第4話 条件


 自室から使用人の住む離れまでやってきた。

 その間に様々な人とすれ違ったのだが……すれ違った使用人から向けられる視線が本当に辛かった。


 完全に汚物を見る目であり、容姿が良いとは決して言えなかった前世でもあんな目を向けられたことはない。

 耳に届くヒソヒソ声は全て悪口だったし、糞みたいな性格のエリアスが悪いとはいえ、この環境にいたら性格が歪んでしまっても仕方がないと思ってしまうほど。


 性格が糞だからこういう態度を取られているのか、それともこういう環境だから性格が糞になったのかは分からないが、中々に堪えるものがあった。

 既に精神的にやられている状態だが、ここから確実に嫌っているであろうティファニーに会わなくてはいけないんだよな。


 重くなっていく足を何とか前に進ませ、俺はティファニーの部屋の前に到着。

 ノックをすると、すぐに中から返事があった。


「入って構わない」


 少し毒気がありながらも艶のあるハスキーボイス。

 間違いなくティファニーの声であり、既に心臓が跳ね上がっているが、俺は意を決して部屋の中に入った。


 まず目に飛び込んできたのは、汗だくになりながら剣を振っているティファニーの姿。

 ゲームと変わらない容姿をしており、その美貌に思わず目を奪われてしまう。


「エリアス…………様か。何の用だ? 何度も言うが夜伽の申し出なら受けないぞ。相手をするくらいなら死んだ方がマシだ」

「よ、よ、夜伽!?」


 会って早々、急にとんでもないことを言いだしたティファニーのせいで変な声を上げてしまった。

 よ、夜伽って言うと……セックスのことだよな?

 

 会って早々にこんなことを言い出すってことは、エリアスは日常的に夜伽を迫っていたということ。

 性格が糞だから使用人からあんな目で見られたのだと、ティファニーに第一声だけで理解した。


「……ん? 夜伽を迫りに来たんじゃないのか? なら、何の用で私の部屋まで来たんだ」


 エリアスが糞だということが分かった今、指導してくれと死ぬほど頼みにくいが……。

 ここで引く選択肢は俺にはない。


「夜伽ではなく、剣の指導をしてもらおうと思ってやってきたんだ。俺に剣の指導をしてくれないか?」

「……………………………………」


 俺のお願いに対し、無言で見つめてきたティファニー。

 その視線は完全に疑いの眼差しであり、エリアスが剣の指導を志願するとは思っていないと言った表情。


「……一体何を考えている。やましいことを考えているなら白状しろ」

「や、やましいことなんて考えていない! 単純に強くなりたいんだ」

「……………………………………」


 必死に訴えたのだが、無言で見つめてくるだけで何も言葉を発さない。

 重苦しい空気に耐え兼ね、諦めて退出することを考えたタイミングで――。


「……分かった。私の出す条件を呑むなら指導しても構わない。どうだ?」

「条件? その条件ってなんなんだ?」


 悪い笑みを浮かべており、とんでもないことを言い出しそうな雰囲気がビシビシ伝わる。

 

「指導中は私の命令を絶対遵守。指導中は一切の口答え禁止。指導中に傷を負ったとしても自己責任。条件はこれだけだ」


 想像していたよりも全然呑める条件で少し安心。

 悪い笑みを浮かべている点だけは引っ掛かるが、この条件を呑むだけで指導してもらえるなら呑むべきだ。


「分かった。その条件を呑む」

「どうやら本気のようではあるな。書状にまとめるからサインをしてくれ」


 ティファニーは机から一枚の紙を取り出すと、先ほどの条件を書き起こした。

 そしてその紙を俺に渡し、サインするように求めてきた。


「名前を書けばいいんだよな?」

「ああ」


 契約書を書かされるとは思っていなかったが、それだけエリアスの信用がないということ。

 俺は受け取ったペンで名前を書き、契約書をティファニーに返す。


「よし、これで契約は成立。明日の朝から指導するから中庭に来てくれ」

「分かった。……よろしくお願いします」

「用が済んだならもう出ていってくれ。邪魔だ」


 そう冷たく吐き捨てられ、俺は身を小さくしてティファニーの部屋を後にした。

 対応が対応なだけに師弟関係という感じではないが、エリアスが全面的に悪いため仕方がない。


 一応名前を呼ぶときだけ様をつけているが、基本的な口調はタメ口だし、一切物怖じしていないのはいつでも殺せるという余裕からだろうか。

 この生意気な態度が気に入った――とか、俺の前のエリアスは思っていそうだな。


 このままの流れで他の二人のところにも行くかどうかだが……ティファニーの指導の後に他二人の指導を受けられるかどうかが怪しい。

 ……ただ、俺には躊躇している余裕はない。

 丸々な大福のような頬を再び叩いて気合いを入れ直し、俺は二人のところにも指導をお願いしにいくことに決めた。

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