第13話 剣の道


 まん丸体型で醜い容姿で、貴族以外の人間には高圧的な態度を取る。

 そして私には下卑た目を向けてくるだけでなく、顔を合わす度に夜伽を迫ってくる馬鹿息子。


 どう足掻いても救うことのできないクズ人間。

 それが私こと、ティファニー・マーティンデイルがエリアス・オールカルソンに抱いた印象。


 適当にあしらいながら過ごし、ある程度の時が経つまでのオールカルソン家を足掛かりとしか考えていない私にとっては、エリアスがクズ人間であろうがどうでも良かった。

 私の夢は聖王国で王国騎士団の団長を務めてきた時から変わることはなく、最強の剣士になること。


 以前までは正義を執行するために最強を目指していたが、今は最強になることが目的に変わっており、もはや手段はどうでもいい。

 そのため悪名高いオールカルソン家だろうが、関係なく仕えることに決めた。


 私の悪名が忘れ去れるまでの時が経つのを、このオールカルソン家に仕えながらただひたすら待っていたのだが……。

 そんな私の下に、クズ人間の馬鹿息子であるエリアスが現れた。


「夜伽ではなく、剣の指導をしてもらおうと思ってやってきたんだ。俺に剣の指導をしてくれないか?」


 いつもの馬鹿な提案をしに来たかと思えば、まさかの剣の指導のお願い。

 馬鹿息子であることを考えると何か裏があるのは確定だが、夜伽でないなら無下に断ることはできないのが使用人という立場の厄介な点。


 自分の時間を削ってまで、この馬鹿息子に時間を割くのは惜しい。

 ならば指導を行うに当たって条件を付け、徹底的に追い込むことで向こうから辞退させればいい。


 そう思って過酷な指導を開始したのだが……エリアスは想像以上に粘ってきた。

 とにかく走らせるだけ走らせ、休憩時間は単純な筋力トレーニングで追い込む。


 王国騎士の新人に行われていた訓練方法であり、この訓練で辞める者がいるくらいのキツい訓練法。

 私は一日も持たないと予想していたのだが、死にそうな顔をしながらも毎日顔を出しては訓練をこなしていった。


 下卑た視線も向けなくなったし、二週間を過ぎた辺りから裏の意図はなかったのではと思い始めたが、指導に時間を割きたくない気持ちは変わらなかったため継続。

 それでも折れることなく、訓練開始からとうとう一ヶ月が経過してしまった。


 ここまで来たら、指導してほしいという気持ちは流石に本物だろうが……試験を行い、そこで最終判断を下そう。

 試験内容は鬼ごっこというシンプルなもので、エリアスに一分ハンデを与えて逃げ切れたら合格という試験。


 実際には絶対に私から逃げ切れることはなく、ギリギリまで泳がしておいて最後の最後で抜く。

 その時の反応を見て、どれくらい本気だったのかを見るのが目的の試験。


 私は予定通り、必死になって逃げているエリアスを追い、ゴールギリギリで綺麗に差した。

 どんな表情をしているか、冷めた目で見下ろしたのだが――エリアスは空を向いて大号泣していた。


 これまで悔しさを前面に出す者はいたものの、ここまで号泣した者は見たことがなかった。

 嗜虐心もくすぐられ、思わず笑ってしまう。


「…………ぐやじい!」

「あーはっは! エリアス。お前、最高に面白いな」


 これは文句なしの合格。

 時間を割くのは惜しいが、ここまで食らいついてきたなら少しくらいは指導してもいい。


 万が一にでも、私との試合を務められるぐらい強くなってくれれば、こちらとしても儲けものだからな。

 それぐらいの軽い気持ちで、私はエリアスに剣術の指導をつけることを決めたのだが……。


「――シッ! っと、こんなもんだな。真似してやってみろ」

「分かりました。それではいきます」


 エリアスは初めて剣を振ったとは思えないほどしっかりと振れており、一振り目から予想以上に良い線をいっていた。

 意外と才能があるのかもしれない。


 私がそう判断したと同時に振られた、二振り目。

 剣に鋭さが増し、少しではあるが確実に私の振りに近づいているのが分かる。


「期待していなかったが剣の才能があるかもしれないな。とりあえずもう一度私の振りを見——おい、聞いているのか?」


 絶対に声が聞こえる距離で話しかけているのに、一切こちらを見ずに淡々と剣を振り続けているエリアス。

 その集中力は若干の恐怖を覚えるほどで、剣を振り下ろすごとに鋭く速くなっていく。


 目は虚ろ。さっきのダッシュもあって、変なゾーンに入っているのかもしれない。

 私はエリアスの頭を引っ叩き、無理やり一度剣を振るのを止めさせた。


「おい! 何度も呼んでいただろ!」

「すみません! 集中していて本当に聞こえませんでした!」

「やはり集中していたのか。……意外とセンスはあ――」

「え、えーっと、それでどうしたんでしょうか?」

「何でもない。ちゃんと意識しながら振っているかの確認をしただけだ。さっさと剣を振れ」


 適当に褒めようと思ったが、最後まで言葉は出なかった。

 団長だった時からそうだが、誰一人として褒めたことがない。


 騎士団の中では珍しい女だったこともあるが、褒めたら他人を認めたことになると思ってしまっているから。

 認めることの何がいけないのかは自分でも分からないが、私自身が一番であり続けるためには他人を認めてはいけないと本能で理解している。


 私は私が誰よりも剣の才能があると信じ、誰よりも努力を積み重ねてきた。

 自分だけを研鑽し続け、剣の道をただひたすらに進み続けた。


 それはこれからも変わることはない。

 悪事に手を染めた副団長を斬り殺した時も、私はそうあり続けると誓ったはず……だった。


 剣を振るごとに鋭く、速く、そしてキレが増していく。

 素人だった動きは一時間足らずで経験者の動きとなり、今この瞬間にも恐ろしい速度で成長を続けている化け物。


 そこに限界などなく、初めて剣を振ってから三時間足らずで、エリアスはいとも容易く達人の域に足を踏み入れた。

 この男を止めなければ、すぐに私の域に到達することは本能で理解した。


 ただ、この男の成長を見ていたいという欲望が溢れ出て、止めることができない。

 剣の指導など一切しておらず、ただエリアスが剣を振るのを眺めること四時間。


 その時は一瞬で訪れた。

 踏み込み完璧。タイミング完璧。綺麗に振り下ろされたその剣は――まるで鏡で自分自身を見ているよう。


 エリアスがこれまでの人生で剣を振ったことがなかったのは、あの体型やあの性格からして間違いない。

 正真正銘たった四時間で、私の二十年近くの血の滲む努力を埋められてしまったのだ。


「――師匠! どうでしたか?」

「ま、まあまあ良かったんじゃないか? とりあえずみっともないから顔を洗ってこい」


 ここまで無心で剣を振ってきたらエリアスに急に話を振られ、咄嗟に出したことは褒めの言葉。

 何もかもが崩されていく感覚に陥り、どんな逆境でも一本筋の通っていた最強の剣士への道が一瞬にして見えなくなった。


 エリアスがこの世に存在する限り、私は一生“最強”になることはないと悟ってしまったのだ。

 残る手段は――成長する前にエリアスをこの場で殺す。


 それしか方法はないのだが……殺したところで、心の何処かではエリアスの存在が残り続ける。

 それも、一生敵わない相手としての記憶として――だ。

 エリアスの剣を見続けた時点で、私の夢は完全に絶たれており、為す術がなくなった私は先ほどのエリアスと同じように……私は青く綺麗な空を見上げることしかできなかった。

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