第12話

 祓魔の庭。


 それは、確信犯的な発言じゃないか。ただ、この男には魔力がないし、あの生霊のような嫌な匂いもしない。堕ち人ではないと思うが、油断はできないな。


「えーと、片野さん、それは何ででしょう?」

「さぁ。必要だからだろ。俺は、親父の言われた通りに手入れをしているだけだから、分からん」


 しれっと答える庭師に、私のことを怪しんでいるような、探っているような気配を感じた。


「そういうのは、俺ら庭師よりも、霊験あらたかな寺で生まれ育った坊ちゃん達の方が詳しいんじゃないか。俺には、こんな植物に魔を祓うような力があるとは到底思えないんだが、何か役に立っていると思うか」


 そう言う片野さんの声には、何か縋っているような響きもあった。しれっとはぐらかしたり、不安をみせたり、忙しい人だ。でも、多分、後者の方が本音なんだろう。とはいえ、桜田家を取り巻く呪いの全容が分からない限りは、こちらもあっさりと手の内を見せるわけにはいかない。


「それは、植物次第じゃないですかねぇ。百年以上、大事にされた物が付喪神となるように、古に妖精と呼ばれた存在は、実は、お社の御神木のように、大事にされている古木だったりすることが多いんです。そういう存在は、特に土の魔力持ちの住んでいる家に、人の形をとって現れて、家事のお手伝いとかしてくれるそうですし」


「家事妖精か。それ、英吉利では、ブラウニーって呼ばれているそうだぞ。曙光帝国にもいたのか」


「ここだけの話、二条様のお庭や、四条様の果樹園に棲んでいるらしいんです。英吉利から流れてきたというモノもいるようですよ。西都は、元々魔素が濃い土地ですし、土と水の魔力持ちが多いので、彼らも快適に過ごせるみたいなんです」


 これは、本当の話だ。ついでに言うと、瑞祥先輩の家で働いている方々も、ほとんどがそういう存在だと思う。ただ、まだ得体の知れない庭師に瑞祥家の名前を出すつもりはない。二条先輩、四条先輩には、申し訳ないが、あの人達なら問題ない。むしろ、瑞祥家の名前を出さなかったことを褒めてくれるはずだ。


「二条家って、この帝国で一番の庭を持っているってお公家さんだよな。坊ちゃん、知り合いか」

「ええ、法事は全てうちが引き受けていますし、跡継ぎの御子様達が、公達学園の先輩なんです」


 私がそう言うと、片野さんは、何か考え込んでいる様子だった。


「坊ちゃん、初対面の庭師風情が何を言うかと思われるだろうが、二条様のお庭をお世話している庭師を紹介してもらえないか」


 まぁ、庭師はたいてい二条家の庭を見たがるからな。帝国の至宝と言われる庭園だから当然の反応と言えばそうなんだろう。ただ、あの家の庭を帝国一の庭にしているのは、庭師の力量もさることながら、代々の水の三条家の子供達が、魔力の制御の練習の一環で、魔力水を放水して虹を作って遊んでいるからだ。それも今では千年を超えている。そんな庭に植えられた花や木は、ほとんどが意志あるモノ予備軍だと言っていい。


「ええと、それは先輩に頼めば大丈夫だと思いますが、あの家の庭は、ちょっと特殊で、もともと、二条家の魔力で植物には快適な土壌になっているそうなんです。そこに、水の三条家の子供たちが、魔力制御の練習で魔力を含んだ水を放水しているので、千年を超える反則技の集大成といいますか・・・」

「水の魔力・・・。坊ちゃん、水の魔力ってのは、浄化の力があるんだよな。その力があれば、呪いみたいなのも解呪できるのか」


 また、呪いか。この若い庭師は絶対に、桜田家に齎された呪いについて何か知っている。


「はい。魔力持ちの力と呪いの強さによりますが、人が作った呪いなら、三条家くらいの強い力があれば全く問題ないと思います。でも、闇落ちした魔力持ちや、妖が絡んでいるとなると、水では無理で、もう火の魔力で焼き払うしかなくなりますけど」


