シーラカンス
はるか昔、三億年以上も前から姿を変えずに生きつづけ、生きた化石と呼ばれる、シーラカンスという魚がいる。そのシーラカンスの人工養殖についに成功し、いくつかの水族館で見られるようになったのは、わりと最近のことだ。
当初は、展示の目玉として良い場所を与えられ、水槽の前には、老若男女の人だかりが押し合いへし合い、途切れなくつづいていたものだが、興味が一周してしまうと、学術的な価値はさておき、このシーラカンスという魚、見た目はといえば、体表は焦げたように黒く、死んだような目をして、れいの手足のように伸びたヒレだけは大したものだが、ただそれだけのことで、何より、ほとんど動きがなく、水槽の底にじっとしたまま、自慢のヒレをゆっくり動かしているだけなのだから、水族館の主役としては華に欠け、鈍重で、どうにもぱっとしない。
そんなだから、鳴り物入りで公開されたものの、たちまち人気をうしない、水槽も隅のほうへ押しやられた。
しかしそんなことは、当のシーラカンスにはどうでもいいことであって、花形の座から降ろされても、水槽の底で、ゆうゆうとヒレを動かしながら、順調に数を伸ばしている。
飼育員たちからも、暗くて静かな環境を維持してやれば、あまり手もかからず育てやすいと、これがなかなかの評判で、さすがに生きた化石と言われるだけあって、恐竜が滅んでも生き延びるくらいの生命力があるのだ。
月日がたって、今では水槽の前に立つ人も少なくなったが、ときおり、まだ読み書きもできないくらいの幼児が、くだんの魚を食い入るように見て、親に手を引かれてもじっと張りついたまま、なかなか離れようとしない。
人気がなくなったといっても、やはりシーラカンスには、言葉にできない魅力が備わっているらしい。
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