第7話 竹藪と繋ぐモノ 前編

新垣 達郎:

3組の男子。鬼瓦のトビウオと言われるほど水泳が得意。熱しやすい性格でおだて、挑発にすぐ反応してしまう。1組の佐々木百合子が好きで公認ストーカーとされる。


佐々木 百合子:

1組の女子。スイミングスクールに通っている。達郎のことは鬱陶しいと思いつつも気に入っている。いつの間にか彼の方が水泳が上手になっており背丈は抜くも水泳では抜かれてしまう。生意気な性格。



 日曜日の昼下がり、公民館では七夕の飾り制作が行われていた。

「あ、こら待て。金紙ばっかりもってくな。それはこっちの飾りに使うんだ」

 高杉徹は下級生相手に飾りの作り方の説明とお手本を作っていた。女の子は出来上がっていく飾りに目を丸くして説明が終わるや否やすぐにとりかかる。逆に男の子は金紙や銀紙を飛行機にして遊んでいた。

「そこ気を付けて。あー、ノリ踏んじゃった? 靴下脱いで。ほら泣かない。だいじょうぶだからねー」

 一緒に来ていた萩千夏は糊を踏んだ男の子を慰め、ティッシュで拭く。

 去年、先輩たちが悪戦苦闘していたのを見ていたが、いざ自分達がその立場になると思った以上に大変だとてんてこ舞いだった。


「徹、おかしもらったよ」

 午後三時をまわったところで下級生は解散。徹と千夏は片付けをしてから鍵を返す予定。そのお駄賃としてお菓子の詰め合わせがもらえた。

「おお、けっこうあるんだな。へへ、ラッキー」

 二時間程度の子守の報酬にしては中抜きがひどかったが、これまでの自分の振る舞いを思い出すとこれでも申し訳ないほどだった。

「うーん、俺は本当にこれをもらっていいのか……」

「どうしたの徹君。おせんべい眺めて」

「さんきゅ。菅井は気が利くな」

 菅井真帆がお茶を淹れてくれたのでありがたくいただくことにする。

「なによ、あたしは気が利かないってわけ?」

「萩さん、そういう意味ではなくてですねぇ。へへへ」

 むっとする千夏に取り繕う徹だった。


 六月頃に七夕の行事がある。普通は七月なのだが、鬼瓦では毎年その時期に行っている。

 六月下旬からバレーの地区予選があり、力の入っている女子バレー部の練習の邪魔にならないようにとみるのが一般的だった。

 今日は体育館の点検が重なったので女子バレー部も暇があり、数人が手伝いに来てくれたのだ。

「徹はなにをお願いするの?」

「俺は毎年背が伸びますようにって書いてるぞ」

 くすくすと笑いが起きる。本人は大真面目だが、彼を見るに御利益も無いだろう。

「なんだよー。みんな笑って。じゃあ遠藤はどうなんだ?」

 オヤツの時間になってから顔をだした遠藤澪にびしっと指摘。

「あちし? あちしはそりゃ……もっとこう、背が伸びてぼいんがきゅでぼいんな……」

 モデルのようなポーズをとって腰をくねらせるが針金が曲がったようにしか見えない。

「なんだよ、遠藤だっておんなじじゃねーか」

「違うんだよ。徹にはわからんだろうけど違うんだ。これは……くぅ……」

 徹は拳を握ってうつむく彼女にそれ以上何も言わないことにする。

「まあいいや。でさ、なんで鬼瓦では六月なんだ? 普通こういうのって七月の七日だろ? 六月にやっても梅雨だぞ。去年も確か……」

