第2話 桜の下にご用心 後編

 次の日になると噂は大きく改変されて広がっていた。

 ロータリーでバイク事故があり、老婆が死亡。その死体は中地に埋められそれで桜が血を啜って開花が早まった。老婆は自分の死が信じられず、事故現場から離れられずにロータリーをぐるぐる回っている。もし老婆に見つかったらロータリーを時計回りに走り、老婆を追い抜かないと呪われる。呪われると桜の木の下に埋められる……。

 埋められた被害者が別の人を埋めるといういかにも作り話な怪談にも関わらず、娯楽に飢えた鬼瓦校生徒達に広がっていく。

 今朝はまだ捕まると問答無用で埋められる内容だったが、放課後には対抗策まで生まれていた。

 噂などあてにならないと思い知らされる武則だった。

 だが、その中で一つ、毛色の違う噂が混じり始めていたのは、三日後の放課後だった。


「花の色が変わったって近所の婆さんが言ってたぞ。誰かイタズラしたってさ」


 昼休み、高杉徹がそう呟いていたのを聞いた柳瀬愛は放課後、宿題を忘れた罰の掃除中に蒸し返していた。

「やっぱり桜の下に何か埋まってるんだよ! それで血をすって桜の色が変わったのよ! 絶対そうだって。ね、徹?」

「ん? 俺そこまで言ってたっけ?」

 小柄ながらものおじしないてきぱきした動作で掃除をする子、高杉徹は首を傾げる。

 自分の発言が数時間も経たずに若干変更が加えられているようだった。

「徹もけっこう勘違い多いからなあ。それに桜の花の色が変わるなんてありきたり過ぎるよ。65点って前に言われたろ?」

 もう旬は過ぎたとばかりに春樹はあまり親身にならない。

「だってだってー!」

「俺が公園近くでバドミントンしてる時に言われたぞ」

 今回は前回と若干メンツが違う。誠と拓馬は練習に遅れたことを咎められ、しっかりと宿題をして回避したようで、代わりにチビでやんちゃな高杉徹が参加していた。彼は図書室の整頓作業を手伝っていた時にノートも一緒に本棚にしまったらしい。

「じゃあ昼間に話しかけられたわけだ。夜中のおばあさんのお化けと結びづけづらいぜ? やっぱり無関係なんじゃないか?」

 至極真っ当な意見に武則は心の中で頷いていた。

 現実的に考えてそうそう事件が複数起ってそれらが関連があるはずがない。世の中そんなに面白くなんてできてない。今こうして他人の代わりに掃除している自分を顧みてそう思う。

「なあ、タケノコはどう思う? お前らだろ? お供え物見つけたのって」

「え? えと、あれを見つけたのは僕じゃなくて石渡さんだよ」

 急に言われたからいつも以上にどもってしまう。徹がみんなから慕われるのは分け隔てないところなのだろうと武則は思えた。

「今度は公園を調べてみてくれよ。またなんか見つけられるかもしれないぞ?」

「はは、うん。二人にも話してみるよ」

 きっと乗り気になって調べるのだろう。宿題が終わった後に。


 大した誤算ではないが、宿題前に公園に来ていた。

 徹がバドミントンをしていたのは鬼瓦新南公園は新しい公園。テーブルを囲むベンチが設置され、屋根までついていた。

 風も穏やかなので気分転換に外で宿題をしよう。直美の提案に理恵も頷いた。武則は返事を求められず、急ぐように言われただけだった。

 温かい風に桜の花びらが舞っている。途中、小鬼平の桜が咲き始めたのを見かけた。ロータリーの桜はもう散るころだろうか。時間差で咲く桜に二度めのお花見もできると村人は喜んでいるだろう。

