6.肝試しと現金

 池谷田運転する三列シートワゴン車が山間の道路を抜け、赤信号で停まっていた。助手席には凛香が座っている。後部座席には、和真、沙也加、淳也が座る。


 池谷は、ミニスカートを穿いている凛香の太腿をチラリと見た。肝試しのあと、三人を送り届け、凛香とふたりきりになろうとしていた。目的は当然、“やる” こと。


 「俺、怖くて凛香ちゃんに抱きついちゃうかも」と、冗談を言う。


 池谷は車持ちなので、高校生の凛香にとっては最高だ。それにルックスも好み。言うことなし。絶対に彼氏にしたい。

 「池谷君なら抱きつちゃってもいいよぉ。でもあたしのほうが抱きついちゃうかも」

 

 「どんどん抱きついて」


 「ウケる。池谷君って最高」


 「凛香ちゃんも最高」


 池谷はハンドルを左に切って、奇霧界村へと入っていった。いままで辺り一面を照らしていた月明かりは雲に覆われ、霧が立ちこめた。


 街灯も点灯されていないので、ヘッドライトの明かりだけが頼り。幕の内スーパーと看板が掛かった店舗の駐車場へ停車した。池谷と淳也が懐中電灯を手にすると、全員がワゴン車から降りた。


 海斗同様に和真も超常現象にはあまり興味がない。肝試しはおもしろそうだから参加しただけ。

 「すべて当時のまま」スナック悠々とドアにペイントされた店舗を指した。「ダサい」


 沙也加が笑った。

 「ホントだ。ヤバい」


 池谷は幕の内スーパーのガラス窓に懐中電灯の光を当て、内部を覗いた。陳列棚もそのまま。レジ台の上にはレジもそのまま載っている。正面はシャッターが下ろされているので侵入できないが、裏側には必ず社員通用口がある。

 

 「裏口に回って店内に入ってみようぜ。当時のままなら金目の物があるかもしれないじゃん」


 淳也が言った。

 「お前、馬鹿じゃねえの。レジの中に現金が残っていたら、空き巣が全部持って行ってる」


 「見てみないとわかんないじゃん。せっかくだもん楽しもうよ。お宝探し」


 「それもそうだな。せっかくの肝試しだもんな」


 五人は、アスファルトの合間から顔を出す雑草を踏みつけながら、店舗の裏へと回った。すると思ったとおり、ドアがあった。ドアの取っ手は壊されており、空き巣が入ったのは一目瞭然である。


 金目のものがなかったとしても肝試しを楽しみたいので、池谷はドアを開け、暗い店内へと足を踏み入れた。


 埃だらけの店内の天井は蜘蛛の巣が張り巡らされていた。左右の突き当りには一枚ずつドアがあり、中央には店舗に入っていく入口の扉があった。その扉はコンビニやスーパーなどでよく見かける軽く押すだけで開くタイプのものだった。


 五人は通路の左にあるドアに向かった。


 池谷がドアの取っ手を回した。

 

 ギギギギ……と錆びた音を響かせ、ドアが開いた。


 狭い室内には、埃と土埃にまみれたスチール製のデスクがあった。壁に沿ってソファとテーブルが設置されており、頑丈な木製の本棚が置かれていた。だが不思議なことに、その本棚には、コンクリート製のブロックが重しのように積んであった。

 

 和真は違和感を覚えた。

 「変じゃないか? なんで本棚にブロックが置いてあるんだろう」


 そのとき本棚の裏から鼠が出てきた。本棚と壁のあいだにわずかに隙間が空いていたので、淳也が懐中電灯で照らしてみた。だが狭すぎてよく見えない。


 鼠嫌いの凛香が咄嗟に逃げた。

 「無理! 気持ち悪い」


 沙也加にはハムスターと鼠の区別が付かない。冷静に室内を見回し、はっとする。

 「やっと思い出した。この部屋どこかで見たことあるって思ったの。本棚はなかったけどヤシロマートの休憩室にそっくり」

 