 雨の中公民館に掲げられた青竹。飾りも願い事もすぐにぐしゃぐしゃになったのを覚えている。

「えー、女子バレーの予選があるからでしょ?」

「いや、だって、全員女子バレー部ってわけじゃないだろ?」

「それもそうね。みんなさぼってるだけか。じゃあ、なんでなのかしら?」

 千夏は言われてみればと少し考える。代わりに真帆が人差し指を立てて得意満面の笑みで口を開く。

「あのね、鬼瓦の七夕について調べたんだけどさ……知りたい?」

 菅井真帆。彼女は鬼瓦一のおまじない好きだ。



 鬼瓦村に伝わる七夕にも織姫と彦星が出てくる。なれそめや二人の関係性はほぼ同じだが、引き裂く立場の人間が他人、権力者であり、そこから変化が多くなる。

 時の権力者は織姫に横恋慕して誘拐した。恋人と別れ別れになった織姫は部屋に籠って泣きつづけ、彦星は日々恋人の名を叫び、声を枯らした。

 そのうちに織姫は涙で瞼がはれ上がり、かつての美しさに陰りがさした。彦星もまた喉が潰れてヒキガエルのような嗚咽を漏らすだけ。 

 権力者は醜くなった織姫に興味が無くなり、彦星の嗚咽を鬱陶しく思いどこへでもいけと追い出したのだった。

 手を取り合う二人だが女は愛する人を見ることが出来ず、男は愛する人を呼ぶことができない。それでも互いを結ぶ手は強く、二人は歩み出す。

 それを見て面白くない権力者は二人を竹藪へと連れていく。うっそうとした竹藪は一人が歩くのがやっとのぐらいの密集ぶり。おまけに若木が鋭く尖り足を突き、葉が腕を切る。

 二人は肌を切り、足を刺されながら手を取り合い進む。けれど六月の雨は二人に容赦なく降り注ぎ、ついに二人は動かなくなった。

 竹藪から出ない二人を訝しんだ権力者は召使に言いつけ、死体があってはかなわないと調べるよう命じる。

 召使は怖がりながら進むも誰もいない。方々を探すもそれらしい物も匂いもせず、代わりに岩が二つ。まるで寄り添うような二つの岩を見て天に住む神が二人を哀れみ岩にしたのだろうと考える。こう探して見つからないのならと、言い訳を用意して戻ったのだ。

 だが権力者は怒り狂い、ならば破壊してやると竹藪に火を放つよう言う。

 竹藪に油をまいて火を放つ。青竹は火がつくとパチンと高い音を立てて爆ぜる。その火の粉は不思議と権力者の屋敷へと降り注ぐ。慌てて火を止めるよう言うが油のせいで消えない。それどころか水を掛けると火は勢いよく燃え上がった。

 葉は火矢のごとく屋敷に降りかかり屋根に入り込む。障子を燃やし、畳を燃やし、屋根をくすぶらせていく。鉈をもって竹を切るも倒れた竹が塀を壊す。水をかけるも天井に忍び込んだ火種には届かない。あれよあれよのうちに屋敷は火に包まれる。

 煙に包まれ散り散りに逃げ惑う召使たち。権力者も逃げ惑い、足を若木に刺され、腕を葉に切られ、とうとう辿り着いたのは竹藪の中心だ。

 二つの岩を見て泣いて謝る権力者。女の美しさに惑い男へ嫉妬し二人の仲を引き裂いた。自分は如何に愚かであったかと涙を流した。するとぽつぽつと雨が降る。それはすぐに大粒の、女が流した雨のようになり、火が消える音は男の嗚咽のようだった。

