2.災いを告げる老婆


 ◆


 ここまで燃えてしまえばどのような人間であっても行き着く先はこのようなものだろう。二人の目の前にある黒焦げた炭は生前の面影を身長程度しかほとんど残していない、その姿は殆ど厚みを持った影のようなものだった。


 その頭部の炭を断罪は刀の切っ先で掬い上げた。

 断罪の刀捌きであれば、生前であっても大して難しくはなかったであろうが、この死体であればプリンをスプーンで掬うよりも容易い。


「あーっ!断罪殿!警察が来るまで現場は確保しておかなければ!」

「小生は殺戮刑事で、貴様も公安の部類であろうが」

 汚れ一つ無い刀身の上に置かれたどす黒い人間の残骸を見ながら、断罪が言う。

 

「食い物にする気でござるか?一義的な意味で」

「誰が食うか」

 断罪が勢いよく刀を跳ね上げると、その勢いで炭が壁に飛び散る。

 汚れを吹き飛ばした断罪の白銀の刀の切っ先に残るビー玉ほどの大きさのものがあった。 

 炭の中に埋もれていたために最初はその姿が見えなかったのだろう。黒い残骸が取り放たれた今、自身の存在を高らかに謳うかのように妖しい赤いきらめきを放っている。

「ルビー……にござるか?」

「位置的には頭か?」

 何らかの手術で脳内に埋め込まれたのか、あるいは体内で生成された怪奇な腫瘍のようなものか、しかし体内から生成されたものであるというのならば、その輝きはあまりにも眩く、原石のそれとは思えない。いっそこの生命の残骸から手術跡があるかどうか確認出来ればよかったのだろうが、顔すらもわからなくなった燃え痕から生前の痕跡を探るのはあまりにも難しい。


「……頭の中に宝石がある状況、理解に苦しむな」

「頭の中を飾り立てても誰にも見てもらえないでござるからなぁ、かなりの傾奇者じらいけいコーデと見たでござる」

「飾ることが目的ではないのだろうな、こういうのは。埋め込むこと、そのものが目的だろうが……」

 断罪はルビーを手に取り、太陽に透かした。

 内部に機械があるようには見えない、あるいは殺戮刑事でも確認出来ない程の偽装が施されているのか。


「不思議でござるなぁ」

 断罪の背後からひょいとルビーを奪い取った屍山血川がその赤い妖しい輝きをまじまじと見つめて言った。

「貴様っ」

「体内に埋め込まデコられていたというのならば、束縛強めの発信機やら、口封じのための爆弾やら、そういうものがあってもおかしくはないでござろうに……っていうか、この宝石が目の前の炎上案件ムカ着火の原因っぽいのに、このルビー自体はごく普通の宝石に見えるでござる、が」

 屍山血川が何事かを言いかけたのに気づかなかったのか、生まれようとした言葉を遮って、断罪が口を開いた。

「……あるいは小生らが、その仕組に気付けないか、だな」

「ござる?」

「殺戮刑事に村焼式部という女がいるが、アレは超能力で炎を出し、人を焼いてのけてみせる。本人の中では何らかの道理が通っているようだが、小生には理解出来ん。そういう超常の力の媒介になっているのやもしれぬ」

「うひぃ~、案外話せるスピ系インターネットだとよく見る人でござるな断罪殿ぉ」

 屍山血川はそう言って嬉しそうに口元を緩め、うりうりと断罪を肘で突いた。

「小生を馬鹿にしているのか?」

「いやいや、拙者もそういうことが言いたかったんでござるよ~、えぇ~……やっぱり宿命感じるでござるぅ~……断罪殿なら殺人目的ヤリモク宿敵宿敵ちゅきちゅき関係から初めて、本物の忠義忠義ちゅきちゅきでも良いでござるが……でも、ヘラい武士と思われても良いから、やっぱり介錯かまちょして欲しいでござるなぁ~……ね、断罪殿ぉ?」

 潤んだ瞳で上目遣いに断罪を見つめる屍山血川に蔑んだ視線を送った後、断罪は端的に「聞き込みに行くぞ」と言った。

「あっ、ちょっと待ってほしいでござる!そんなもっと拙者と会話の御恩と奉公キャッチボールして欲しいでござる……かまちょしてくれないと拙者、お腹ぽんぽん切っちゃうでござるよ……?」

 一息に屍山血川がそう言い終わった頃には、既に歩き始めていた断罪の背は小さくなっていた。

「あーっ!待つでござるよ~~!!もう無理になっちゃうでござる~~!!乱心メンがヘラるでござる~~~!!!断罪殿~~~~!!!ぴぇ~~~~~!!!」

 悲鳴のような奇声を上げた屍山血川に、断罪は振り返った。

「断罪殿!?」

 屍山血川龍之介、尻尾があるならばちぎれんばかりに振っていたであろう。それほどに満面の笑みであった。


「その宝石は捨てておけ、少なくとも小生らが持っていて良いことがあるとは思えん」

 それだけを言って、断罪の視線は再び屍山血川から離れた。

「それだけでござるか~!?それだけだと拙者足りないでござるよ~!おぽんぽんに切り取り線書いちゃうでござるよ~!!!士道メンタルがマジで不覚悟むりになっちゃうでござる~~!!!」

(……小生の方が痛む腹切ってしまいたいぐらいだ!)

