第15話 騎士と騎士


 私の名前はフェルディナンド・エスターライヒ。

 ナイルス聖王国の王国騎士団長を務めている。


 ――が、それはあくまでも表向きのもの。

 私の本当の肩書きは、ドラグヴィア帝国で暗躍する裏の組織『蛇腹ダバラ』の幹部。


 元々は純粋に王国騎士を目指していた由緒正しい騎士家系の一人息子であり、生まれも育ちもナイルス聖王国の生粋のナイルス人。

 そんな私が何故、裏の組織——それもドラグヴィア帝国という他国の組織に属しているのかというと……それは全て目の前にいる女性。

 ティファニー・マーティンデイルのためである。


 私とティファニー様が出会ったのは、私が聖王国の王国騎士団に入団して三年目を迎えた年。

 騎士家系の一人息子ということもあり、多大な期待をされて育てられてきた私は、最年少記録であった十二歳という若さで王国騎士団に入団した。


 いや、正確には“王国騎士団に入団させられた”だ。

 曾祖父も祖父も王国騎士団の団長を務めており、もちろん私の父も王国騎士団の団長を務めていたこともあり、まだ十二歳だった私をコネで強引に入団させた。


 三歳から剣を振っていたこともあり、同世代では頭二つ抜けていた存在であったと自負していたが、それでも十二歳の子供では何もできない。

 扱いは完全に団長の息子であり、特別待遇……というよりかは腫れ物を扱うような感じであり、私の世話係を『ベビーシッター』という蔑称が付けられるほど、騎士団内からは浮いた存在であった。


 それでも直接的な嫌がらせなどはされていなかったこともあり、私は見下してくる他の王国騎士を見返すため、これまで以上に剣を振り続けた。

 周囲にいるのは剣で名を馳せてきた猛者ばかり。


 そんな者達から盗める技術は全て盗み、王国騎士団に入団して二年が経った頃には、後は体さえ成長すればどの王国騎士よりも強い。

 そう断言できるほどの技術を身につけた。――のだが、私の人生はこの年に大きく変わることとなった。


 突如として父の不正が幾つも密告され、団長の身でありながら王国騎士団を解雇。及び国外追放を命じられたのだ。

 父は最後まで間違いを訴えていたが話を聞いてもらえる余地はなく、エスターライヒ家は一瞬にして聖王国から名前が消えた。


 そして、そんな父の代わりに王国騎士団の団長に据えられたのが――俺が心酔して止まないティファニー様である。

 女性であったティファニー様が団長に大抜擢された理由は、恐らく女性だから。


 厳格だった父はどれだけ地位の高い者であろうが、不正を行った者を全て取り締まり、そして有力貴族の反感を買った。

 若い女性ならば、何とでも思い通りに動かすことができる。


 そんな安易な考えで団長に任命されたティファニー様だったが――その実態は父よりも腕が立ち、そして父よりも厳格な性格だった。

 私の父が不正に解雇されたこともティファニー様は気づいており、エスターライヒ家ということで本来ならば私も国外追放の処分を受けるはずだったのだが、ティファニー様はまだ十四歳で何もできなかった私を全面的に庇い、側近として囲ってくれた。


 誰もが目を奪われる美貌、権力者であろうと屈しない正義、圧倒的な剣の才能、女性ながら王国騎士団内で一番の実力。

 全てが完璧なティファニー様に心酔しない訳がなく、私はエスターライヒ家の汚名を返上することよりも、ティファニー様に全てを捧げる覚悟でお仕えすることを心に決めた。


 私は体の成長と共に実力を発揮できるようになっていき、ティファニー様に出会ってからは剣を振る量も倍以上に増えた。

 圧倒的な力を誇る私とティファニー様の手で次々に圧倒的な戦果を残しつつ、それと同時に貴族連中の行っていた悪事も探り出していったのだが……。


 ティファニー様が王国騎士団の団長となって三年が経ったある日。

 人生の絶頂と言える私の人生は、唐突に終わりを迎えた。


 いつものように団長室に入った私の目に飛び込んできたのは、血まみれのティファニー様と――死体となって横たわっていた七人の王国騎士の姿。

 ティファニー様は私に何の説明をすることもなく、ただ一言『後は頼んだ』そう告げて姿を消したのだ。


 後から何が起こったのかを徹底的に調べたことで分かったのだが、有力貴族の不正の情報を集めて暴露しようとしたタイミングを狙い、腐った有力貴族は当時の副団長を含む七人の実力者たちにティファニー様を殺させようとした。

 ただ、権力者の犬であった七人の王国騎士を簡単に返り討ちにし、そのまま有力貴族の不正の情報を全てリーク。

 そしてそのまま、ティファニー様も姿を晦ましたという経緯だった。

 

 その出来事を知った私が何よりも後悔したのは、ティファニー様の騎士となることを誓ったのに、大事な時にその場にいられなかったこと。

 それから、私がいなくともティファニー様だけで何とかできるということが証明されたこと。

 

 様々な感情がごった返し、このタイミングでナイルス聖王国に未来がないことを確信した。

 私はティファニー様のためだけに動く。


 まずはガタガタとなった王国騎士団の再建から。

 騎士団を再建させるのはナイルス聖王国のためにではなく、自分の駒として動かせるようにするため。


 そして王国騎士団の団長になった後は、去ったティファニー様の動向を追い、ドラグヴィア帝国に入国したという情報を入手したことで、より正確な情報を得るためにドラグヴィア帝国の裏の組織『蛇腹』に入った。

 王国騎士団の団長という肩書は非常に便利であり、違法な薬物の密輸を簡単に行えるため、私はナイルス聖王国に席を置きながらもすぐに重宝されることとなった。


 『蛇腹』で地位を得てからは情報を集めるのも非常に楽であり、ティファニー様の居場所もすぐに突き止めることができた。

 私が全面的にサポートしたことで、このオールカルソン家で身を隠しながら働けるようになり、そしてその間に『蛇腹』内にティファニー様に相応しいポストを用意。


 全てが順調そのものであり、後はティファニー様が『蛇腹』に入って頂ければ、私の役目は終わる。

 今日はお迎えに来ており、話については数ヶ月前に既に手紙で報告済み。


 反応も悪くなく、ティファニー様は必ず『蛇腹』に入ってくれるだろう。

 そして――またあの可憐で勇ましいお姿を近くで見ることができる。




「お久しぶりです。ティファニー様」

「会うのは久しぶりだな、フェル。元気にしていたか?」


 久しぶりに会ったティファニー様の美貌はお変わりなく――。

 ただ、私に向けられた瞳を見た時に……私は何かとてつもなく嫌な予感を覚えた。



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