殺戮刑事断罪乱と因習村

春海水亭

1.祟出人死村


 ◆


 東京を出てから八時間、そのジープは一度も速度を緩めることなく走り続けていた。食事や休憩、あるいはトイレや些細な買い物のためにすら車を停めることはなく、信号や渋滞に引っかかることもなく、運命がそう定めたかのような順調さで目的地を目指している。


「うぅ~……お腹が痛くなってきたでござる……」

 東京から▓▓km離れた▓▓県。目的の村を目指して一車線しかない細い山道を走る中、そのジープの助手席に座る屍山血川しざんけつがわ龍之介りゅうのすけが言った。

 黒を基調とした着物にスカートのように広がった袴を合わせ、衿は死に装束のように左前に着ており、その着物のところどころに装飾の銀の十字架をちゃらつかせている。ゴシック和風ロリータとでも言うべき衣装である。

 髪は雪のように白く、前髪はぱっつんに切り揃え、後ろ髪は腰まで伸ばしている。

 その髪の色と対して変わらないのではないかと思わせるほどに肌は白く、痩せぎすの身体と合わせて蘇った美しい少女が死化粧のまま動いているようにも思える。

 その腰には太刀と脇差しのように二本の通常のものよりも大きいサイズ違いのカッターナイフを帯びている。


「拙者は争い事は苦手でござる……警察なんてやりたくなかったのに……皆が弱いばかりに拙者ばかり貧乏くじを引かされるでござる……うぅ……」

 ぢぢぢ、と音がした。

 屍山血川が脇差しサイズのカッターナイフを手に持ち、刃を出す音である。

「た、耐えられないでござる……断罪殿、切腹ベリカするから、介錯して欲しいでござる~」

「小生を巻き込むな、腹を切るなら勝手に死ね」

 運転手の断罪乱おさまらないは屍山血川に一瞥もよこさず、ハンドルを握っている。時代錯誤の服装をした男であった。かつての日本の憲兵のような黒い軍服を纏い、軍帽に自身の髪の毛を押し込み、長寸の膝まで届くほどの長さの外套をマントのように羽織っている。

 切れ長の目をした目付きの悪い美丈夫であったが、その顔に十代の幼さを色濃く残している。


「ぴぇ~」

 鳥が鳴くような奇怪な声を発した後、屍山血川が言葉を続ける。

「そんなことを言わないで欲しいでござるよ断罪殿~、切腹モツチラだけだと痛くて辛い上に、なかなか死ねないでござる~、介錯かまちょして欲しいでござるよ~」

「ええい、鬱陶しいぞ!屍山血川!!小生とて貴様が公安でなければ殺しているわ!殺戮刑事が誰彼構わず殺すと思うなよ!」


 少年少女の組み合わせにしか見えないが、国家戦力の組み合わせであった。

 かたや断罪乱は殺戮刑事――殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事、そして屍山血川の方は警視庁公安部第四総務課――そもそもが複数存在しない総務課の第四課、少なくとも警視庁のホームページには掲載されない部署である。

 通常の公安捜査においては他部門の警察官と共同で捜査することはないが、殺戮刑事に関しては、法的なふわふわ感故に公安すらも有さない殺人の権利を持っていることから、いざという時のために捜査に同行させることもある。捜査員というよりは拳銃や爆弾としての扱いである。


「あ~あ、殺戮刑事にも振られるなんて……やっぱ拙者なんて、誰にも介錯かまちょして貰えない浪人ぼっち……士道メン不覚悟ヘラるでござるよ~ぐぇっ!」

 ゆっくりと減速することも出来ただろうが、断罪は敢えて急ブレーキをかけた。その成果か屍山血川が頭部を思いっきり揺さぶられて呻き声を上げる。


「ここが例の村か」

「うぅ……痛いでござる……」

 狭い山道を進んだ先に、山を切り拓いた開けた大地があった。

 祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウン、元々はその名に冠された通りの山奥の小さな村であったが、その土地の安さから目をつけられニュータウンとして開発されようとしたが、事業者が途中で撤退したために、元々存在していた村と中途半端に切り開かれた土地、そして入居者のいない大量の建売住宅が残されたニュータウンとは名ばかりの過疎村である。


「捜査を開始するぞ、屍山血川。小生は早く人を殺したいのだ」

「うぅ……じゃあ、拙者を介錯かまちょしてくれればいいのに……あっ、でも……出来たら拙者の忠義人ちゅきぴになって、追腹オーバードーズって欲しいでござる~」

「捜査も小生一人でやる……貴様も一人で腹を切っていろッ!」

「あっ……ごめんでござるぅ……怒らないで欲しいでござるよぉ……ちゃんと捜査するから……拙者のこと討捨てないで欲しいでござるぅ……」

(小生は介護要員として呼ばれたのか?)