 追いかけてくる屍山血川の声を背に、断罪は腹の底からこみ上げてくる苦々しいものを噛み潰しながら思った。


 ◆


 ジープを駐在所に停めたまま、殺戮刑事と公安という奇妙な組み合わせの二人は祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウンにある住宅を一件一件回っている。空き家ばかりが多いこの過疎村に人通りは無く、空の建物は入居者を求めるかのように短い影を伸ばす。時刻は十四時を少し過ぎた頃、見捨てられたようなこの場所には仕事は勿論のこと、日常の買い物をする店すらも麓に降りなければ存在しない。ある意味で完全なベッドタウンとして完成してしまった場所であるが、それにしたってあまりにも人の気配がなさすぎる。


 過疎村とは言え、人はいるはずだ。

 確かに時刻は昼、ベッドは空いているべき時間ではあるが、皆が仕事に行っているわけではないし、皆が買い物に行っているわけでもない。この時間にいる誰かが駐在所の破壊音を聞きつけて、家から出てきてもおかしくはない。

 しかし、村は建物だけを並べたジオラマのように静寂をたたえていた。

 インターホンを一押しするたびに、電子的なベルの音は家だけでなく村中に響く。それほどに静かな場所だった。


「人の気配をまるで感じんな」

 断罪は自身の厚く黒い軍服の袖をめくり、腕を顕にしていた。

 暑さのためではない、音だけでなく、光だけでなく、肌に触れる空気にすらこのニュータウンに人間が存在するか尋ねなければならなかった。

 今のところ、返答はない。

 ただ太陽の光に当てられて温まった空気が粘りつくように断罪の肌に触れるだけだ。


「うぅ、寂しくて切腹ベリカしたくなってきたでござる……」

「仕事が終わってから独りで腹を切れ」

「そんな寂しいこと言わないで欲しいでござる……うさぎさんは寂しいと死んじゃうんでござるよ……?」

「俗説だ。そして貴様はうさぎではない。さらに言えば、その程度で死ねるなら、小生は貴様の話をうだうだ聞いてはいない。とっくに貴様は死んでいる」

「うさぎさんゎ。。。独りで死ぬのが寂しいから。。。一緒に死んでくれる人を探してるでござるよ。。。?」

「作品ジャンルが変わったぞ、阿呆」

 特に益のない言葉を交わしながら、二人が祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウンにある住宅の一件一件を尋ねていく。たとえ居留守を使おうとも、それなりの反応はあるはずだ。昼間から寝ているとしてもその寝息すらも聞き逃したりはしない。それほどに精神を尖らせて空の家々を巡っているが、やはり人は見つからず、一時間かけて二人はジープに戻ることとなった。


「……過疎が過ぎるな」

 ジープを走らせながら、断罪が独り言のように呟く。

 車は断罪の運転するそれ以外にはない、世界からこの二人以外が死に絶えてしまったかのようだ。絶対の殺戮能力を誇る殺戮刑事であっても存在しないものを殺すことは出来ない。募らせたフラストレーションをぶつけるかのように、断罪はアクセルを踏み込む。


「結局、ニュータウンには誰もいなかった」

「と、なれば村の方に人が集まっているでござるか、あるいは……」

「あるいは?」

「全員、先に殺されているおてつき……とかでござる?」

「ハッ」

 屍山血川の言葉を断罪は鼻で笑い飛ばす。

「なれば、小生が死臭を逃したりするかよ」

「でござろうなぁ。断罪殿は殺人大好き殺戮刑事、自分が殺せなかった命に対する執着は餌に飛びつく大型犬のそれに近しいでござるからなぁ」

「小生を犬扱いするなよ、貴様」

 祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウンを出たジープは車体を揺らしながら、山道をさらに上がっていく。車一台通るのがやっとの狭い道である。

 道路は走れないというほどではないが、十分な舗装がなされていない。走るたびに周辺の木の数が増えていき、太陽の光がか細くなっていく。この山道において太陽の恩恵を受けるのは人間ではなく、その葉で空を埋め尽くす名も知らない木々であるらしい。

 祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウンの時点でそうであったが、いよいよ人の社会から見捨てられた場所へと入っていくようである。

 しばらく山の傾斜を見せていた道がなだらかになり、視界が開けてきた。元々あった祟出人死村たたりでひとしぬむらは間もなくらしい――そう断罪が思った瞬間、道路の中央に立ち両手を大きく広げる老婆の存在に気づいた。


 白い着物を着た白髪の老婆である。櫛を通していないのか、髪は荒れ、皺で覆われたその顔は怒りに似た感情が満ちているように見える。


「断罪殿」

「ああ、まだ何もしていない老婆を流石に轢くわけにもいくまい」

 まだに何らかの含みを感じた屍山血川であったが何も言わなかった。屍山血川だって道の中央に立ち、通せんぼでもするかのように両手を広げた老婆を見て怪しく思わないほど、社会性を捨ててはいない。

 ジープを車道に停め、二人は老婆の前へと立った。


「この先に進んではならぬ……災いが起きるぞ……」

 ささやくような掠れ声で老婆が言った。

「災い?」

「そう……災いじゃ……この先に進めば……儂に殺されるという人災が起きるんじゃあああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!」

 瞬間、老婆の小柄な肉体が宙を舞い、その足が月の軌道を描いた。

 サマーソルトキック、バック転をしながら相手を蹴りつける技である。

 咄嗟に、下がる断罪。

 老婆の足が軍服が裂いていた。もしも下がらなければ老婆の足は軍服ごと断罪の命を裂いていたであろう。

 その老いた肉体にどれほどの力が宿っていたのか、老婆は勢いのままバック転を続け断罪達との距離を取った。


「成程、では事情聴取と行こうか」

 断罪が刀を抜き払い、とうとう獲物にありつける獣のように笑った。


【つづく】

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