 和真は尋ねた。

 「なんでヤシロマートの休憩室を知ってるんだ?」


 「金欠だったから一日アルバイトの棚卸を手伝ったの」


 「小さな店って事務所と休憩室が一緒ってよくあるぞ」


 「そうなの?」


 「うん。以前のバイト先の休憩室がそうだったもん」


 池谷はデスクの引き出しを開けてみた。金目の物は入っておらず、当時の伝票やノート、電卓など、ガラクタ同然の物しか入ってなかった。

 

 「やっぱり何もないや」


 淳也は軽く笑った。

 「だろ? 空き巣が入らないわけないもん。きっと他の廃墟に入っても同じだよ」


 「だよな」


 室内から出た五人は、右手の通路にあるドアを開けてみた。ある程度の広さがあるバックヤードだった。古びた陳列棚が置いてあるが、何も置かれていない。壁に沿った場所に業務用のフリーザーと、壁と一体化した業務用の冷蔵庫が設置されていた。

 

 「ヤシロマートとまるっきり一緒」沙也加は冷蔵室を開けた。中は空っぽ。「どうしてヤシロマートと同じなのかな?」


 和真は言った。

 「だから小さな田舎のスーパーなんて、みんな似たり寄ったりの造りなんだよ」


 「でもさ、三十年以上前に建てられたスーパーだよ。それなのにヤシロマートと同じって変じゃない?」


 「だってあそこの親父さん、けっこう歳じゃん。感覚が古いんだよ。それにヤシロマートも小さな店だから、バックヤードと冷蔵室が一緒になっていたほうがスペースが取れていいんじゃないの?」


 納得した。

 「スペースの問題か」


 五人はバックヤードから出て、店内へ入った。


 レジカウンターへ歩を進め、半開きになったレジの中を覗いたが、案の定、現金は入っていなかった。 

 池谷は言った。

 「入ってるはずないよな」


 淳也は池谷に顔を向けた。

 「アパートに行ってみようぜ」


 「そうだな」


 廃墟の合間を歩いて古びた外観のアパートへと辿り着いた。ここに来るのは初めて。海斗が住んでいるアパートと同じだと思った。


 淳也が手前の101号室のドアの取っ手を見てはっとする。

 「そういえば……幕の内スーパーみたいに空き巣が入ったあとがない」


 和真は教えた。

 「管理していた大家が違うから、施錠されていないんだよ。噂によるとその大家は夜逃げしたらしいよ」


 「そうなんだ」


 簡単にドアが空いたので、玄関を覗いてみる。全員で室内に入ってみたが、何もなかった。


 和真は淳也に顔を向けた。

 「兄ちゃん、目当ての部屋に行くぞ」


 「そのほうがいいな」


 鉄骨階段の周囲に散乱したガラスの破片が散乱していた。よく見てみると、古いものではなく、最近のものに見えた。


 池谷は言った。

 「数日前に魔のカーブで事故が遭ったけど、これってそいつらが割ったんじゃないのかな?」

 

