第16話 歪み狂う物語
とてつもない嫌な予感とはいえ、所詮はただの予感に過ぎない。
私はすぐに気持ちを切り替え、久しぶりに会ったティファニー様との会話に集中する。
「ええ、私の方は元気にやっておりました。ティファニー様はお元気でおられましたか?」
「色々あったが……まぁ元気ではあったな」
何か含んだ言い方をし、何処か遠い目をしているティファニー様。
考えすぎないように思っているのだが、どうしてもその表情は私の記憶しているティファニー様のものとは異なり、燃えるようにギラギラしていた目の輝きが失われているようにどうしても見えた。
「元気であったのなら良かったです。手紙でもお伝えしていた通り、私も色々と動いておりました。その結果として、ティファニー様が剣に打ち込める場所のご用意ができましたので――今すぐにでもオールカルソン家の使用人を辞めて頂き、『蛇腹』に移ってください」
本当はもっと色々と話したいことがあった。
ティファニー様が去った後のことを聞いてほしかったし、教えてほしかった。
ただ、それ以上に今のティファニー様の様子がどうしても気になってしまい、捲し立てるように『蛇腹』への加入を勧める。
若干引いてしまうような熱量だったと思うが……もはや関係ない。
「私のために色々と動いてくれていたことを知っている。ただ…………フェル、すまない。私はその提案を呑むことはできない」
返ってきた言葉は“ノー”。
ティファニー様を一目見た時から、この返事で来ることは何となく察しがついていた。
王国騎士団を辞めてから何があったのか、私には何も分からない。
一方的にコンタクトを取り、私はティファニー様の話は聞いていなかったから。
ただ、ひたすらに剣の道を進んでいたティファニー様なら大丈夫。
そう確信していたし、そんなティファニー様だったからこそ、私は自分の全てを捧げる覚悟をした。
「…………い、一体何があったのですか? 剣の道を進み、最強になるのがティファニー様の夢——だったはずです!」
「理由は簡単だ。圧倒的な才能を見て、私は最強になれないと悟ったから」
「まだ分かりません! これから鍛練を積めばその才能を持った者を越えることだってできるはず――」
「いや、今は私の方が剣の実力は上なんだ」
「ならば、ティファニー様が追いつかれることはないです! 剣の腕は努力の上に成り立つもの。私にそう教えてくださったのはティファニー様です!」
「ふふ、懐かしいな。私もそう思っていたし、つい最近まではそう信じて疑っていなかった。ただ、圧倒的な才能の前では努力なんて無意味。……いや、無意味は言い過ぎたな。無駄な足掻きと言い変えた方が適切か」
「納得できません! ティファニー様にだって剣の才能はあります! それも誰もが羨むような類まれなる才能を!」
「それも最近まではそう思っていた。……百聞は一見に如かず。フェルも見てみるといい。私の才能なんて平凡だと思える圧倒的才能をな」
そう言うとティファニー様は門を開け、私を敷地内に招いた。
そして、そのまま無言で進んで行くと……広い中庭にいたのは一人の男。
年齢は十代後半ぐらいだろうか。浅黒い肌にぽっちゃりとした体形。
顔立ちは悪くはないが、ぽっちゃりしているからかっこいいとの印象は抱かない。
「あの男は誰なのですか?」
「エリアス。オールカルソン家の次男だ」
エリアス・オールカルソン。
私がティファニー様にオールカルソン家を紹介したのだから、もちろん知っている名前。
悪名高い両親から生まれた、典型的な馬鹿息子。
悪事を働いている『蛇腹』の構成員からですら、“エリアスは生粋のクズ”と言わしめた人間——だったはず。
「あれがエリアス・オールカルソン。到底、剣を振れるような体型には見えませんね。別の誰かが来るのですか?」
「いや、私がフェルに言った天才というのはエリアスだ。見ていれば分かる。フェルなら一振りで分かるはずだ」
この状況でもまだ信じることができない。
あんな体型の人間が、ティファニー様以上の剣を振るなんてあり得るはずがない。
