第8話 魔法の才


 ワシの名前はデイゼン・アワーバッグ。

 グルーダ法国で生まれ、魔法の魅力に憑りつかれてのめり込む内に第五席次にまで昇り詰めた。


 愛するという表現を使っていいほどに魔法だけを探求しておったが、何分ワシには魔法の才がなかった。

 正確には“突出した才能がなかった”なのじゃが、才能の差は努力で埋められると信じ、ひたすらに魔法に打ち込んできたが……結局、第五席次以上に上がることはできず、五十手前から一年ごとに降格。


 第十席次からも漏れると待遇は一気に悪くなり、魔法だけに打ち込める環境ではなくなったことでワシは故郷であるグルーダ法国を捨て、魔法を探求するために他国を練り歩く決断をした。

 元第五席次という肩書だけでありとあらゆる場所で重宝はされたものの、満足するような環境に身を置けぬまま、ようやく見つけたのが今いるオールカルソン家。


 悪名高いオールカルソン家じゃったが、魔法の探求を続けられると思えば安いと判断したワシは、使用人という形で雇ってもらうことに決めた。

 オールカルソン家の連中は想像以上のクズ達ばかりであり、その中で一段と酷いのはオールカルソン家の次男、エリアス・オールカルソン。


 使用人を……いや、貴族以外はゴミとしか思っておらず、何も成していないのに横暴の限りを尽くす馬鹿親から生まれた生粋のドラ息子。

 当たり障りなく接し、極力関わらないように生きていたのじゃが――そのドラ息子が突然ワシに魔法の指導をお願いしてきた。


 指導をするとなると、ワシの魔法を探求する時間が削られる上に、このドラ息子と関わりを持たなくてはいけない。

 一時は断ることも考えたのじゃが、ここで断ったら追い出されるだけではすまないと判断し、引き受ける決断をした。

 ワシが教えたところでドラ息子が魔法を扱える訳がなく、すぐに飽きて投げ出すじゃろう――ワシはそう考えていたのじゃが……。


「完全に掴めた。多分だが、俺の魔力に変えられる」


 自分の魔力を扱えるようになるまでに普通は最短でも三日はかかるのじゃが、魔力の魔の字も知らなかったエリアスは一瞬にして魔力を理解してみせた。

 少なからず才能があることが分かり、安易な考えで魔法の指導を引き受けたことを後悔していたのじゃが、次の魔法の練習でその考えすらもひっくり返った。


「世界を創造する――あ、あれ? デイゼン! 詠唱の前から既に火の玉が出ている!」


 魔法というものは詠唱を行うことでイメージを固めると共に、空気中に含まれている魔力も一体化させ、初めて魔法というものが形になる。

 ただエリアスは詠唱の途中で魔法が発現し、初級魔法ではあるがいきなり短縮詠唱にて魔法を放ってみせた。


 どれだけ魔法の才があると言われていた者ですら、指導初日から魔力の扱いを覚えたものすらいなかった。

 それにも関わらず、エリアスは魔力を完璧に扱ってみせ、魔法の発動はおろか短縮詠唱を行ってみせた。


 ワシは魔法には興味があったが、基本的に自分自身が魔法を極めることにしか興味はなく、他人がどうなろうが一切の興味を持つことができなかったのじゃが……。

 初めて他人の魔法を見て、心が躍る感覚を味わった。


 もう年齢を重ねすぎており、自分への成長を見込めないと本能が悟ったからなのか、それとも単純に圧倒的なエリアスの魔法の才に惹かれたのか。

 どちらなのかはワシ自身も分からないが、死ぬ前に圧倒的な魔法の才能を持ちあわせている可能性のあるエリアスを育ててみたい。

 初めて芽生えたそんな感情に従い、ワシはエリアスに自分の持っている魔法の知識を全て叩き込むことを決断した。





※     ※     ※     ※





 初めてエリアスに魔法の指導を行った日から、あっという間に二週間が経過した。

 馬鹿貴族のドラ息子であり、魔法の指導をしてほしいなんて感情は一時の気の迷いの可能性もあったのじゃが、毎日しっかりと決められた時間にエリアスはワシの下に顔を出した。


 日に日にやつれていっていることは気になったのじゃが、魔法の練習を始めると笑顔になっていたことからも、ワシは特に気にせず魔法の指導を続けていた。

 初日に見せた魔法の才能の片鱗はまぐれなんかではなく、エリアスは日を追うごとにワシが教えることを吸収してみせた。


 まさしく化け物と称するに値する圧倒的な才能。

 あまりにも圧倒的な才能に嫉妬すらもなく、ワシは所々で笑ってしまいながらも魔法を叩き込んでいく。


「初級魔法はもう完璧にこなせておるな」

「デイゼンのお墨付きを貰えたのは嬉しい。本当に魔法というのは面白いな」

「ふぉっふぉ、魔法が面白いのはここからじゃよ。次は中級魔法か複合魔法なんじゃが……どちらから教えてほしい?」

「どっちでもいいんだが、複合魔法から教えてもらいたい。何となくかっこよさそうだ」


 噂されていたような性格の悪さは一切なく、馬鹿親から生まれたドラ息子だと思っていたことを謝罪したいぐらいなのじゃが……。

  指導をしていて、一つだけ明確に残念な部分がある。

 