「花の色が変わったねえ……。ありがちな怪談じゃない? っていうか高杉もポンコツだしなー。本当にそんなババアがいたん?」

「直美は口が悪いわ。ちゃんとおばあさんと言いなさいよ」

 口は丁寧な理恵がちくりと小言。できれば自分に対しても丁寧でいて欲しいと武則は願う。

「でもさー色ってそんなに変わるの? っていうかここ、桜の木、植えられてなくね? やっぱり高杉の話じゃあてになんねーな」

 徹に対する信頼度は低いらしく、周囲を見渡しながら足をぶらぶら揺らす。まだ宿題も終わっておらず、そのくせ周囲に注意が向いてしまって集中できていない。

「あー、紫陽花植えてるんだ。食えない花だしツタっぽいのがからむし、ナメクジ多くなるし、すぐ枯れるから嫌いなんだよね」

「直美、宿題まだ終わってないでしょ? ほら、前を向く」

 フェンス沿いの花壇にある紫陽花を見てつぶやく直美を促す。

「へいへーいっと……。青から赤に変わるのは……っと。あーねえ、青い酸性のインクをリトマス紙につけたらどうなんの? 赤? 青?」

「そりゃあ……紫じゃない? 赤い紙に青いインクで塗るんだから」

 大真面目に答える理恵に直美は納得した様子で頷く。

「なるほどねー。じゃあ次の問題。植物が水を吸う理由? 心臓でもあるわけ?」

「えっとそれは……教科書のねえ……ここ、もうさい……カン現象? が理由の一つだって」

「モウサイカンゲンショウ? なんか難しい言葉だね。頭痛い」

「石渡さん、真面目にやらないとまた掃除当番だよ?」

「んもー、タケノコがいじめるよー。少し休憩しようよ。理科の宿題なんて後で写せばいいんだし、一人一人真面目に考えるだけ時間の無駄だって」

「もう、悪知恵ばっかり働かせるんだから」

 答えを丸写ししないだけフェアだろうと思いつつ、問題に目を落とす。

 リトマス紙の隣には紫陽花のイラストがあり、赤や青、紫の花を咲かせている。

 その隣には不法投棄されたペットボトルの画像。気になることがいくつかある。

「……わかった。紫陽花だ」

「違うよ。酸性だよ」

 先端が赤くなったリトマス紙のイラストをペン先でなぞりながら理恵が教えてくれた。


「どしたん? いきなりコップなんて持ち出して」

 宿題が終わるや否や、武則は放置されていた紙コップを紫陽花の花壇につき立てる。

 紙のコップは土にくにゃりと曲がってしまうが、一か所だけ掘ることができた。武則はコップをその場所に埋め込むとベンチに戻る。

「……多分、真相はこうだと思うんだ」

「どこの問題? このどう思ったかを答えよのところ?」

 直美はテキストの最後の方の部分を指さして尋ねる。

「そうじゃなくて桜のことなんだ。なんで早く咲いたのかとか、色が変わったとかの話」

「ほんと? どうやって桜を咲かせたの? 色はどうやって変えたの?」

 理恵は矢継ぎ早に問いかけてくる。彼女も年相応の子なのだと思え武則はたじろいでしまう。

「順番に話すよ。まず桜が開いた理由だけどロータリーと小鬼平の違い、わかるかな?」

「小鬼平との違い? なんだろ。場所? でもそんなに離れてないわよね」

「うん。距離は離れてるってほどじゃないし、温度が変わるほどの高さに差が無いんだ。でも環境が全然違う」

「環境? えーっと、ロータリーだから……え? 車が多いから?」

「うん」

「あ、そっか。排気ガスが多いから温度が高いとか?」

 説明の手間が省けると武則は頷く。

「それとね、毛細管現象。多分、車の振動とかも木に影響を与えたんだと思うんだ」

「振動で? 何がかわるわけ?」

 今一つ話に入れない直美が口を挟む。理恵もそこはわからないらしく続く言葉を待つ。

「植物の中には血管みたいなものがあるって理科の教科書にあるでしょ? それは毛細管現象で根っこから地面の栄養を吸い上げる。で、それを振動が促進するんだと思う。ほら、音楽を聞かせると植物が良く育つっていう話聞いたことない? その原因の一つに振動で水の移動が促進されるってテレビでやってたんだ」