 凛香はガラスの破片をじっと見る。

 「なんだかワイングラスみたい」


 「酔っ払って割ったんじゃないの? おそらく飲酒運転だったんだよ。だから事故った」と、返事した和真は、鉄骨階段に足を乗せた。「ゆっくり上がろう。崩れたら危ない」


 足元を確認しながら二階へ上った。


 沙也加が言った。

 「殺害された女の恋人の部屋は、真上の304号室だったらしいよ」


 和真が返事した。

 「なんならそっちも行ってみる?」


 「204号室を見たあとに行ってみようか」


 全員、意見が一致した。


 池谷は玄関のドアを開けた。懐中電灯の光で照らすと、埃が被った女物のパンプス、紳士物のスニーカーが二足置いてあった。


 池谷は息を呑んだ。

 「マジかよ、これって殺された連中の靴か?」


 淳也も不気味に感じた。

 「何だか気持ち悪いな」


 凛香は嫌な予感がした。

 「やめて帰ったほうがよくない? 304号室もやめておこうよ」


 池谷は凛香に笑みを向けた。

 「怖かったら抱きついていいよ」


 そういう問題ではない気がする……これが本当に当時の被害者のもの。101号室は片付けられていた。なぜここだけ当時の部屋のままなのだろう……

 「……」


 深刻な表情の凛香に沙也加が笑いながら言った。

 「まさか怖じ気づいたの? 大丈夫だよ、肝試しはこのくらいじゃないとおもしろくない」


 ひとりで待つのも嫌なので一緒にリビングルームへ足を踏み入れた。


 生活感が残されていたのは玄関の靴だけではなかった。壁に沿ってテレビが置かれ、テーブルを囲むようにⅬ字型にソファが置かれていた。


 長年の埃がなければ、あたかも昨日まで誰かが生活を送っていたかのような室内。台所の食器棚に懐中電灯を照らして覗いてみると、多種多様な食器が沢山収納されていた。

 

 食器棚を懐中電灯で照らす淳也は、疑問を口にした。

 「バカラのワイングラスがあるんだ。でも一脚しかない。ふつう恋人がいるなら二脚セットで買うよな」


 和真が返事する。

 「高いからひとつだけ買ったんじゃないの?」

 

 「グラスなんてどうだっていいよ」胸騒ぎがする凛香は、やはりこの部屋から出たい。「やっぱり変だよ。たとえ女に身寄りがなかったとしても、普通は空き部屋になった時点で大家が業者に頼んで片付けてもらうと思う。空き巣にも何も取られてないのも変だよ。なんか普通じゃない」


 和真は言う。

 「そりゃあ、殺人事件が遭った部屋なんだから普通じゃないに決まってる」


 全員がリビングルームをあとにし、池谷が現在のファントムで美波が使用している寝室のドアを開けた。懐中電灯の光の先には、錆びた小型手提金庫が放置されていた。鍵が壊されていたので、幕の内スーパーのレジ同様に中身はどうせ入っていないと思った。


 小型手提金庫へと歩を進め、期待せずに開けてみると、なんと現金が入っていた。ぱっと見ただけで百万円はありそうだ。


 池谷は興奮した。まさか現金が入っているとは思わなかった。それもこんなに。

 「すげぇ! みんな、こっちに来いよ!」


 池谷の許へ向かった四人も小型手提金庫の中身を見て驚いた。

 

 金欠の和真、沙也加、淳也は金に目がくらんだ。


 凛香の不安は増していく。

 「おそらく空き巣が鍵を開けるために工具でこじ開けたんだよ。それなのにどうして、この部屋に戻したの? 何もかも変だよ」


 凛香の話は聞かずに、池谷は現金をデニムのポケットに入れた。

 「ケースごと持って行くのは気が引けるから、適当に持って行こう」

 

 沙也加がリュックサック背中から下ろし、鷲掴みにした現金を入れ、凛香に言った。

 「ちょっとくらい大丈夫だよ。これで今度服買に行こう。凛香の分も入れておくね」


 「あたし、いらない。怖いよ」


 「大丈夫、大丈夫。みんなで盗めば怖くない」


 「全部を取ったら呪われそうだ」ポケットに現金を詰め込んだ淳也は、立ち上がった。「さて、304号室に行ってみようぜ」


 沙也加は凛香に顔を向けた。

 「マジで怖いの? あたし現金見つけてテンション上がってるんだけど」


 「祟られてもしらないよ」


 気が進まないが、仕方なくついて行くことにした。鉄骨階段を上がり、三階に着いたとき、凛香は奇妙な音に気づいた。

 「みんな、ちょっと待って。へんな音がする」


 訝しげな表情を浮かべて、耳を澄ました。


 ズズ……ズズ……ズズ……と、閑寂な通路に響く足を引きずる音が聞こえた。ゴボゴボ……コポコポ……と、水の中で息を吐き出したような音も入り交じって聞こえる。


 その足音は次第に大きくなり、突然、目の前にずぶ濡れの怨霊が現われた。真っ赤に充血した双眸で五人を睨みつけている。


 悲鳴を上げた五人は、三階から二階へ降り立った。怨霊は凄まじい速さで追いかけてくる。車まで逃げ切れそうにない。手前の201号室のドアを開けて、靴底を滑らせるように玄関へ入って鍵を閉めた。