横目でティファニー様を確認したが、エリアスに向けるその目は私が一度たりとも見たことがないものだった。
言い表せない感情が渦巻き、吐き気がしてくる。
睨むようにエリアスに視線を戻したその時、剣を構えていたエリアスは剣を振り下ろした。
……………………………………ば、馬鹿な。私は自分の目を疑う。
エリアスがティファニー様に見えたのだ。
側近として近くでティファニー様を見てきた私が言うのだから間違いない。
あの剣の振りは――間違いなくティファニー様のもの。
「どうだ? 私を見ているようだろ」
「ティ、ティファニー様が指導なされたのですか?」
「ああ。指導といっていいのか分からないが、剣の振りを見せたらグングンと成長していった。ちなみにだが、指導を始めてまだ一ヶ月ちょっとだ」
「い、い、一ヶ月……!? あ、ありえ、あり得ないです! そんな馬鹿げた冗談は止めてください!!」
「冗談なんかではない。私の積み上げてきた鍛錬の成果をたった一ヶ月でコピーされてしまった」
そう語るティファニー様の目は悲しそう――ではなく、自慢のおもちゃを見せる子供のような嬉しさに溢れた目をしていた。
その目を見て……私は理解した。いや、してしまった。
ティファニー様は最強の剣士となる道を、このエリアスに託したのだと。
「……なるほど、分かりました。あのエリアスという男が……ティファニー様を変えてしまったのですね」
「そうだな。気持ちいいぐらいに諦めさせてくれた。これが良い変化なのかは分からないが……私の気分は案外悪くないんだ」
「…………俺の気分は最悪だがな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもありません。とにかくティファニー様が辞めずにオールカルソン家に残ることは分かりましたし、これ以上俺の助けもいらないことも分かりました」
「理解してくれたのは助かる。色々と動いてくれたのに本当にすまない」
「謝らなくて結構です。俺が勝手に動いたことですから。それと恐らくですが、これ以上俺がティファニー様と接触することはありません」
「たまには遊びに来てくれたら嬉しいんだがな。フェルとは色々と話がしたいと思っ――」
「いえ、俺はもう『蛇腹』にも足を踏み入れている身です。関わらない方がお互いのためかと。……それではティファニー様、幼少の頃から本当にお世話になりました。あなたは俺の憧れでした」
変わり果てたティファニー様と別れを告げると同時に、ティファニー様に人生の全てを捧げると決めた気持ちも切り捨てる。
心酔していたティファニー様を失い、これからどう生きるか分からない。
――なんてことは一切なく、俺はオールカルソン家の敷地内を歩きながら恐ろしいほど嗤っていた。
俺からティファニー様を奪ったのはエリアスであり、ティファニー様が人生を捧げて育てるであろうエリアスを壊すのが俺の新たな目的。
圧倒的な才能を持っていることは、俺も一目見てすぐに分かった。
本当は俺がこの手で殺してやりたいところだが、無謀なことは分かっている。
まずはエリアスに負けない才能の持ち主を探す。できれば子供がいいな。
『蛇腹』の情報網を使えば、探せないことはないはずだ。
探し出したら……俺が不幸を演出する。最上級の不幸をな。
徹底的に追い込んで、追い込んで、追い込んでから――俺が手を差し伸べるのだ。
“それ”が一番有効なのは、実際に経験した俺だからこそ分かる。
エリアスに負けない人間を全力で作り上げ、ティファニー様に見せる日が楽しみだ。
もしそれが叶ったのならば……また私のことを見てくれるはずだから。
※ ※ ※ ※
本当ならばフェルディナンドに誘われ、『蛇腹』に加入することでティファニーは表舞台から消える。
ただエリアスがエリアスではなくなったことで、物語は大きく歪み、そして狂い始めた。
その原因を引き起こした張本人は気づいておらず、そしてただひたすらに――エリアスは“モテ”への道を探求する。
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