が潰えてしまう。


 政略結婚の線が一番濃厚だし、婚約解消を行うとなったら色々と面倒くさいだろうが、話を聞けばクラウディアは子爵の娘。

 オールカルソンは公爵家なので、きっとエリアスの両親が命令して婚約を結ばせた形。


 俺が両親を説得さえすれば、上手い具合に解消の方向に持っていけるはずだ。

 そんなことを考えながら身支度を整えた俺は、クラウディアが待っている一階の応接室に向かった。

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