 内心の憤りごと吐き出すかのように、断罪は深く息を吐きだした。山の中にいるが新たに吸い込んだ空気は特に美味いということはない。断罪が好む空気は清らかなものではない。かといって、都会の汚れた空気が好きというのでもない。死体から立ち昇る死と血の匂いが入り混じった死屍累々の惨状の空気こそが断罪をたまらなく高ぶらせる。


「……さて、事件のあらましを改めて説明するでござる」

 再び走らせたジープの中、屍山血川が話し始める。

 中身は無いが、土地だけは無駄に広い。目的地に到着するまでに状況を確認するぐらいの余裕はあった。


「十四時間前、携帯電話で祟出人死村たたりでひとしぬむらニュータウンから警察への通報があったでござる。内容を端的に言うと『殺される、助けて』というもの、本来ならばその通報は県警の通信指令センターに届き、最寄りの……まぁ今回ならば、祟出人死村たたりでひとしぬむら駐在所への出動命令が出されるはずだったのでござるが……何故か、直接的に祟出人死村たたりでひとしぬむら駐在所に通報が行き、そして県警本部への連絡されることは無かったでござるな」

「デスラが日本全国盗聴巡りなどという品性下劣な趣味を行っていなければ、この通報が露見することはなく、駐在所の段階で握り潰されていたことになるな」

 デスラ――殺戮刑事の一人であるニコラ・デスラである。

 そのIQを測定しようとしたテスト用紙がIQの高さに耐えられずに爆発した程に、その知性は人智を超えている。危険思想ゆえに地下迷宮監獄に収監されていたが、現在は仮釈放の身となっている。


「この村で如何なる犯罪が行われているかは想像もつかないでござるが、少なくともこの村の駐在員が抱き込まれていることは間違いない……士道マジ不覚悟ぴえんでござるなぁ……」

「スキャンダルになるがゆえに公安と殺戮刑事で内々に解決したい、と……まあ、小生としては人を殺せれば構わんがな」

「まあ、それだけではなく、大規模捜査を行えば、相手に逐電される恐れもあるでござるからなぁ……こちらの盗聴に向こうが気づいていないが故の小規模極秘捜査でござる」

 言葉をかわしている内に、ジープは民家と交番が融合したような祟出人死村たたりでひとしぬむら駐在所へと辿り着く。


「よし、じゃあ停めるでござ……」

「突っ込むぞ」

「えぇ!?」

 言葉とともに断罪がアクセルを踏み込んだ。急加速したジープが弾丸の勢いで駐在所の壁に突っ込む。その速さゆえか、あるいはジープの頑丈さが故か、はたまた壁が脆いのか、ジープは壁を破壊しながらその身を駐在所の中に踊らせ、その勢いのまま中にいた駐在員を跳ね飛ばした。

「ぐぇぇぇぇぇっ!!!!」


「ふん、汚い悲鳴だな」

 外套を翻し、駐在所の交番部分へと降り立つ断罪。

「うわぁ……何をやっているでござるか断罪殿!!乱心メンがヘラったでござるか!?」

 焦りながらも断罪を追って、屍山血川が降り立った。

「駐在員はどうせ人間失格クロだ、轢けば良い」

「ひぇ~……それで死んだらどうするでござる?」

「小生は殺戮刑事だ、どれぐらいの加減で轢けば死なないか……それぐらいのことはわかっている」

「うわぁ……」

 断罪に引いている屍山血川を尻目に、断罪は駐在所内にいながらにして轢かれて床に倒れている駐在員の喉元に軍刀を突きつけて言った。


「小生の気は短いゆえに単刀直入に聞こうか、今貴様が殺されようとしている心当たりを述べてみせろ」

「うぇ……あぁ……?」

 状況を把握できていないからか、状況は把握できたが痛みのために言葉にならなかったのか、駐在員は意味をなさない音を口から発した。


「ま、待つでござる断罪殿!もっと相手の心に寄り添うでござるよ!そう……拙者の心に寄り添うように……」

「気色の悪いことを抜かすな」

「とにかくこれじゃあ自白ゲロしたくても、出来ないでござる!とりあえず状況を把握できるぐらいの余ゆ……?」

「むっ?」

 駐在員の喉元に突きつけられた刀の切っ先はぴたりと制止していた。断罪の手は完璧に止まっており、うっかりと駐在員の喉を裂くようなことはない。

 故に、それは断罪の仕業ではなかったと断言出来るだろう。


「……わ、私は話したりは……!!」

 突如として、駐在員が恐怖とともにそう叫んだかと思えば、その身体が青白い炎に包まれた。

「なっ!?」

「うわっ!」

 断罪は一歩下がり、今も燃え続ける駐在員との距離を取った。

 こんなタイミングでの人体発火現象があるのか、しかし目の前で起こっている。

 偶然か、否――おそらく何かの意志が介入している。

 水をかけるか、酸素を奪ってみせるか、頭の中で選択肢を浮かべたが、決断の余裕はないまま、駐在員は次の瞬間には炭になっていた。


「断罪殿、これは……」

「小生の獲物が奪われた」

 断罪の声に、屍山血川は思わず断罪の顔を見た。

 一切の感情が通っていない無の声であった。感情を一切込めていない時、あるいは感情が飽和して、どうにも表せなくなってしまった時、人間はこのような声を発する。


「……屍山血川、どうやらこの事件はこれ以上と無いほどに小生向きのようだな」

 屍山血川の視線の先で断罪乱――獲物を奪われた殺戮刑事が獣のように獰猛な笑みを浮かべていた。


【つづく】

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