 それは何かと言うと、“恰好良さ”というものを気にするところ。

 魔法を唱えた後にポーズを決めたり、短縮詠唱でもできるのにわざわざ詠唱したり、魔法名の言い方をやけに演技込めて言ったり。


 エリアス本人は格好良いと思っているようなのじゃが、全てが酷くダサいせいで見ているこっちが恥ずかしくなってくる。

 注意しようと何度も思っているのじゃが、このままの方が調子が出るのではないかと思い、注意をしてこなかったのじゃが……判断が難しいところ。

 いずれダサいことに自ら気づいて直すことを信じ、ワシは注意をせず魔法の指導を続けることに決めた。


「複合魔法は扱いが非常に難しい魔法なんじゃ。これまで教えた四元素の基礎魔法を複合させ、新たな属性の魔法を生み出す魔法。二つの魔法の均衡が崩れても駄目な上、同時にイメージも行わなくてはならん」

「複合魔法っていう響きがまず難しそうだからな。新たな属性を生み出すというと……水属性と風属性で氷属性の魔法みたいな感じか?」

「ああ、そうじゃ。水と風で氷、風と土で砂、火と風で雷、土と水で自然。この辺りが主要な複合魔法と言えるかのう」

「……基本的には『インドラファンタジー』と同じだな。てことは、ゲームにある魔法は全て再現可能ってことか」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、なんでもない。風魔法は単体魔法が弱い代わりに、他の属性との相性がいいのかなって思っただけだ」


 割と核心を突くエリアスの言葉に、ワシは思わず唸ってしまう。

 そんなことを考えたこともなかったのじゃが、確かに風魔法は単体では使い勝手の悪い魔法が多い。

 その分、他の魔法との組み合わせが良いと考えると便利な魔法と捉えられるし……エリアスは着眼点が優れておる。


「バランスを考えて二つも魔法を使う……。雷魔法を使ってみようかな」


 エリアスはそうポツリと呟くと、魔力を練り始めた。


「流石のエリアスでもいきなり複合魔法を使うのは無理じゃ。まずは右手に火属性、左手に風属性の魔法を発動させ――な、なんじゃと!?」

「できた! 【サンダーボール】」


 ワシのアドバイスを全て聞く前に、雷魔法を発現させてみせたエリアス。

 異次元のその動きに唖然とするしかなく、ワシは口を開けたままエリアスの手から放たれた【サンダーボール】を眺める。


「デイゼン、今のは複合魔法になっていたか?」

「……ああ。完全に雷魔法じゃったが、まさか一発目で複合魔法を扱えるようになるとは……」


 エリアス。いや、エリアス様はワシの手におえる御方ではないのやもしれぬ。

 超大国と呼ばれているグルーダ法国の第一席次。


 大魔導士と呼ばれていたワシをあっという間に抜き去り、千年に一人の天才と称されていたグルーダ法国一の魔法使いである、クリスティアネ・ヴァイツゼッカー。

 エリアス様は、そんなクリスティアネすら霞んでしまうほどの圧倒的才能を持っておられる。


「今の雷魔法で一つ思いついたんだけど、ちょっと試してみてもいいか?」

「…………んぁ? 思いついた? 一体何をじゃ?」


 ワシの問いに答えることなく、エリアス様は次なる魔法を唱え始めた。

 いきなりの複合魔法の成功。それだけに留まらず、まだ何かを行おうとしていることに動揺を隠すことができない。


「複合魔法の雷魔法を使った、更なる複合魔法。――【ウェザーストーム】」


 エリアス様が唱えたのは、長年魔法の研究を行ってきたワシにも見たことも聞いたこともない魔法。

 風属性の初級魔法である【ウィンドボール】と似た魔法なのじゃが……明らかに別で異質な魔法。

 

 複合魔法である雷属性を更に別の魔法と組み合わせた、多重複合魔法と呼ぶべき魔法じゃろうか。

 自分自身でも分からない感情が爆発し、突如として目から涙が溢れ始めた。


 きっとワシがこの世に生まれ、魔法の探求を行ってきたのはエリアス様のためなのじゃろう。

 例えエリアス様が最低最悪の悪人であり、例えワシの教えた魔法が人を殺める手段として使われることになろうが……この才能はワシが芽吹かせねばならない。

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