色騒ぎ

 街を歩いていたら、痴話げんかに出くわした。

 若い女と男が、できの悪いメロドラマみたいに激しくやりあっていた。両者ともちょっと派手な、見栄えのするカップルだった。


 すぐに野次馬があつまってきて、遠巻きにふたりを囲んだ。

 わたしも輪の先頭に立って見物した。自分と関係がなければ、痴話げんかというのは最高の見ものである。


 ふたりの言いあいから察するに、けんかの原因は男の浮気らしかった。男はただの誤解だと言い張っていたが、どうだか。そういう物言いは浮気男の常套句だ。

 しかし男の演技力も相当なもので、熱烈な言葉をならべたてて女に許しを請うていた。

 それでも女が折れないと見ると、男はどこからか包丁を取りだし、許してもらえないなら君への愛を証明するためにこれで喉を突く、と包丁を自分の喉元に構えた。


 これにはまわりの野次馬たちもどよめいた。そろそろ誰か警察を呼んだほうがいいかもしれない。

 そこまでしても女の方は冷静で、顔色ひとつ変えなかった。もしかするとこれも男がよくやる手なのだろうか。

 女は冷めた表情を崩さず、ばかねそんなことをしてあなたが死んじゃったらあなたの愛を信じたってもうどうしようもないじゃないの、と事もなげにいった。なるほどたしかにそれはそうだと野次馬たちもうなずいた。


 じゃあ、ぼくはどうしたら君への愛を証明できるんだと男が問うと、

「ほんとうにわたしのことを愛しているなら、そうね――たとえば、あの人を刺してみるというのはどうかしら?」

 と女はわたしを指差した。

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