十年前に三歳で

 ある日、駅前のベンチに座っていると、髪の長い女がわたしの前にとつぜん立って、

「十年前、わたしの姉が亡くなりました。姉はそのとき三歳でした」といった。

 わたしは驚きながらも「お気の毒です」とだけいうと、彼女はぺこりと頭を下げ、どこかへ行ってしまった。

 と思ったら、別のベンチに座っている人にも同じことをくり返しているらしかった。

 だがよく考えてみると、女の姉が十年前に三歳で亡くなったのなら、妹である彼女は十二歳未満のはずだが、どう見ても二十歳はとうに過ぎている。聞き間違えかとも思ったのだけれど、女の声はアナウンサーのようによく通り、滑舌もよかったので、「十年前」「三歳」に間違いはなさそうだった。姉ではなく、娘だったのかもしれないとも考えたが、それにしては女は若すぎるように思われた。

 しかしちょっとおかしな人の言うことを、まじめにとりあっても仕方がないのかもしれない。

 その後、その女には会わなかったので、けっきょくどういうことだったのかよくわからない。

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