第6話 初めての魔法
朝から昼まで、とにかく走らされてはスクワットか腹筋をやらされ、力を全て使った俺は倒れるように中庭の芝生に横たわった。
もうこれ以上は一歩も動くことはできず、眼球だけを動かして上を見ると、ティファニーは非常に満足気に頷いていた。
「とりあえず今日の指導はこんなものだろう。明日も朝から指導してやるから中庭に集合だぞ」
「……は、はい」
俺を見下ろした鼻で笑ってから、ティファニーは離れへと戻って行った。
キャッキャウフフとまではいかないが、もう少し楽しい訓練だと思っていたんだけどな……。
好きだったキャラであるティファニーを嫌いになりかけていることに衝撃を受けつつ、それと同時に絶対に気持ちで負けないと心に誓う。
俺は全身が痛い体を何とか動かし、一度シャワーを浴びに風呂に向かった。
この後はデイゼンによる魔法の指導があるため、ちゃっちゃと行動しないと遅刻してしまう。
時間に遅れたとしてもティファニーのようにキレてくることはないだろうが、これ以上好感度を下げたくない。
その一心だけでシャワーからの着替えを済まし、デイゼンとの待ち合わせている書斎室に向かった。
中に入ると既にデイゼンの姿があり、俺の姿を見るなりすぐに深々と頭を下げてきた。
この頭を下げている時にどんな表情をしているのか非常に怖いが、あまり考えないようにする。
「デイゼン。今日はよろしくお願いする。指導している時は堅い言葉を使わなくていいからな」
「いえいえ。エリアス様にはしっかりと敬意を払って――」
「これは命令だ。普段のデイゼンの態度で接してくれ」
「……分かりました。命令ということであれば――普段通りに接させてもらうかの。まずは何を知りたいんじゃ? 指導をしてくれと言われてワシの方でも色々と考えてみたが、エリアス様がどこまで魔法の知識があるのかも分からなかったからのう。指導法もまだ定まっておらんのじゃ」
「基礎中の基礎から教えてほしい。魔法について何も学んできていないんだ」
「基礎中の基礎から……。分かった。まずは魔力から教えるぞい」
魔法というのはゲームやアニメ、漫画好きなら誰でも憧れるものであり、前世でも何度か使えないか試していた。
ここが『インドラファンタジー』の世界なら確実に魔法を扱うことができるだろし、デブで動けないと分かった今の俺にとっては魔法だけが頼み綱。
「まずは魔力量から調べようかのう。この水晶に手をかざしてほしい」
「手をかざすだけでいいのか?」
「大丈夫じゃ。…………うーむ。やはりこの歳まで魔法に触れてこなかったということもあって、魔力量は相当少ないのう」
「やっぱり少ないのか。それでも魔法は使うことはできるのか?」
「心配せんでも初級魔法なら扱えるようになる。まずは魔力の扱いからじゃな」
そう言うとデイゼンは目を瞑って俺の手を握り、何かを唱え始めた。
そして次の瞬間――温かい空気のようなものが俺の体を纏ったのが分かった。
「どうじゃ? 魔力は感じられておるか?」
「す、凄い……。これが魔力なのか」
「その歳で本当に魔力を知らないとはのう……あー、いいや、なんでもない。今はワシの魔力を送っているだけじゃが、なんとなく魔力というものは掴めたじゃろう?」
「お陰様で完全に掴めた。多分だが、俺の魔力に変えられる」
俺の体を纏っていたデイゼンの魔力から、自分の魔力に変えてみる。
毛穴から魔力を出す感覚で――やっぱりできた!
朝の地獄のトレーニングと違って、魔力の練習は非常に楽しい。
憧れの魔法を扱えるというのもあるが、きちんと段階を踏んでくれるから達成感があってやりがいがある。
「もう魔力の扱いを覚えたのかのう。感覚を掴むのに数日はかかると思ったのじゃが……もしかしたら魔法の才があるのかもしれん」
「そうなのか? 普通にデイゼンの教え方が上手いだけだと思うけど」
しっかりとデイゼンのことを褒めておく。
恐らくエンゼルチャームのお陰で習得が早くなっていると思うんだが、デイゼンの力ってことにした方が良い関係性を築けるはずだからな。
「…………頭でもぶつけたのか?」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや、なんでもない。魔力を扱えるようになったら魔法を使えるはずじゃ。詠唱を教えるからワシの後に続いて唱えてくれ」
「分かった」
魔法の詠唱。
『インドラファンタジー』ではそんな描写は描かれていなかったが、やはり詠唱を唱えないと魔法を発動できないのか。
「“世界を創造する四神の一神。この世を照らし悪を焼却する裁きの光。血の流れよりも紅きもの、昏きものに光指す道を示さん。我が身を糧にその力と為せ――”【ファイアボール】」
やけに格好良い魔法の詠唱。
書斎室の窓から外に手を向け、デイゼンの後に続いて詠唱を行ったのだが――。
「世界を創造する――あ、あれ? デイゼン! 詠唱の前から既に火の玉が出ている!」
「んん!? 何が起こっているのか分からないが……とにかく【ファイアーボール】と唱えるんじゃ!」
「【ファイアーボール】!」
詠唱を唱える前から魔法が発現し、俺の【ファイアーボール】という掛け声と共に手の平から火の玉が放たれた。
青空に向かって飛翔し、一定の距離まで飛んだ後……俺の放った【ファイアーボール】は消滅した。
「魔法は使えたが……今のは何だったんだ?」
「すまんが初めてのことでワシにも分からない。もしかしたら――いや、なんでもない。他の魔法でも試してみようかのう」
「分かった。よろしくお願いします!」
初めての魔法が成功して非常に気分が良い。
途中で魔法が出たのはデイゼンも想定外だったようだが、魔法が使えるならなんでもいいし、長ったらしい詠唱を唱えなくていいのはありがたいこと。
ティファニーの指導と違って本当に楽しいため、いつまでも魔法の練習を行っていたい。
そんな感情を抱きながら、デイゼンからの指導を受けたのだった。
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