第14話 大天才


 エリアスに剣の指導を始めてから、一週間が経過した。

 この間もメキメキと剣の腕を上げていて、私はどうしたらいいのか迷いながらも指導を続けており、そしてとうとうエリアスは一通りの型をこなせるまでになった。


 ここからは実践形式で私と試合を行うことを予定していたのだが……どうやら実戦にトラウマがあるようで、向かい合うと体が急に萎縮する。

 他の使用人の話を思い出す限りでは、確かエリアスは貴族の通う学校でイジメられ、不登校の状態と聞いた。


 何度も言うように、貴族以外は見下して傲慢な態度を取っていたエリアスも、貴族ばかりの場所に放り込まれたら圧倒的弱者側。

 今のように剣も知らなかっただろうし、イジメの標的にされるのは火を見るより明らか。


 その時に実戦形式の訓練と称して、ボコボコにされていたのかもしれない。

 いくら剣の才能があろうとも、実戦で使えなければ何も意味も為さない。


 致命的な弱点を嬉しく思いながらも、心のどこかで勿体無いという気持ちが芽生えてしまっている。

 ……理由を聞き出すくらいなら大丈夫だろう。


 これ以上自分の敵となり得る人物を育てるなと叫んでいる自分にそう言い聞かせ、エリアスから話を伺うことに決めた。


「エリアス、どうして実戦形式の時は萎縮するんだ?」

「師匠……! 萎縮しているつもりはないのですが、実戦での練習で失敗したトラウマのせいかもしれません」

「実戦でのトラウマ。やっぱりイジメか」


 貴族のイジメは酷いとよく聞く。

 幼い頃から英才教育を叩き込まれてきたせいで、できない奴は落ちこぼれであるという意識が強いらしい。

 それは被害者側も同じであり、できない自分が悪いと受け入れることが多々あると、同じ王国騎士で貴族出の者が語っていた。


「ん? いじめ……? 別にいじめられてはいませんよ?」

「そうなのか? 噂話ではいじめが原因で貴族学校に行っていないと聞いていたんだが」


 私がそう言うと何やら酷く焦った表情に変わり、あからさまに怪しい動きを始めた。


「……あ、あー。そ、そうでした! いじめられて今は不登校になってたんでした!」

「なんだそれ? おい、随分と怪しいな」

「あ、怪しくなんかないです! いじめのことは周りに言い出しづらくてそれで……。師匠も知っていたんですね!」

「まぁ、興味ない私でも知っているくらい有名な話だからな。この家にいる者は全員知っているはずだ」

「そ、それは知らなかったです。…………で、でも、実戦で体が縮こまっている理由は違いますよ! 手加減ができずに相手を傷つけてしまうことを想像しちゃって、本気で力を使えないんです!」

「ん……? エリアスが本気を出したら、私を傷つけてしまうと言いたいのか?」


 私は随分と舐められているみたいだな。

 確かにエリアスに才能があることは認めざるを得ないが、剣を振り始めて一週間の奴にはまだ負けない。


「そういうことではないんです! もしものことをどうしても考えてしまうんですよ!」

「木剣でもしもなんて起きない。馬鹿なことを考えている時間があるなら全力でかかってこい。私も……やる気のない人間に剣を教えている時間があるほど暇じゃないぞ」

「そうですよね。……分かりました。甘いことを考えず、本気でいかせてもらいます」


 喝を入れたことでようやく腹が決まったのか、いつになく真剣な表情で剣を構えたエリアス。

 そして本当にスイッチが入ったようで、私と対面しているのにも関わらず無駄な力が入っていない。


「始めていいぞ。いつでもかかってこい」


 私のその声に言葉は返さず、ゆっくりと摺り足で近づいてきた。

 体幹が一切ブレておらず、どのタイミングで打ち込んでくるのか一切読めない。


 動きが明らかに素人ではないことに、剣を握る手に汗が滲んでいくのが分かる。

 さっきまでふわふわとしていた人間が、一瞬の切り替えでここまで変わるのか。


 初心者だからと気を抜くことはせず、どんな些細なことも見逃さないよう注視したことで――攻撃のタイミングで、僅かながら前傾姿勢になったのが分かった。

 まだイメージと体がズレているからであり、そのズレが私に攻撃のタイミングを教える結果となった。


 素早い踏み込みからの綺麗な打ち下ろし。

 タイミングが嚙み合えば私でも一本取られていたような一撃だったが、攻撃のタイミングが分かってしまえばどうとでもなる。

 エリアスの一撃を受け止めながら、私はそのまま流れで小手を打ち込んだ。


「――いっだぁい”!!」

「一本だな。……な? 本気を出そうが私には届かない」

「う、動きが全然見えなかった。……くっそぉ……『インドラファンタジー』ではこんな動きしてこなかったのにな」

「ん? ふぁんたじ? 動きをしてこなかったってのはなんだ?」

「いえ、なんでもないです! もう一度お願いします! このままの流れなら本気で打ち込めます!」


 懇願してきたエリアスに付き合い、ここからは次々と模擬戦をこなしていった。

 吹っ切れたエリアスとの模擬戦はとにかく面白い。


 私が前傾姿勢から攻撃のタイミングを図ったことに気づくと、わざと前傾姿勢を取ってフェイントに用いるーーとかを平気で行ってくるのだ。

 実際に戦ってみると、あれだけ驚かされた剣術の才能よりも、戦術の異様な幅の広さに驚くことの方が多く、本当に百戦錬磨の達人と対峙している感覚。


 一つずつ対策を行って私の攻撃の手段を狭めていき、逆にエリアス自身の攻撃は読めないようにあらゆる戦術を用いてくる。

 これでもう一つ確信した。

 エリアスは剣の大天才なんかではなく、戦闘の大天才だった――と。





※     ※     ※     ※





 私が持っていた嫉妬心と最強の剣士という夢は、エリアスとの模擬戦を重ねるごとに消えていった。

 その代わりに浮かびあがってきたのは、この怪物を“最強の人間”に育て上げたいという気持ち。

 夢を託すなんて気持ちの悪いものではないが、エリアスがどこまで昇っていくのかをこの目で見届けたいという気持ちが日に日に強くなっていいった。


「取った! ――面ッ!」


 とうとう真正面から完璧に頭を打ち抜かれ、全てのしがらみから解放された清々しい気持ちになった。

 エリアスに剣を教えてから僅か一ヶ月ちょっとのこと。


 私は模擬戦で初めてエリアスに敗北を喫し、そしてこの一敗がまぐれではないことは私自身が一番理解している。

 まだまだ私が勝率では上回るだろうが、一年も経たずに勝率でも負けることになる。


「やったー! 初めて師匠から一本取れました!」

「大袈裟にはしゃぐな。……ちょっと顔を洗ってくる」

「はい! またすぐに続きをお願いします!」


 飛び跳ねて喜んでいるエリアス。

 今の姿には以前のような見るだけで不快に感じる醜悪さはないが、未だにぽっちゃり体型という異質さ。


 戦うにはまだ体が重いだろうに、その体の重さすら利用してくるのが本当に末恐ろしい。

 何か秘密はあるはずなのだが、その強さの秘密は全く分からないし私には一生分からないのだろう。

 

 それにしても……容赦なく頭を打ち抜きやがって。

 先ほどのエリアスの一撃を思い出したことで少し口角を上げながら、井戸を目指して歩いていると――玄関前に見覚えのある人物が立っているのが見えた。


 普通ならば、この場所にいることすらおかしいこの人物。

 ナイルス聖王国の“現”王国騎士団団長。フェルディナンド・エスターライヒ。

 私の元部下であり側近だった男だ。


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