 何か逡巡しているような片野さんを、ここで急き立てては、元も子もなくなる。じっと我慢して、相手の出方を伺う。


「坊ちゃん、あのな・・・」


 決心したように、片野さんが口を開きかけた。が、そこに、桜田のおばさんのどこまでも陽気な、場違いな声が庭に響いた。


「坊ちゃーんっ、お茶が冷めますから、どうぞ中に入ってくださいなー。お庭は、いつでも見に来て下さって構いませんから」


 おばさんっ!


 桜田夫人は、気が良いおばさんで、悪気がないのは分かる。分かるが、今じゃない。間が悪すぎるだろう。


「坊ちゃん、奥さんをお待たせしちゃダメだよな。もう行った方がいいぞ」


 片野さんは、肩をすくめて、私の体を応接間のある方に向けてくれ、「このまま20メートルくらい真っ直ぐいけば、いいから」と言って、足早に立ち去ろうとした。こういう気遣いを最後までしてくれる片野さんは、根が善良なのは間違いがない。せっかく、心を開きかけてくれたのに、ここで話を終わらせてはいけない気がする。


「片野さん、あの、もしよかったら、うちの寺に来てください。父は、植物のことも、呪いのことも何でも精通しているんです。ご近所の皆さんの相談も、随時受け付けていますから」


 何でも精通しているというのは、真っ赤な嘘だが、片野さんの琴線には響いたようだ。


「そうか。喜代水の貫主様か。そうだな、そのうち寄らせてもらうよ」

「ええ、ぜひ、近いうちに必ずいらしてくださいね」


 そして、父には、数日内に全てのエキスパートになってもらおう。何なら、あの妙に人に安心感を与える、おっとりさんの兄にも同席してもらって、家族総出で、片野さんを取り込んで事情を聞き出すという手もある。



「・・・という訳なんです」

「薫、神仏に仕える立場にある者が嘘はダメだろう」


 家に帰って、いつもの通り、夕刻のお勤めを済ませ、夕食も終わったところで、放課後に桜田家に立ち寄ったことを報告すると、父に窘められてしまった。兄は、何も言わなかったが、明らかに面白がっている顔つきだ。


「それで、桜田さんの様子はどうだった?」


 勤行の時間と夕食が終わったタイミングで北条家の時影兄様が、来てくれたので、今、四人で、兄が淹れてくれた紅茶に、桜田夫人が、また山ほど持たせてくれたお土産のパンを頂いている。夕食の後なので、クリームやジャムの乗った小ぶりのデニッシュやチョコレートパンをデザート代わりに皆でつまんだ。デニッシュは、生地がさくさくで、もの凄く美味しいし、チョコパンは、中にチョコレートクリームが入っていて生地にもチョコチップが練り込まれているカロリーのお化けのような代物だが、時影兄様のような高位の魔力持ちになるほど甘味を好むので、兄様は、ただひたすら、無表情にチョコパンをいくつも食べていた。


「頼子姫の魔力が効いているのか、悪夢は見なかったそうで、今日は、すごく顔色が良かったですよ」

「火が効くということは、やっぱり魔だろうな」


 父の言葉に、全員で頷く。無言でチョコパンを咀嚼していた時影兄様が、紅茶を飲み干して、私の方に向き直った。


「文福、二条の歌会だが、私ではなく、佳比古おじさまと頼子姫が六条院の大姫に接触することになった。全く出席したことのない私では、あまりに違和感があるし、おじさまなら、どこの姫に声をかけたところで、誰に訝しがられるということはないからな。」