 雨は屋敷と竹藪の火を消した。

 権力者は屋敷に戻ると召使に命じて竹藪の入口を作らせる。岩を御神体として小屋を建てる。その岩は今もなお小屋の中にあり、それが彦星と織姫とされている。

 これが鬼瓦における七夕信仰の元となる話……。


「ほえ~……」

 ぱちぱちと拍手をする一同。真帆は得意な様子でお辞儀をしていた。

「でね? これは縁結びのお呪いでもあるのよ。この話の竹藪は鬼瓦山の六之目之沢のことで、あの竹藪に男女二人で入って岩まで行くと二人は永遠に結ばれるっていうお呪い」

「岩になって? そんなのやだぞ」

「んー……、どうかしらね」

「岩になるわけないでしょ。徹にはロマンってものがないの? ったく、だから背が伸びないのよ」

「関係無いぞ! 萩こそロマンがわかるのか? どうせタケノコゴハン美味しいとかしか思ってないんだろ? ロマンよりもマロンだもんなー」

「お、珍しく徹が言い間違いしてないぜ。あいつ偽物じゃね?」

 澪は半分驚きながら言う。

「残念でした~、あたしはあんたとちがってロマンが分かるのよ。オホホホ」

 高笑いして徹に付き合わない姿は大人の対応だろう。だが、徹が彼女の食べかけのサツマスティックマロン入りをかじるのを見ると、

「あー! マロン部分楽しみにしてたのに!」

「ほーら、やっぱりロマンよりマロンじゃないか」

「当たり前でしょ! ロマンじゃお腹は膨れないのよ!」

 徹を締め上げる千夏だが、徹はぼりぼりとサツマスティックをかじる。

「ったく、仲がいいんだか悪いんだか」

 そんな二人を眺めつつ、不満そうな真帆に気付く。

「どったの?」

「ん? だって、ここからが面白い話なのにさ」

 どうやらまだ語り足りないらしい。



 四月の雨にしては珍しく長続きする。

 校庭は泥だらけで野球部サッカー部の面々はぶつくさいっていた。室内競技のバレー部、高尾春樹だけは笑顔で体育会系をバレーの練習に誘う。

 今日は女子バレー部が休みなので自由に使えるのだ。そして普段ならメンバーが足りないため練習もろくにできないが、雨のおかげで試合形式ができる人数が確保できた。

 千夏はたまには読書でもと図書室に行くと徹が居た。てっきり彼も参加しているのだろうと思っていた。徹はハサミで画用紙を切っている。

「徹は参加しないの?」

「ああ。七夕の飾りが足りないんだってさ。萩も暇なら手伝ってくれよ」

「しょうがないわね」

 画用紙を受け取り提灯の型に切る。雨の日もそこまで悪くない……。


「なんで僕がこんなこと……」

「黙ってやる。たまには地域貢献しろよな」

 いつの間にか飾りづくりをする人数が増えていた。

 一組の佐々木百合子、三組の新垣達郎も暇を持て余し、放課後の校舎をうろついていた。暇つぶしに図書室に赴いたところで飾りづくりに誘われたのだった。

 二人は水泳部であり、市のスイミングスクールが無い日は学校のプールを使う。だが、雨の日は使用できない。

 本を読むのはどちらかというと苦手な百合子は手を動かして何か作る方が気楽だった。一方、彼女を好きで好きでたまらない達郎は他の男子がいる中での作業が気に食わない。先ほどから文句たらたらであった。

 複数人でもくもくと作業を続けると、準備していた画用紙分の飾りが出来上がっていた。

「よしよし、今週のノルマは達成だ。みんなありがとな」

「え、これだけ作ったのに、まだ全部じゃないのか? どんだけ作るつもりだったんだ?」

 カゴいっぱいに飾りの材料を抱える徹を見て百合子は唖然とする。

「えーと、五月の中頃まで作業できる分が欲しいんだ。でー、余ったら来年に繰り越す。でも多分余らないだろうな。去年もなんだかんだで全部作りきって飾ってたし」

「確か公民館だとお年寄りの人も飾りづくり手伝うのよね。その分も?」

「そう。今年は特に気合入っててさ、ほら、相模原市の方にも七月に飾るんだって」

「六月は鬼瓦に飾って七月に再利用か。なるほど、環境に配慮してて偉いな。でも、なんで鬼瓦は六月に七夕があるんだ? なんかずれた村だよな」

 百合子がもっともな疑問を抱くと徹と千夏はにやりと笑いあう。

「それはだな……」

 真帆の受け入れを得意満面で話す徹だが、ところどころ間違えており、結局千夏が話していた……。


「ふーん、鬼瓦山の六之目之沢となると近く通るよな。あそこの竹やぶが無ければバス亭まで近いのにな。定期だって安くできるのに」

「ですね。百合子さん」

 二人の通うスイミングスクールは相模原市にあり、行く時はバス。その際、道路は鬼瓦山を迂回している。もしあの竹藪を直進できたら時間に余裕をもって次のバス停から乗れる。

