第8話 竹藪に繋がれた者 後編

「菅井、例の岩、本当にあったぞ」

 次の日、体育館でネットの設置をしながら徹は真帆に竹藪の話をした。

「え、本当に? もう撤去されてると思ったわ」

「徹のことだし適当な岩見て勘違いしただけじゃね?」

 澪は胡散臭そうに半眼で徹を見る。どうも彼の証言は信頼が薄いらしい。

「本当だって。な、萩も一緒だったんだから」

「ちょ、余計なこと言うなっての!」

「へぇ……、じゃあもしかして高杉君、千夏の手を引っ張って?」

 真帆は楽しそうに徹に聞く。千夏の慌てぶりと徹の調子から、例の岩にまつわるお呪いを試したのだろうと予想していた。

「ああ。暗いし危ないからな」

「そーよ! それに徹はすーぐ走り出すから危なくってしょうがないのよ」

 真っ赤になってまくしたてる千夏に澪も真帆もくすくすと笑う。

「くくく、わかりやすいぜー」

「お呪い、かなうとね。うふふ」

「もー! 二人とも、ふざけないでよ、なんであたしがこんなチビ!」

「む、誰がチビだ。チビだけどお互い様だぞ!」

「女子はいいの。っていうかもー、あんたは本当に……」

 あまり騒ぐといくら鈍い徹でも気付いてしまう。それはそれで都合が悪いので逆に何も言えない。

「でさ、すんごい近道になったけど、なんかこんな怖いおっさんがいてさ。通らないほうがいいぞ」

 徹は話の続きとして例の鉈をもった山男についてみぶりてぶりで大げさに話す。

「怖いおっさん? 竹藪に? ふーん、そんな人居るんだ。聞いたことないよ」

「そうねえ。林業関係となる斎藤さんが詳しいかしら? でも、今の時期ってそういうのあるのかしら」

 鬼瓦村でも林業を専業としている人は少ない。冬から夏にかけては土木建築で秋に伐採の仕事をするのが普通だ。竹細工にしてもこの時期だと水分が多く含まれてしまうためかびが生えやすく不適切という説もある。

「君子危うきになんとやらね。さ、練習れんしゅう」

 千夏は早めにこの話題を切り上げたいらしく、率先してボールカゴを持ち出した。



 女子バレー部の練習中は邪魔にならないように図書室で時間を潰す。たまにランニングをしたり、反復横跳びをしたりルールブックを読む。

 今日は図書の返却が少なかったので宿題を先にやる。わからないところは図書委員の奈々が教えてくれるから一人でやるより捗るのだった。

「あれ? 今日は飾りづくりしてないんだ」

 百合子が達郎をつれてやってくる。

「ああ。なんか敬老会で作るってさ。それに今週宿題多いから暇ないぞ」

「なんか最近多いよな。あたしもやってから帰ろうと思って。相原、ここなんだけど……」

 鬼瓦一賢い奈々の助力を求めるのは徹だけではなかった。



「えーと、ここがこうで……」

 難易度と量が普段の倍。そんな量の宿題をあと少しというところで達郎は時計をちらちら見る。今日はスイミングスクールがあり、バスの時間を気にしているのだ。

「百合子さん、そろそろ行きましょうよ。間に合いませんよ」

「あー、本当だ。まいったな。あと少しだってのに。まいいや。サンキュー、相原。またよろしく頼むよ」

「うん。佐々木さんも水泳頑張ってね」

 百合子は達郎に急かされるまま図書室を出ていった。

「忙しいもんだなあ。佐々木も新垣も水泳の大会で期待されてるみたいだしな。俺もバドミントンでそれぐらいうまくなりたいぞ」

「頑張ってね。徹君ならきっとできるよ」

「ははは。お世辞でも嬉しいぞ。そうだ。六之目之沢の藪の近道教えてやればよかったかな? あー、でもやっぱり危ないもんなあ。俺も無我夢中で走ったし……」

「六之目之沢って竹藪の? 近づかないほうがいいわ。出られなくなるって言うし」

「ええ? そんな話あるのか? 俺は昨日、萩と一緒に入ったぞ? ちょっと怖いおじさん居たけど、無事に出られたし」

「うん。それがね……」

 奈々は少し顔をしかめながら続けた。



 六之目之沢の竹藪はいわゆる姥捨て山、口減らしの藪とされている。

 老いて働けなくなった老夫婦は口減らしのために折を見て六之目之沢から藪に入ると言う。険しい竹藪から山頂を目指し、四之目とされる場所で妻を置き、夫は二之目とされる場所まで登り、そこの小屋にある石を持って戻る。妻と一緒に石を持って戻ってこられた場合はまた家に戻れるが、石を持ち帰れなかったり、妻を置いて来た場合は藪から外へ出てはならないとされる。