 凛香は恐怖の涙に頬を濡らした。

 「盗んだからだよ」


 池谷は小声ながらにも語気を強めた。

 「幽霊のクセに何しに金が要るんだよ。金にどれだけ執着心があるヤツなんだ? 死んでるんだから、もう必要ねえだろ」


 淳也は池谷に目を向けた。

 「だったら追いかけてきた怨霊に聞いてみろよ」


 その時、淳也のスマートフォンの着信音が鳴った。


 テンポの速いダンスミュージックが静寂を切り裂く。


 全員が突然の着信音に、ビクッと体を強張らせた。


 和真が淳也のスマートフォンをひったくるように奪った。

 「バカ兄貴、早く切れよ」


 スマートフォンの画面に表示されている名前を見て、目を見開いた。


 身の毛もよだつ現実―――スマートフォンの画面に表示された着信番号があり得ない人物だった。それは、自分のスマートフォンからの着信。


 「どういうことだ……」はっとした。現金をポケットに入れた際、204号室にスマートフォンを置き忘れてきたのだ。「ヤバい……あの部屋にスマホ置いてきた……」


 全員が恐怖に呑み込まれた。


 淳也は恐る恐る言った。

 「和真のスマホを持ってるのは怨霊……」


 凛香が言った。

 「やっぱり、盗むべきじゃなかったんだよ」


 池谷も命の危機を感じた。

 「そんなこと言ったって今更遅い」

 

 怨霊はドアの取っ手を激しく揺らす。

 

 その音が恐怖に拍車をかける。


 「ゴポゴポ……コポコポ……返せ……」


 このままではドアの取っ手を壊される。全員が呪い殺される。


 みんなを唆したのは自分だ、と、責任を感じた池谷は勇気を出して大声を張り上げた。


 「すぐに返しに行きます! 許して下さい! ごめんなさい!」


 ズズ……ズズ……と、足音が遠ざかっていった。


 凛香は足音を確認する。

 「返しに行こう」


 池谷はドアの鍵を外し、ほんの少しだけドアを開けて通路を窺った。怨霊はいない。


 通路に出た一同は、足早に204号室へ向かい、ドアを開けて、寝室へ入った。お金を盗んだ四人は小型手提金庫に全額戻した。


 「だから空き巣は、お金を取っても戻したんだ」凛香は言った。「たくさんの空き巣がこの現金を盗み、ここに戻した。部屋の家具がそのままなのも、そういうことだったんだ」


 204号室から出た五人は、急いで階段を駆け下り、ワゴン車まで全力疾走した。後ろは振り返らず、前だけを見る。


 五人はワゴン車に乗った。エンジンをかけた池谷は、アクセルを踏んで急発進した。道路に飛び出したとき、全員が後方に目を向けた。


 追いかけて来ない。


 怨霊の姿はもうない。現金を全額返したので安堵した。呪い殺されるかと思った。


 池谷は音楽をかけた。

 「マジでビビった。この世にあんなものがいるとは思わなかった」


 凛香はまだ気分が落ち着かない。

 「死ぬかと思った」


 和真はトラウマになった。

 「二度と肝試しなんてしない」


 沙也加も同じ意見だ。

 「あたしも懲りた」


 淳也はふたたび後方を確認する。

 「奇霧界村にはもう行くことはない」


 会話は殆どなく、時間が経過した。もうすぐ魔のカーブだ。そのとき、急に足が重たくなり、アクセルを踏む足の制御ができなくなった。スピードを落とすことができない。誰かに足を押さえつけられているような気がした。


 恐る恐る視線を下ろすと、ふやけた手に足を握られていたのだ。驚いた池谷は悲鳴を上げた。

 

 「何でだよ! 金返したのに! 何でだぁ!」


 全員、池谷に顔を向けた。


 助手席に座る凛香は叫んだ。

 「スピード落として!」


 池谷の足元から怨霊がにょっきりと顔を出した。彼の体を掴み、運転席へと身を乗り出した。それを見た四人は悲鳴を上げた。恐怖に震える池谷は声も出せなかった。


 「ゴボゴボ……返せ……」


 池谷は全額返したと思い込んでいたが、ポケットの中に一枚残っていたのだ。ジーンズのポケットからお札の端が見えていた。


 それに気づいた凛香は慄然とした。

 「全額じゃない……」


 ポケットの中の一万円札を抜き取った怨霊は、車内から姿を消した。だが、時すでに遅し。魔のカーブの看板を通り過ぎており、急ブレーキが間に合わず、ガードレールに激突した。その直後、けたたましい爆発音と共にワゴン車は炎上した。


