第3話 忘れたの? 失くしたの? 前編
柳瀬 愛:
鬼瓦村の自称ファッションリーダー。みんなからバカと言われるが、非常に勘が鋭い。選択問題の正答率が異常に高いが、選択問題だけだと結局5割に落ち着く。本人はそれを乙女の勘というので結局バカにされる。
石川 拓馬:
運動神経が良く鬼瓦FCのスタメンとして活躍。もともとは鬼瓦アイアンズ。ある理由でサッカーに転部した。その理由を髪を切るのが嫌だからと説明しており、そのせいでチャラオと呼ばれる。柳瀬愛をファッションの師匠として指導を受けている。
菱沼 佳代:
三組の地味な女子。当人は鬼瓦一の常識人を名乗っている。整理整頓が得意らしいがロッカーもカバンの中も部屋もごちゃごちゃ。にもかかわらず物を失くしたり忘れ物は一度もない。
四月の中旬、まだ肌寒く、コートやマフラーを手放せない日が続いていた。
「きゃぁ!」
春一番にしては遅刻気味の突風は登校途中の生徒達を容赦なく凪ぐ。
柳瀬愛は巻き起こった砂煙に目をつぶる。その間も風は勢いを緩めず、彼女の手が目のあたりをさすっている隙にマフラーをするするとほどき、そのまま空へと巻き上げた。
「あ、ちょっと、待って、まってってばー!」
空に向かって叫ぶも糸の切れた凧のように空高くどこかへと飛んで行った。
「あーむかつくむかつく! あたしのお気に入りだったのに! 今年の流行間違いなしのおっしゃれい~な唐草模様のマフラーなんだってば! ママに頼んでかってもらったのにぃ!! きぃ! くやしい! ばかばか!」
ホームルームが始まる前、愛は今朝のことを愚痴っていた。
「今年の流行間違いなしって、時期も終わりだろ? それって流行遅れってことじゃね?」
首を傾げてしまう愛らしいセリフにクラスメートの佐々木百合子は毎度のことながら突っ込んでしまう。
「そもそも唐草模様がおしゃれかしら? 巣鴨でしか見たことないわよ。どうせファッションセンターオニヒラでしょ? 同じのなんていくらでもあるわよ。いえ、むしろ生産中止して最後の一つかも……」
村のファッション論議などくだらないと中倉綾子が残酷に言う。彼女は鬼瓦村に転校してもう一年以上経つが未だ転校生と呼ばれる。本人も村になじむつもりがないらしく、転校生扱いを受け入れていた。性格には難があり、皮肉好きで二言目には「田舎だものね」と言ってのける。
「師匠、マフラーが飛んだのは気の毒だな。どっちの方に飛んだんだ? 探してみるよ」
愛を師匠と呼ぶのは石川拓馬ぐらい。彼女を鬼瓦のファッションリーダーとしてファッション誌を見せてもらっているとか。
「拓馬、お前練習は良いのか? ゲンチが怒るぞ?」
親友の飯倉徳雄が口を挟む。
「ランニングがてら探すから大丈夫だって。徳雄こそ朝練の時に見つけたら頼むよ」
「ふーん、まあいいけどさ。どんな柄だっけ? からかさ?」
「からくさ。おばけじゃないわ。今年流行確定らしい柄。ったく、男子はすーぐ女子にいい顔したがるんだから」
荻原翼が徳雄のほほを指でつつく。彼女と徳雄、拓馬は家が近くて他の人よりも繋がり深い幼なじみだ。鬼瓦村は村内でも川、橋を境に急に繋がりが薄くなり、鬼瓦校に入るまで見たこともない子が多かった。
今でこそ幼なじみというくくりに囚われている子も少ないが、拓馬たちは繋がりが強かった。
「いてて。俺は翼一筋だって」
「どうだか」
三人の関係は今も友達といった感じ。そう在りたいから、拓馬はサッカーを始めたのかもしれない。
「むー、拓馬君、飯倉君、お願いね」
「ああ。で、どの方向に飛んでったんだ?」
「ん-と……あっち」
彼女が指さしたの天井だった。
「うーむ。さすが師匠だ。東西南北という概念がまだないのかもしれない」
ある意味感心しつつ、ランニングをする拓馬。
「んでも、マフラーなんて見つかるかな? 唐草模様じゃ無理だろ」
一緒にランニングしているのは中村昭利。一見チビだが非常に好戦的で鬼瓦FCの守備的ミッドフィルダーを任されている。
鬼瓦の山は枯れ木と若木が混じっており、色も鮮やか。昭利の言う通り見つけられそうにない。さらに杉が大量植林されており、もし上の方に引っかかっていたら、見つけることができても回収は難しいだろう。