 特に竹藪は伸びが早く、今朝通った道が帰りには塞がれているとされ、帰らずの藪、黄泉之竹とも呼ばれた。

 他にも多すぎる子供たちを連れて藪に入り、二之目で地蔵の頭ほどの泥岩を抱えて戻るように言いつける。

 泥岩は砕けやすく、転がしてあるけばすぐに小さくなってしまう。小さくなった場合はもう一度取りにいかせる。

 日暮れまでに戻ってこられなければ道に迷い、そのまま動けなくなって獣の餌となる。

 もし藪に入り、日暮れまでに出ることが出来なかったら、その人は藪から出ることができなくなると言われていた。


「そんな話、菅井はしてなかったぞ。どっちが本当なんだ?」

 教訓としての物語と悲壮な隠したい歴史に徹は怖くなってきた。

「多分、この話があんまりにも悲壮で怖いから七夕の話を作ったんじゃないかしら? 織姫と彦星の話はもともとは中国のお話だよ」

 素直な徹は深刻そうにうつむいてしまう。

「でもさ、徹君たちはこうして出て来れたんだし、やっぱり迷信じゃないかしら?」

 藪から出たとき、まだ日は出ていた。だから自分達は平気だったのかもしれない。そんな妄想が浮かんでしまう。

「ああ、すまんすまん。ちょっと深刻になり過ぎたぞ。言われてみればこうして学校に来てるんだし大丈夫だよな。まさかそんな藪から出られないなんて……」

「ごめんね、徹君、私が変な話して」

「いやいや。むしろそれぐらい怖い話したほうがいいぞ。あの藪はかなり危なそうだし、下級生が入ったら出られなくなるぞ。脅かすぐらいがちょうどいいぞ」

 徹は無理やりそう納得する。

 そろそろ時刻は女子バレー部の練習が終わるころ。けれど今日はバドミントンをする気になれなかった。



「え? 相原がそんな話を?」

 徹はさっそく奈々から聞いたもう一つの竹藪についての話をしていた。

「おいおい徹。こえーはなしやめてくれよな。あちし、そういうのまじのがちで苦手なんだからよー」

 鬼瓦一怖がりな澪は震えながら言う。

「悪い悪い。でもま、いわくつきだしみんなも近づくなよって話だよ」

「そうね。なんか迷路みたいになってたし、入るのはやめたほうがいいわ」

 千夏もあまり良い印象を持っておらず同じ気持ちらしい。

 ネットをほどき巻き始める徹。こんな話を聞いてしまったせいか、今日は明るいうちに帰ろうとしていた。


 鍵を職員室へ返して戻ると千夏だけ残っていた。どうやら怖がる澪に付き添ったらしい。

「よく考えてみれば最近ずっと徹が鍵返してたのね。そのおかげで早く帰れたんだ。ありがと」

「気にすんな。お前ら女子バレー部は練習大変だし、身体休めるのトレーニングだぞ」

 鬼瓦は街灯も少なく不審者の報告もある。女子を早めに帰したい気持ちもあった。

「萩は来年もバレー部?」

「うーん、あたしはどうしようかな。やっぱ背低いとね。スタメンとか難しいと思うし」

「ふーん、そっか。じゃあ一緒にバドミントンやるか?」

「え? うーん、まあ、どうしてもって言うのならね……」

「萩はレシーブうまいもんな。すぐ上手くなると思うぜ」

「はいはい。ありがとうね」

 二人が一緒に帰るのは低学年の頃の集団下校以来何年ぶり。家は近いのだが道路を跨いでいることもあって付き合いは健介や真奈に比べて短い。その差は呼び方にでていた。それが千夏の若干の不満。