 鬼瓦は舗装されていない道が多く、ショートカットできる道がそこかしこにある。長年人が通ることで踏み固められた道ができあがったせいだ。また、役所に申請せず勝手に藪を切り開いて道にして、役場の人も整備の予算をつけてから気付いた事例もあった。

「そんじゃそろそろ雨も上がったしあたしは帰るよ」

「あ、待ってくださいよ、百合子さーん」

 時計を見て頃合いと図書室を出る百合子。達郎は慌てて彼女を追いかける。そんな様子を徹は横目で見送る。

「にしても新垣、マジで佐々木にべたぼれよね。あんな冷たい態度取られてるのにね」

「そうだなあ。俺にもさっぱりだぞ」

「……徹は佐々木とか気になったりする?」

「えー? 俺は俺より背が高い奴が苦手だぞ。絶対チビって言うしなー」

 思い出して腹が立ったらしく、徹はこぶしを握る。去年、バスケットボールで散々チビをバカにされたのだ。それからチビでも活躍できるスポーツを探してバドミントンを見つけたのだ。

「ふーん、やっぱりぃ、同じぐらいの背がいいとか? うんうん」

「そうだなー。うちの父ちゃんは俺と違って背高いけど、同じ目線で同じ景色を見たいとかいってたぞ」

「え、それってもしかしておじさんのプロポーズの言葉?」

「ん? えーと、父ちゃんは別にそんなつもりじゃなかったみたいだけど、母ちゃんはそう思ったみたいだな。父ちゃん、照れくさくて誤魔化してるのかもしれないけどな」

「うふふ。なるほどね。徹のお母さん、そういうところあったかもね。なんか羨ましいな」

 彼の性格は母親譲りと思う一方、同じ目線を持てるのは少し気持ちが温かくなる。もっとも鈍い彼には伝わらないだろうけれど。

「ね、例の竹藪、見に行ってみない?」

「え? 嫌だよ。蚊に刺される」

「いいじゃない。真帆の話で気になっちゃったんだってば。徹だって気になるでしょ? ほらほら、いこいこ」

 徹は後半を忘れているだろう。ならばより都合が良いと千夏は彼を急かした。



 雨あがりのぬかるんだ道。冬眠から這い出たカエルが道の脇にみえた。これから梅雨にかけて増えるのだろうと思うと憂鬱だった。

 鬼瓦山の麓の六之目之沢の竹は天を突くほどに高く聳え、まだ日が明るいにも関わらず夜のような暗がりになっていた。

「うーむ、改めて見ると不気味だぞ。というか、本当にこんなところ通れるのか?」

 藪は密集しており人が入れるようには見えない。タケノコが採れそうにない場所なので人が入った形跡も少ない。

「そうね。神社ってわけじゃないし、中には入れそうにないわね。やっぱり嘘かしら」

「ああ。あれ? ん?」

 よくよく見ると人の入れそうな道があった。藪の中央には岩を囲う小屋が作られたというのが鬼瓦の伝承だ。もしかしたら今も誰かが整備していて、その道なのかもしれない。

「ちょっと見てみるか?」

 隠れた道を見つけると気になってしまうのは男子のサガ。徹は急に乗り気になっていた。

「行くの? いいけど。じゃさ、ちょっと暗いし怖いから、手、繋いでも良い?」

「え? なんだよ、急に。まあいいけどよ。行くぞ」

 徹は千夏の手を取り、藪に踏み込んだ。



 道は思ったより強く踏み固められていた。高く育った竹は低い部分の葉が枯れており、彦星のように腕を切らない。光が当たらない場所では筍も生えず枯れた笹の葉をわしゃわしゃと踏み進むことができた。若干暗いのが難点なぐらいだった。

「思ったより歩きやすいな」

「そうねえ……。っていうか、あれがそうじゃない?」

「お、本当だ。小屋があるぞ」

 竹が人工的に切られた跡がぽつぽつと見えだすとだんだん道が開けてきた。そしてぽつんとある百葉箱のような櫓が見えた。開いたところを見ると、人ぐらいの大きさの岩が二つ、寄り添うようにあった。