「あーあ、やっぱ無理か」
「おっと……そろそろか」
ゴールの公園が見えてきたところで競争が始まり、どちらともなく加速する。
「負けないぞ」
スポーツ万能の拓馬と鬼瓦一の狂犬昭利は競り合い、今日は……。
「お疲れ様。っていうか、なんで公園前になると急に加速するの? 二人とも変だもん」
三組の女子、沢森明日香がスポーツドリンクをくれる。彼女は昭利の幼馴染で昭利の世話女房。クラスでも公認のカップルで、二人だけが意識しながら否定しあう仲だった。
「はは。体力トレと瞬発力と競り合いの練習。ゲンチにやるように言われてるんだって。な?」
「ああ。野球じゃ避けないとアウトだけど、サッカーじゃ身体ぶつけていかないと止められない。スポーツって色々あるよな」
喉の音を鳴らすようにドリンクを飲んでようやく一息つく。
「そうだ。沢森さんは師匠の……柳瀬さんのマフラー、見かけてない?」
「柳瀬さんのマフラー? 知らないわ。失くしちゃったの? マフラーまふらあ……なんかそういうの探す良い方法があったような気がするんだけど、何かしらねえ」
あと少し出てこないのか明日香は斜め上に視線を泳がせる。そのうちに他のメンバーも集まりだし、本格的に練習が始まった。
「それならお呪いというか、失せもの探しがあるわ」
練習を終えようとしたところで御崎澄子が妙なことを言い出す。彼女は鬼瓦村の四つの名家の一つ、御崎家の一人娘で鬼瓦神社の神職に繋がりがある。もっとも今は事業に失敗し、叔父の大二郎が亡くなってからは三家に欠けたとすら言われていた。彼女は同じく四家の吉岡家の男子と許嫁の関係にある。
家柄として鬼瓦神社に詳しく、村や近隣にある伝承や呪いごとを知っている。その一つとして失せもの探しがあった。
「お呪いなんて意味あるのか?」
半信半疑で川島誠が言う。去年まで万年補欠だった彼は最後の試合に向けてかなりのオーバーワークをしていた。今日も汗だくになるまで練習をしていた。
「正確にはお呪いじゃなくって持ち主のわからない物を預ける場所ね。ほら、大蛇川の近くの川べりに衝立みたいなのがあるじゃない? 今は金網がたってるところ」
「ああ、あるね。そんなところに忘れ物を補完するの? 駅の方がまだわかるんだけど」
「昔は風に飛ばされた手ぬぐいとかの持ち主が分からない時、目立つように大蛇川の衝立に結んでたの。今も傘とか刺してあるわ」
「へー、そんな風習あったんだ。初耳」
「うん。昔はもうちょっと特殊な風習だったみたいだけどね。例えば獣害を減らすために獣の死体を張り付けにしておくとか……」
「うえ……。俺そういうの苦手」
急にグロテスクな話になったところで誠が眉をしかめる。現実主義者な彼はオカルトだったり猟奇的な話題が苦手だった。
「案山子より効果があったとか。でも衛生的に良くないから結局廃れたわけ」
「で、それがなんで飛来物を壁に貼り付ける風習になったんだ?」
昭利は明日香にコップを返し、礼をすると片付けを始める。
「それは鬼瓦には残ってないわ。大蛇村に残る伝承みたいだし」
「へえ、大蛇村と鬼瓦で伝承に違いがあるんだ。ほとんど同じようなもんだと思ってたけどなあ」
「だなあ。俺は大蛇側の衝立まで行ってくるよ」
拓馬はダメもとでと断りつつ、膝をマッサージした。
もう少し走り込んでおきたい。やるからには悔いの無いようにしたいから。
「ふう……、衝立というか金網というか……遠目だったからわからんかったけど、本当にみんな使ってるんだな」
大蛇川の川べりに等間隔に立っている衝立には傘やタオルが巻かれていた。
「結構あるな。全部見るのは大変だけど……、唐草模様は……と」
数はそこそこ多いけれど木々の中を探すよりは格段に見分けやすい。意外なことに唐草模様のマフラーはいくつかあり、名前はどれにも書いてなかった。
「全部持ってくわけにはいかないよな。師匠も名前書いててくれたらなあ。しゃーない。明日、連れてくるか」
それでも良い結果を教えてあげられると収穫はあった。
