18.念写

 八城家の茶の間のテーブルに茶封筒が上がっていた。急遽、臨時休業にした京太郎を交えて、話が始まった。


 「今朝、郵便受けに入っていたんです。僕は念写というものを信じていません」京太郎は念写とメッセージを貼った紙を茶封筒から取り出した。「まるで心霊写真みたいだ。なによりこのビラが許せません。 “本当に桃木か?”って書いてあるけど、僕は一度も桃木を疑ったことがないし、四人を殺害した犯人が許せない」


 紫音は尋ねた。

 「店長さんは道子を誘拐したのも同一犯だと考えているのか?」


 「ええ。同じだと思います」


 写真を手にした。

 「念写を信じていないと言ったが、これは間違いなく念写だ。類稀な霊能力を持つ道子が死ぬ直前に誰かのカメラのネガに念を飛ばしたのだ。ひとことで言えば精神世界のダイイングメッセージ」その “誰か” はだいたい察しがついていたが口にしなかった。


 怨霊となった美幸を見るまで、怪奇現象すら信じていなかった。このような不思議なこともあるのだろう、と、受け入れるしかなかった。

 「ダイイングメッセージ……」


 「これを郵便受けに入れた犯人に心当たりは?」


 「カメラマンの青島文夫さんではないかと……だけど何故僕のところに……」


 紫音が思ったとおりの人物。京太郎も察しがついていた。

 「この念写、私が貰ってもいいかな?」


 「どうぞ。僕が持っていても仕方ありませんし、それに……何だか怖いです」


 結愛は奇霧界村の幕の内スーパーで見た疑問を訊いてみた。しかし、内緒で奇霧界村に行ったことは伏せた。

 「幕の内スーパーの社員通用口のドアの取っ手が新品みたいだったって、肝試しに行った同級生から聞いたんだけど、ドアの取っ手を取り替えた?」


 「あのスーパーには、もうずっといってない」首を傾げた。「三十年以上前の取っ手だし、錆びどころか空き巣によって壊されているはずだ。新品なはずない」


 それなら何故、新品のようにピカピカだったのだろう。

 「そう……」


 茶封筒の中に写真とメッセージを収めた紫音は腰を上げた。

 「さてと、私はそろそろおいとましようかな」


 海斗と結愛も腰を上げた。


 海斗は美波に言った。

 「行かなきゃいけない場所があるから、俺達も帰るよ」

 

 「何かあったらすぐに連絡してね。本当に心配してる」


 「わかってる。紫音さんも結愛ちゃんもいるから大丈夫」


 海斗と結愛は、美幸、坂上、熊谷、桃木、との繋がりを調べるために、タクシーに乗り、スナック麗へ向かった。そして紫音は、道子からこの念写を受け取ったカメラマンの青島の部屋に向かった。


 紫音は青島が住む104号室の玄関のチャイムを鳴らしたが、応答なし。試しにドアの取っ手を回してみると施錠されていなかった。漫画家の久保田ならまだしも、青島は仕事柄、用心深い。戸締まりを忘れるとはあり得ないことだ。


 玄関から呼びかける。

 「青島さん、いないのか!」

 

 返事がない。


 久保田のときと同様に勝手に玄関に上がり、リビングルームを覗いた。その瞬間、驚愕の光景に慄然とした。


 全身の皮を剥ぎ取られた青島が、手の平と足の甲に釘を打ちつけられ、壁にはりつけにされていたのだ。瞼は切り取られ、眼球が剥き出しになっていた。彼の足元には糞尿が散乱している。おそらく生きたまま皮を剥ぎ取られたのだろう。


 あまりの恐ろしい光景にあとじさった瞬間、足元に硬いものが当たった。視線を下ろすと、スタンガンが落ちていた。青島はスタンガンで抵抗しようとしたが、どうすることもできなかったようだ。


 紫音が青島を尋ねた理由は、この事件についてどこまで知っているのかを知りたかったからだ。


 彼は間違いなく犯人に消された。知ってはならない真実を知ってしまったに違いない。写真のネガも欲しいが、それは犯人が持ち去っただろう。自分もここにいては危険だ。


 身の危険を感じた紫音は、室内を物色することなく、足早に104号室を出た。自宅に戻り、住人の名前を書いた張り紙の前に立ち、赤いマジックインキで青島文夫に斜線を引いた。


 青島の自宅玄関は施錠されていなかった。ということは、顔見知りを招き入れたのだろうか……しかし、警戒はしていたようだ。床にスタンガンが落ちていた。だが、敵わなかった。つまり犯人は腕っ節が強い。


 一人目の犯人は、 “あいつ” か―――

 

 紫音の背後に道子が現れた。


 道子はポロポロと涙を零していた。

 

 「何を泣いている?」


 「助けてあげられなかった。誰も助けてあげられないの。行ったときにはもう……」


 道子の髪を優しく撫でる。

 「お前は悪くない。犯人を見たのか? やはり、 “あいつ” だったのだな?」


 こくりと頷いた。

 「だけど、もう一人の犯人がまだわからない」


 「そうか……」


 「お前は、何故あの男に念写を?」


 「桃木さんじゃないって言いたかったの。彼なら犯人まで辿り着いてくれそうな気がしたから……でも死んじゃった」


 「自分を責めるな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る