第5話 スパルタ


 翌日の早朝。

 昨日約束した通り、今日は朝からティファニーの指導を受ける予定。


 ちなみにデイゼンとコルメリアにも約束を取りつけることに成功しており、昼からはデイゼンから基礎魔法についてを。

 夕方からはコルメリアから回復魔法について教わる予定。


 二人と会った印象だが、ティファニーと違って主従関係をしっかりさせているようで、超がつくほど下手に来られた。

 コルメリアはゲーム通り、色気が大爆発した朗らかなお姉さん。

 デイゼンは優しい雰囲気のお爺ちゃん。


 ……ただ、コルメリアは終始蔑んだ目を向けてきて、デイゼンは表情だけ笑っているものの目は一切笑っておらず、口や態度は下手に来られている分、恐怖度で言ったら二人の方が怖かった。

 過去にエリアスが何をしたのかを聞く勇気が出ず、俺は約束だけ取り付けて逃げるように去った。


「嫌われ過ぎていてこの環境で生きていくのが怖すぎる。モテる前に好かれなくちゃ、ティファニー以外にも殺されかねない」


 俺は自室でそうポツリと呟いた。

 食事に毒を盛られていてもおかしくない嫌われっぷりだし、エリアスだけでなくオールカルソン一家全員がクズ以下の人間の集まり。


 使用人だろうが全員に優しくし、まずは俺だけでも好かれるように動くことを意識しつつ、今日から始まる指導に耐える。

 課題は想像していた以上に山積みだが、できることからコツコツとこなしていこう。

 動きやすい恰好に着替え、エンゼルチャームをしっかり装備してから、俺はティファニーとの約束場所である中庭に向かった。

 

 中庭に着くと既にティファニーの姿があり、剣を振っているのが見える。

 容姿もそうなのだが、剣を振るフォームが非常に綺麗で思わず食い入るように見てしまう。


「……そこで突っ立って何をしている。早く来い」

「はい!」


 大声ではないのだが通る声に慌てて返事をし、俺はティファニーの前に気をつけの姿勢で立った。


「本当にやる気ではあるみたいだな。血迷ったのか分からないが……まぁいい。約束は覚えているよな?」

「指導中は私の命令を絶対遵守。指導中は一切の口答え禁止。指導中に傷を負ったとしても自己責任——ですよね?」

「分かっているなら良い。指導中はお前は私の雇用主でもなんでもない。指示されたことを忠実に実行しろ。……すぐに返事をしろッ!」

「は、はい!」

「剣術を習いたいとのことだったが、まずはそのみっともない体をどうにかしないと駄目だ。その体でいる限りは剣を握らせるつもりはない。……おい、返事をしろッ! 何度言わせたら分かるんだ?」

「は、はい!」


 現代日本では見たこともないスパルタ。

 ティファニーの表情は実に楽しそうにしており、俺の指導依頼を受けた理由がやり返すことができるからだと、今のこの態度を見て悟る。


 今更引き返すことはできないし、逃げる選択肢もない。

 俺には死ぬ気でティファニーの指導をこなし、この現状を打破するしか文字通り生き残る道がないのだからな。


「まずはランニングからだ。お前が走り出してから一分後に私も走り出す。中庭を五周する前に追いつかれたらスクワットか腹筋を百回だ。……返事ッ!」

「はいっ!」


 中庭を走らされ、その後ろからティファニーが追いかけて来る。

 一周二百メートル程のため、一分は相当なハンデを貰っているのだが……とにかくこの体は重い。


 すぐに息切れするし、踏み込む度に膝に激痛も走るようになってきた。

 三周目を終えた辺りで後ろを追ってきていたティファニーの姿が目の前まで迫っており、その顔はあまりにも凶悪すぎる笑顔。

 好きだったキャラクターから指導してもらえて嬉しいという感情は既になく、今の俺からは俺を如何に苦しめようか考えている悪魔にしか見えない。

 

「もう追いついてしまったぞ。本当にだらしがないな」

「ぜぇー、ひゅー……。ぜぇー、ひゅー……」


 呼吸する度に体から変な音が漏れ出ており、たかが三周しただけなのに動けないほど体の節々が痛い。

 この感じからして、エリアスは生まれてから一度も体を動かしたことがないということが身をもって分かった。


「最初に言った約束は分かっているだろうな? 追いつかれたらスクワットか腹筋を百回。休んでいる暇はないぞ。とっとと始めろ」

「ぜぇー、ひゅー……。か、体が痛くて……膝がおかしい」

「膝なんかぶっ壊れても問題ない。ここには回復魔法のスペシャリストがいるからな。体がぶっ壊れるまでやってもらうぞ。――おい返事ッ!」

「は、はい……!」


 冗談を言っているような目ではなく、本気で俺を壊そうとしているティファニー。

 『インドラファンタジー』の世界への転生と聞いて、ゲームの知識でもっと楽に強くなれると思っていたが、現実というのはどこもそう甘くはない。


 バッチバチの体育会系のスパルタに耐えきってのみ、力を得ることができるということだろう。

 俺は泣きそうになるのをグッと堪え、俺はティファニーに指示された通り、腹筋百回を開始した。



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