川べりはトンボでならしたかのように石ころがすくなく走りやすく、ランニングコースにちょうどいいのも収穫だった。
「…………?」
ただ、少し背の高い叢から聞こえる何かの滑る音。それだけが不気味だった。
それから数日の事だった。
マフラーの件を教えてあげたところ愛はさっそく行ったらしく唐草模様のマフラーを学校に持ってきていた。彼女は本当に気に入っていたらしく、とても感謝された。
「あら、どうしたの? そのポーチ」
上機嫌の原因であろうポーチを眺める愛を見て、綾子が不思議に思い尋ねる。
紫色のポーチは表面がエナメル質で少し傷がある。紐部分は皮で品質の良さがみえる。すくなくともファッションセンターオニヒラでは取り扱っていないだろう。
購入するにしては中古品であり、かといって彼女のお小遣いで買えるとも思えなかった。
「えへへ、いいでしょ。おさがりなんだー」
「ふーん」
四月は時期的に物を処分する頃なので綾子も特に気に留めなかった。
「ふんふふ~ん、今年はおしゃれにより磨きがかかるんだからね~」
あまりの上機嫌っぷりに水を差したところで上の空だろう。気にせず席に戻った。
今日はテストがあるらしくクラス中で愛以外は範囲の確認をしていた。
成績が良い場合は山陽校の特別補講を受けられる。そのため四月のこの時期だけは勉強に励む子が多くなる。
試験はマークシート形式なのである程度は勘で点数がとれる。勘の鋭い愛は奨学金ぐらい余裕と高をくくっていた……が。
愛の試験の結果は惨憺たるものだった。
「うぅ、なんで……? いくらなんでもマークシートで正答率10%はおかしいでしょ」
平均点を大きく下回る結果に周囲は深刻になった。これまでもテストで選択問題の正答率が(数が少なければ少ないほど)高い愛だったので皆不思議に思った。
「勉強してなかったのはいつものこととはいえ、鉛筆転がすほうが良いでしょ」
「逆の答えにすれば九割いったってこと?」
「四択だから関係ないよ」
他人のテストの結果について喧々諤々の議論を無責任に行うと、それぞれ自分の話題に戻っていった。
涙に暮れる愛を見て拓馬はどう声を掛けたものかと悩んだが、彼女は既にポーチに視線が向かっている。
ここ数日、彼女は時間があればポーチを眺めていた。
気に入ったものに強く執着するのは自分も経験がある。スパイクを初めて買ってもらった時は学校に履いていこうとすらした。
ファッションに拘りのある愛なら不自然というほどではなかった。だが、別の部分が不自然だった。
エナメル質の表面は輪っかのような傷がある。あの衝立の近くの金網なら、これぐらいの大きさの跡がつくような……。
「なあ師匠、そのポーチ、誰にもらったんだ?」
「え? んぅ、いいじゃんべつに。それより今週のコーディネートについてちゃんとチェックしてるの?」
「うーん」
話をはぐらかされるも普段の彼女に戻ったので少しだけほっとした……。
そう思ったのもつかの間、愛は日に日にぼんやりする時間が増えていった。
授業中も放課後もポーチを眺める時間が増え、教師が怒って取り上げてもうつむくだけで改善がなかった。
「なあ、柳瀬さん変じゃないか?」
雨降りの昼休み、教室で過ごしていた拓馬は徳雄に尋ねる。
「なーに? 拓馬は柳瀬さんのこと好きなわけ?」
翼は腕を組みながらそんなことを言う。
「いや、だって、普段はテレビであれがどうしたこうしたって聞いてもないのに話してくるのにずっとポーチ見てるんだぜ? ファッションのことだってポーチにあうのはどれだろうってそればっかりだ」
「柳瀬さんだって心境の変化ぐらいあるでしょ? それじゃ納得できないの?」
「そりゃあ、まあ、あるかもしれないけど、柳瀬さんがなあ……」
好きだから気になっているというよりは急変を心配している様子の拓馬に翼も腕を組む。
「仕方ないわねえ」
それだけ言うと席に戻ってノートを広げていた。結局頼りにならない幼なじみに唇を尖らせる拓馬だった。
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