「すごいなあ。鬼瓦にこんなとこあったんだな。俺、鬼瓦山は隅々まで登ったつもりだけど、初めて見たぞ」

「竹藪のほうは道がないものね。でもこの岩以外にないわよね。良かった」

「萩はそんなにこの岩見たかったのか? 珍しいっちゃ珍しいけど、観光名所ってほどじゃないぞ」

「ったく、こいつは……。もう、いつまで手つないでるのよ。すけべ」

 岩に触れたところで手を振りほどく千夏に徹はむっとする。

「繋げっていったのそっちだろ? ったく、これだから女は」

 女ごころはさっぱりわからないと首を傾げる徹。もう用も済んだし戻ろうと、徹は周囲を見る。道は奥にもあり、そちらの方が広く切り開かれていた。

「せっかくだしそっちの道通ろうぜ。広いしさ」

「そうね」

 二人は竹藪の奥へと進んだ……。



 視界が広かったのは最初だけ。すぐに迷路のような分かれ道があり、すぐ隣の道ですら鬱蒼とした竹で見えなくなる。そして行き止まり。行きは一本道だったのにこちらは複雑になっていた。

「なんか怖いんだけど……。道、本当に外に続いてるのかしら?」

「なんだ、手をつないでやろうか」

「うっさい、バカ」

 徹の軽口にイラついた千夏だが、辺りが暗くなるにつれて手を繋いでほしくなる。今度はお呪いぬきに。

「待て」

「きゃっ」

 急に立ち止まる徹。しゃがむようにジェスチャーして座るので、千夏もそれにならう。

「……どうしたの?」

「……なんかいた」

 鬼瓦山付近は冬頃になると熊が出る。冬眠前にしっかり食べられなかった熊が餌を求めて降りてくるのだ。だが今の時期は餌も豊富なもっと山の奥深い場所にいる。だが絶対にないとは言い切れない。そして熊以外にもイノシシ、野犬などがいる。

 今回はどうやら人。竹の隙間から服が見えた。

 散歩なら自分達も同じ。だがこんな時間に一人で足場も見通しも悪い場所を歩くものだろうか? 鬼瓦は見知らぬ人が来れば噂になるような狭い村。けれど、一度入り込めば隠れられる場所も多い。もし、この不審者が危険人物なら、あの小屋をねぐらにしていたのかもしれない。道を切り開いたのも迷路状になっているのも全てはあの不審者が自分の都合で整えていたのかもしれない。

「……誰かいるのか?」

「やべ、見つかった! 行くぞ!」

「え、ちょっと! どこ行くつもり!? ひっぱらないでよ」

 徹は千夏の手を握ると走り出す。

 がさがさと足音がする。背後から追ってきているようだ。

 徹はやみくもに進む。竹は二人を阻まず、先へ先へと進む。徐々に明りが強くなる。竹藪の外が近いのだ。

「……!」

 藪を突き抜けたところで強い光。ぴーんと直立して立ち止まり、勢いをこらえる。軽いパッシングと過ぎていくバス。道路に出られた。

「……なんだなんだ、急に走り出して」

 背後からは竹を背負った男性が来る。もう片方には青く太い竹は竹細工に使うものだろう。

「あ、ええと、その……」

「岩を見に来てたのか? 暗いからあんまり夕方は近づかないほうがいいぞ。ウリボウも出るからな」

「はい、すみません」

 男はそう言うと戻って行った。腰にはナタ、山仕事の途中だったのが伺える。

「……もう、徹が慌てるから怒られちゃったじゃない。もう、恥ずかしいわね」

「面目ない」

「でもま、許してあげるわ……ほら、帰ろう」

 なぜか上機嫌の千夏に徹は首を傾げる。そして気付く。慌てていたせいで手を握ったままだった。

 遠回りの帰り道、つないだ手をどのタイミングで離すべきかついぞ見当たらなかった。

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