「ねえ、徹は真奈のこと真奈って呼ぶよね」

「そりゃそうだろ。真奈って名前なんだからさ」

「あたしだって千夏って名前なんですけどー」

「え? うーん、そう言われてみればそうだなあ……。なんでだろうな」

「もう。あたしだって付き合い長いと思うんだけどなー。なーんか他人行儀よね」

「他人行儀って行儀良いってことか?」

「なわけないでしょ。冷たいってことよ。徹はつめたいのよねー」

 素直だが鈍い徹は腕組みしながら考え込む。名前で呼べばそれで済む話だが、どうにも今更照れ臭かった。

「……ん?」

 バス停の近くで主婦が数人たむろしているのが見えた。

「どうしたんですか?」

 主婦が集まるときはたいていなにか村で起きたとき。娯楽に飢えている村人は誰でもおしゃべり好きだし、他愛の無いことならきっと教えてくれるだろうと聞いてみる。

「あら徹君に千夏ちゃん。今練習終わったの? そうだ、聞いてよ。トビウオ君、なんか今日、練習さぼったみたいでね? 一緒に百合子ちゃんもスイミングスクールに来てないみたいなの」

「あいつらバスの時間だって帰ったぞ? おかしいなあ」

「バスに遅れたとか?」

「だとしたら自転車とかで行くんじゃないか?」

「それもそうね。どうしたんだろ」

「それがねえ、なんか六之目之沢の竹藪に入って行ったみたいよ? あそこを突っ切ればもう一つのバス停まで近道なのよね」

 六之目之沢の竹藪と聞いて徹は表情が険しくなる。

「まさか……」

 空を見る。まだ太陽は沈んでいない。だが、もうそろそろ沈むころ。

「俺、ちょっと行ってくる」

「ちょっと徹? あのねえ、迷信よ? 竹藪から出られなくなるなんてあるわけないわ。それに徹だけ行ったら危ないわよ。消防団の人に話してからにしよ。ね?」

「萩は消防団に連絡してくれ」

 いうや否や徹は走り出す。こうなっては止められそうにない。千夏は徹を追うべきか、それとも消防団の詰め所に行くべきか悩み……。



 六之目之沢の竹藪を前に空を見る。まだ西日が差している。だが日の入りはつるべ落としのようにストンと沈むもの。怪談話の類を信じるタイプではないが、怖い気持ちは抑えられない。だがそれ以上に二人が心配だった。

「佐々木! 新垣!」

 呼びかけるも返事はない。徹は返事がないことで竹林に駆け出した。



 わしゃわしゃと枯葉を踏みにじり竹林を行く。道は狭く、暗い。名前を呼べど返事はない。見通しが悪いと心理的圧迫もあって岩までの距離が長く感じられる。この前は歩いてでも数分と掛からずに辿り着いたのに。

「はっはっ……はっはっ……、佐々木! 新垣!」

 二人の名前を叫ぶ。そのうちに視界が広がり、声がした。

「おーい、誰かいるのか!? 佐々木―!」

「……高杉? おーい、高杉―」

 返事がした。百合子の声だ。徹はほっと安心して急いだ。彼女がいるのなら達郎もすぐそばにいる。二人はそういう関係だ。そうでなければならない……。



 その期待は脆くも裏切られた。櫓の近くに居たのは百合子だけ。彼女は靴が敗れたらしく、足も痛めていた。

「佐々木だけ? 新垣は?」

「なんだ、高杉は達郎見てないのか。あいつどこいったんだよ」

「どうしたんだ? 靴は……」

「それがさ、へましちまって……」


 バスの時間に合わせて下校した二人だったが、バス停目前にしてちょうど発車していた。次のバスは一時間後。家に帰って自転車で行くべきか迷ったが、六之目之沢を直進できればバスに間に合うかもしれない。練習後に自転車で街から村に戻るのもだるいので安易な選択をしてしまった。結果、百合子は枯葉に足を滑らせて靴底が剥がれ、足を痛めた。達郎は人を靴の替えと人を呼んでくると一人先に行った。

 それはまるで妻を置いて進む夫。かつてこの竹藪で起きた姥捨ての再現に思えた。


「と、とにかく歩けるか? 肩貸すよ」

「え? あーうん。そうだな。ここでこうしてるより外出たほうがいいよな。あたしもなんか寒いっていうかさ……」

 どんどん暗くなる中、百合子も心細くなっていたようだ。徹は片方の靴を貸し、自分は靴下を二重にして割れた竹を中に忍ばせる。べこべこ音がするが、靴下で歩き回るよりは断然楽だった。