 全員、焼死―――


 彼らが死んで数時間経った丑三つ時の三時半過ぎ。


 海斗は引越し祝いを楽しんだあと、テレビゲームをして遊んでいた。そろそろ眠たくなってきたので、ベッドに横になり、リモコンを照明に向けて消灯ボタンを押した。


 そのとき枕元に置いたスマートフォンの着信音が鳴った。

 

 和真からだろうと思い、スマートフォンを手にして、画面に表示された名前を見てみる。思った通り和真からだったので、通話をタップし、スマートフォンを耳に当てる。


 「もしもし」返事がないのでもう一度。「もしもし?」

 

 「……コポコポ…ゴポ……見つけた……」


 和真ではない。


 「誰だ、おまえ」と、強い口調で訊いた直後、スマートフォンを耳に当てたまま、突然金縛りにかかった。


 声を出そうとしても出ない。向かいの寝室にいる美波に助けを求めたいが、どうしても声が出ない。


 しかし目は動く。


 こちらを見下ろす怨霊が、目の前に立っていた。瞬きひとつせずに、海斗を凝視している。

 

 「ゴポゴポ……コポコポ……」口から水を垂れ流した。「魁斗……」

 

 何故、怨霊が名前を知っているのか、心底恐怖を感じた。


 怨霊は海斗の顔に自分の顔を近づけた。


 鼻を刺すような死臭を感じた。


 こんなにも恐ろしい存在がこの世にいるなんて想像もしなかった。事故物件を甘く見ていた。


 「守る……ゴポゴポ……コポ……守る……殺す……こ…ろ…す」


 怨霊の言葉を聞いたのはこれが最後。恐怖のあまり海斗は気を失った。


 翌日、午前十時。目を覚ました海斗は、咄嗟に背を起こした。昨夜の怨霊は悪い夢の中の出来事だと思いたかったが、長い髪の毛が何本もシーツに落ちていた。


 叫ぶように美波を呼んだ。

 「母さん! 母さん!」


 ドアを開けて室内に足を踏み入れた美波は、シーツの周囲に落ちている長い髪を見て鳥肌が立った。

 「なにこれ……」


 丑三つ時に起きた悍ましい出来事を打ち明けた。

 「恐ろしい顔をしたずぶ濡れ女が現われたんだ。わからないけど和真のスマホを持っていた。和真のスマホから俺のスマホに電話をかけてきたんだ」


 顔色が変った。

 「昨日あたしの肩に付いていたのは、やっぱり血だったのよ!」


 「名前を呼ばれた。守る、殺すって言われた」


 「なんであんたの名前を知ってるの? まさかあんたの命を狙ってるわけじゃないよね?」


 「命を狙われる理由なんてない」


 「なんでこんなことに」


 ベッドから降り立った。

 「このシーツ捨てて。気持ち悪くて使えない。この家ヤバいよ。引越ししよう」


 いますぐにでも出たいが、つぎに住む家が見つかるまで、ここにいなければならない。

 「空きがあるアパートを不動産会社に行って探しましょう」


 そのとき自分のスマートフォンの着信音が鳴った。LINEの着信音だが、昨日のこともあり、見るのが怖かった。


 ベッドの上に置いたスマートフォンを手にし、LINEを確認してみると、連絡網だった。その内容は、肝試しに行った和真たち三人の訃報だった。


 「和真が死んだ」と、膝から崩れ落ちた。「魔のカーブで事故って、焼死体で見つかった」


 美波も和真には何度も会っている。泣きながら海斗を抱きしめた。

 

 人間ってこんなにも泣けるものなのか……と、思うほど号泣した。


 葬式から帰ってきても、涙が止まらず、部屋に閉じこもってずっと泣いた。

 

 

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