 佳比古おじさまというのは、風の南条侯爵家の当主で、嘉承一族の中で、唯一、歌会に出席することで知られている。理由は、各家の姫君との交流。南条家は、先祖代々、女好き・・・えーと、男性よりも女性の御友人の方が多いというのが伝統の家なので、そこの直系、しかも当主となると、女性へのアプローチでは、能面のように表情がなく、女性には怖がられる時影兄様より遥かに頼もしい存在だ。それに、お洒落でいつも紳士的な態度を崩すことがないので、西都の女性陣には人気が高い方だし、爵位は何と言っても侯爵だ。六条院先輩も、人気者で高位の公卿に話しかけられて悪くは思わないだろう。


「それと、六条院家と桜田家のことだが、英喜から長人様に報告があって、正式に西条家が請け負うことになった」


 南条家の当主の登場の次は、西条家の総がかりの調査か。嘉承長人様は、相変わらず、決断も行動も早くていらっしゃる。


「英喜兄様だけでなく、西条家が動いて下さるのであれば、あっと言う間に何もかも調べてくれそうですね。南条のおじさまも出席されるんなら、薫もお茶会で怖い目にはあわないでしょう」


 うちの兄が、おっとりと言う。兄が言うと、何でも平和になってしまう。そうではないと思うがな。


「時影兄様、長人様が、ご自分の側近を動かすということは、それだけ状況は悪いということですよね」

「そうだな。お前に節美の御使い様が付き纏っておられるというのを聞いて、何か深い事情があるのではないかというお考えだ」


 時影兄様がそう言って、私の隣のポン子ちゃんを見た。ポン子ちゃんは、桜田邸から寺に戻ってきてからは、ずっと黒い目の編みぐるみモードだ。


「深い事情ですか」

「ああ、いくら妖が気まぐれな存在とは言え、御使いというお立場にある方が、人の子にそこまで関与するのは稀な話だ。節美のお稲荷様のご意向があって動いておられるのではないかと仰っていた」


 お稲荷様のご意向。何だか、壮大な話になってきたな。確かに、桜田ベーカリーのご主人が、稲荷屋と一緒に参拝した時に、足ることを知らない者は加護に能わずって、御使い様経由でお言葉があったという話だった。それならば、加護を外せばいいだけの話だ。アフターサービスに御使い様を派遣される必要はない。


 私が見解を述べると、あみぐるみモードだったポン子ちゃんが、むくりと起き上がった。


「宇迦様は人の子の生には干渉しませんよ」

「でも、御使い様は、忖度をされるじゃないですか」

「はて、何のことやら」


 狸のポン子ちゃんが、しれっと首を捻った。狸も狐も人を化かすからな。尋ねたところで、ちゃんと答えてくれそうにもない。


「御使い様、頂き物ですけど、召し上がりませんか。お茶をご用意しましょうか」


 どこまでもマイペースで、おっとりさんな兄が、桜の塩漬けのついた小ぶりのあんぱんを、ポン子ちゃんの目の前に差し出すと、ポン子ちゃんは首を横に振った。


「パンは、毎朝、パン屋が持ってくるので大丈夫ですよ。頂けるのなら、あの魔王様の子が約束してくれたお酒がいいですねぇ」


 御使い様モードになった金の目をしたポン子ちゃんが、くふりと笑った。桜田のおじさん、毎朝、パンを届けていたのか。やっぱり、節美のお社の信仰は絶大だな。うちの寺とえらい違いじゃないか。


「ああ、お酒なら、すぐに持って行くんじゃないですか。嘉承家は風の魔力を持つだけに、何でも行動は早いですし」

「もう頂きましたよ。今日、菓子屋の子達が、五十本持って来てくれました。でも、ああいうのは何本あってもいいですからねぇ」


 五十本!さすがは嘉承家、相変わらず太っ腹という世間の定義を遥かに超えた家だな。配達を頼まれた稲荷屋さんも、一升瓶が五十本なんて、いい迷惑だったんじゃないか。


 口元に両手をあてて、くふくふと楽しそうに思い出し笑いをするポン子ちゃん。


 ・・・どこのアル中だ。

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