「よし、いこう」

 徹は百合子の手を引き、元来た道を戻ろうとする。

「……ようやく出られる……、今度こそ出られるぞ」

 男の声がした。そしてカコンと威勢の良い音と波のような音がして倒れる長い竹。それは来た道を閉ざすように倒れてくる。

「な、なあ、やばくないか?」

 かろうじて光が反射して見えた。ナタだ。あの男だ。道をふさぐように、ふさぐために竹を切っているのだ。

「に、逃げようぜ」

 徹は百合子を促し、奥へと進んだ。


 奥へと進む二人。背後からは枯葉を踏み、道をふさぐために竹を切る音がする。それは徐々に近づいてくる。そして声。

「もう嫌だ。ここを出る。お前らが残れ。お前らが苦しめ……」

 踏み入ったせいなのか、それとも誰でもよいのか、とにかく呪詛のような言葉を吐き捨て、ゆっくりと着実に近づいてくる。

「なんなんだよ、あいつ。ぜってえやばいだろ」

 足を引きずる百合子の歩みは遅い。男も竹を前に倒しているので進みが遅く、距離は保てていた。

「新垣の奴はどこなんだ……」

 だんだん暗くなり、周囲が見通せなくなる。竹をはらい、無我夢中で進む。迷路のような竹の切り口はあの男の仕業だろう。あの男はこの竹藪に誰かを閉じ込めるつもり……。

 日没までに竹藪を出られなかったら、自分達がここから出られなくなる? あの男も竹藪から出られなくなった男? この前も……あの男は竹藪からは出ていなかった。

「佐々木、急いで」

「急いでるって!」

 説明している暇はない。徹は百合子の腕を引っ張り急かす。

「新垣! いるか! いたら返事しろ!」

「……!!」

 声がした。笹が揺れ方を見る。

「佐々木は一緒にいる! とにかく外に、藪の外に出るんだ! 太陽が沈む前に!」

「……わ、わかりました!」

 達郎は小柄だから竹藪でもなんとか抜けられるはず。

「……!」

 竹が飛んでくる。男が投げてきたものだ。

「待て、俺は……ここから……出るんだ、今度は……お前らが、ここに……」

 狂気に満ちた声。振り返ると暗がりの中でも目を見開いた男の恐怖と希望が入り混じった顔が見えた。

「何言ってんだ、あいつは」

 鬱蒼とした竹藪の中に居たら徐々に心も蝕まれるのだろう。気の毒には思うが、身代わりになる理由もない。

 騒音が近くなる。車の音だ。そろそろ見えてきた。出口が。

「佐々木、先に行け」

「え? 一緒でいいだろ。なに言ってんだ?」

 徹は車のライトの方に百合子を押す。

「新垣がまだいるかもしれない」

「そうだけど、お前が危ないだろ。あんなのに追われてるんだぞ!?」

 百合子は止めるが手は届かない。追いかけようにも足が痛む。小さくて大きな背中がどんどん小さく……。



「俺は、ここから……出るんだ……出るんだ」

 足元が見えない。そろそろ日没。もし出られなかったら、あれが未来の自分の姿。そう思うと後悔の気持ちがある。大して仲が良いわけでもない達郎のために自分は何をしているのだろう。だが、理屈を考えるよりも先に足が動いていた。

「新垣! どこだ!」

 声を上げる。男も自分に気付いた。だが大丈夫。あの男の目的は他人を害することではない。もし怪我をさせるつもりなら竹を低く斜めに切ればいい。男はおかしくなっているが、性根が腐ったわけではない。

「高杉君! 僕は! もう、大丈夫です! もう少しで、ゆりこさーん!」

 遠くなる声に安心する。一方で男は歯ぎしりをしていた。もう日没まで間もない。男にとってのタイムリミットは徹が出るまでのわずかな時間。だが、徹はもうあと数メートルで出られる位置。

「いやだ、出してくれ……家に帰りたいんだ。俺はもう何年もここに居るんだ。そろそろ家に帰らせてよ……」

 泣き崩れる男を見ると心が痛む。だが、それ以上に……。

「帰るなら急げ! 日没になるぞ」

 徹は竹藪の奥へと駆け上がる。男は脇をすり抜ける少年を驚いた眼で見つめる。彼の行く方向にはかろうじて光。男は転げるように坂を下った……。



「徹!」

「千夏! なんでお前が居るんだよ!」

 竹藪の奥に千夏の姿を見つけた。太陽を背にした彼女を見たとき、竹取の翁の気持ちを正確に答えられると思えた。

「だって、だって、心配だったから。徹があの男に何されるかって……だから」

 徹に逢えた安心と逆に心配させたことの申し訳なさから涙がにじむ。普段強気な割に、意外と涙脆いのかもしれない。

「あの人は家に帰ったぞ。ずっと帰りたかったんだってさ。佐々木も新垣も見つかったんだ。さ、後は俺達が帰ってみんなを安心させなきゃな。萩も言い訳、考えてくれよな」

「……うん」

 すっかり日も沈み辺りを照らすものは何もない。徹はスマホを持たせてもらえてないので手探りでしか進めそうにない。仕方なしにすり足で前に進もうとすると前がライトで照らされた。

「ライト、持ってたんだっけ」

 足元を照らす程度の弱い光だが、今の二人には心強かった。


 ポケットライトで照らしながら岩のところまで戻って来た。男が竹を切り倒していたが、不自然に倒れているところを通れば出口に近づく。

 問題は出られるかどうか。外が近づくにつれて怖くなる。

「……ねえ、徹、出られるよね。あんなの迷信だよね」

「当たり前だろ? なんだよ、怖いのか? はは。手でも握っててやるか?」

「うん」

 明るく振舞ったつもりが千夏は徹の手を握る。

「でも、もし竹藪から出られなくても、徹と一緒なら安心かな。徹はあたしと一緒でもいい?」

「え? ん-と、そうだなあ。一緒にいるなら萩みたいな方が気が楽かもな」

「……」

「なんだよ、文句あるのか?」

「どこの萩さんだと気が楽なのかしら?」

「そりゃお前だろ?」

「あたし、お前なんてなまえじゃありませんよ。誰よ、萩お前って」

「……千夏。はいはい、千夏さんと一緒に居られて光栄ですよ」

「あー、なにその言い方。こっちこそ徹なんかと一緒なんて世話が焼けるわ」

「なんだよ、さっきは安心だ―って言ってたくせに!」

「いったかしらー? いつ? 誰が? どこで? なんじなんぷん、地球が何回まわったときよー!」

「あーうっさいうっさい! 千夏、いいから行くぞ!」

 女子と言いあいしたところで時間の無駄と手を引っ張る。

「……うん」

 お互い、握った手から不安が共有されていた。


 竹藪の終わり、道路の向こうには人が見える。手を振り、声を上げる。しかし、誰も気づいてくれない。

 大人たちは焦り、何かを話している。そこに百合子と達郎がやってくる。二人は無事戻れたようだ。警察と消防団の姿が見える。今度は自分達を探しているのだろう。

「……なんでみんな気づかないの?」

「……たまたまだよ。暗いし気付かないだけさ」

 近くに人がいるのに誰も気づいてくれない。あの男がここで感じた恐怖と寂寥感。徹には千夏がいる分、幸せなのかもしれない。

「……違うぞ。そんなんじゃダメだ! こんなバカなことあってたまるか! すぐそこに居るんだ。帰るぞ、千夏!」

「え? あ、うん」

 徹は千夏の手を強く握り、竹藪から踏み出す。何かにあたる。気のせいだ。そんなものはない。徹はもう片方の手で見えない壁を振り払う。

「徹!」

 健介の声がした。

「健介?」

 思わず間抜けな声が出た。

「徹が居た、徹が居ましたよ!」

 続いて真奈の声。懐中電灯の明かりが向けられ、大人たちがやってくる。

「どこ行ってたんだ」「心配したんだぞ」

 二人が見つかって安心したのか、からかいや笑い声が起こる。

「ごめんなさい、ちょっと道に迷って」

「とかなんとか言って、色気づきやがって。ん? 手なんか繋いでみせつけるねー」

 消防団の男性がほっとした様子でげらげら笑う。

 言われて気付く。また手をつないでいた。

「あ、これはその……、萩さんとは別にですねえ。な? 何も無いよな」

 援護を期待して千夏を見るが、彼女は不満らしくぷいっとそっぽを向く。どうやらまた選択肢を間違えたようだ。

「おいおい、萩、あ、おーい、佐々木、新垣、ちょっと説明してくれよ」

 二人もへとへとらしくがっくりと肩を竦めている。

「なんでこうなるんだよ~」

 この後は定番のお説教コース。そう思うと気が滅入る徹であった……。



 その日、お説教の途中、テレビからローカルニュースで速報が流れていた。

 二年前から行方不明であった男性が見つかったというものだった。

 あの男性は本当に竹藪に閉じ込められていたのだろうか? だとしたら自分はどうして出られたのだろう。あの男性の狂気と悲哀を間近で見た徹には彼の言葉が嘘に思えず、かといって自分がこうして家に帰ったのならあくまでも迷信……。

 考えてもわからず、徹はふうとため息をつく。

「徹、聞いてるの!」

 聞いていない。どうやら今度はお説教に閉じ込められるようだった……。



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