「ふーん、だからロータリーの桜だけ先に咲いたのね。温度が他より比較的高くて枝への栄養の供給も促進されて……」

 一応の納得のいく説明に理恵はうんうんと頷く。

「じゃあ、色が変わるっていうのは?」

「それは高杉君の勘違い」

「あいつならおかしくない」

 これは納得とばかりに直美が口を挟む。

「多分、高杉君が言われたのはそこの花壇の紫陽花だよ。誰かがイタズラして紫陽花が青くなったんだ。多分、花壇のオシッコしたとかそういう理由だと思う」

「んじゃお供え物は?」

「夜桜を見た人がポイ捨てしたものをそろえておいたんじゃないかな?」

「あーなるほど。それはありえるわ。どっちも開いてたもんね」

 思い出し頷く二人。酔っ払いならありえると考える。

「つまり、あそこだけあったかいから桜が早めに咲いて、それ見た酔っ払いがそこら辺に空瓶とタバコポイ捨てして花壇に小便した……。ふふ、鬼瓦だし想像できるわー」

 直美はあっはっはと笑いながら納得する。理恵は少し不機嫌そうに唇を尖らせるが、種が分かれば魔法だと思っていた出来事も手品とばかりにくすっと笑う。

「なんだかおかしいわね。そういえば最初から酔っ払いの話だものね。なーんか難しく考えて損しちゃった」

 理恵は喉に引っかかっていた小骨がとれたようなすっきりした感覚でため息をつく。

「んじゃそれを説明して回る?」

「いや、別にいいんじゃないかな。もし深刻に悩んでる人がいたら話すぐらいでさ。みんなが面白がってるうちはそれでいいと思うよ」

「ふーん、じゃ遠藤のびびりに話してやるか? あいつだけガチのマジでびびってたからなー」

「ああ、そういえば……」

 学年一怖がりとされる鬼瓦女子バレー部の遠藤澪を思い出した。

「じゃ、じゃあ僕が明日説明するから、準備しておくよ。今日は先に帰るね」

「え? なんで? 別に大した話じゃないんだし準備するほどか?」

「ほら、僕は話すの苦手だからカンペを用意しておきたいんだ」

「ふーん、そ」

 あがり症な彼ならありえると直美と理恵は彼を見送った。



「つ、つ、つまり、桜の下に死体を埋める老婆なんていなかったんだな?」

 次の日、図書室でお化けを退治する内容の本やおまじないの本を調べていた遠藤澪をつかまえて推理を話していた。

「はぁ……そんなこったろうと思ったよ。鬼瓦に怪談なんてあってたまるかよな~! あちしは最初っからそんなもんないって信じてたってばよぉ~」

 手のひらを返すように明るくなる澪に三人は笑ってしまう。

「み~お~練習始まるよ。ほら、行こう」

 彼女を呼びに来た菅井真帆の声に澪は今行くと本を抱える。

「あ、戻しておくよ。遠藤さんは練習頑張ってね」

「え? わりいなあ。埋め合わせは覚えてたらするってばよ」

「練習頑張れよー」

「お前らもバレー部員だろうが―」

 怖くない幽霊な直美と理恵に軽口を叩きつつ、澪は練習に向かう。

「さてと、それじゃ本を戻さないと……」

 本を抱えると別の本を抱えた子がやってくる。

「あら? 遠藤さんは? おまじないの本を探してきたんだけど……」

 図書委員の相原奈々。学年一の才女だが、大人しいせいもあってイジメられているらしい。最近は保健室登校をしていることもあってあまり見かけない子だった。

「ああごめん、そのことなら解決したんだ。昨日、いろいろ推理して、その真相はお化けの仕業じゃないよって教えてあげたんだ」

「へえ、どんなの? ちょっと興味があるかも」

「うん、いいよ」

 普段同級生と話をする機会の無い奈々は普通の会話はもちろん、村で起きた事件とその原因には興味があるようだった……。


「……と言うわけなんだ。どうかな? どこかおかしい部分あった?」

 武則の話を奈々は興味深そうに聞いていた。大半は同意できたようで頷いていたが、いくつか納得できない部分があるらしく眉をしかめていた。

「大体は良い推理だと思う。私もそう思うし。でも、夜にサラリーマンの人が出会った老婆がわからないままね。そして紫陽花の色。オシッコも酸性らしいけど都合よく変わるかしら? 雨で流れちゃうと思うし、変わるほどじゃないと思う」

「そ、それってまさかやっぱり老婆が埋まってるってこと?」

「さすがに人を埋められるほど花壇は大きくないわ。紫陽花の色が変わったのは他にも理由があるのかも。例えば誰かがわざと紫陽花の色を変えるために酸性の飲み物を捨ててるとか。おばあさんはイタズラを監視して夜も見回りをしていた……」

「すごいなあ。流石は相原さんだ。そこまで推理できるなんて……」

 降参ともろ手を挙げる武則に理恵と直美は二人を交互に見る。

「え、なんだよ、相原の方が正しいわけ? あ、もしかして凄いって言われたくって見栄はったのか? タケノコ君、案外スケベやねえ……」

「違うよ。遠藤さんが怖がってるから安心させたい嘘を思いついたんだ。だってこんなに本集めて対策を考えてたんだよ? 気の毒だと思ってさ」

「うーん、そうよね。確かにそうかも。ふふふ。私ったら配慮不足よね。怖がってる遠藤さんに余計な疑問を抱かせるより、酔っ払いが引き起こした勘違いの方が安心よね。でもタケノコ君もよくそんなに考え付いたね。意外だわ」

「そだねー、タケノコ君のくせに名探偵かよー。このこの~」

 直美は武則にヘッドロックをするとぐりぐりと拳をあてる。

「やめてよ、石渡さん……痛いってばぁ……」

「……」

 そんな様子をつまらなそうに眺めるのは……。


 帰り道、いつもは直美と同じ方向を行くはずの理恵がついてくる。しかも無言。

「……あ、あのさ、どうしたの? 帰り道、違くない?」

「家こっちなの」

「そうなんだ」

「嘘。こっちじゃない」

「え……なんで嘘つくの?」

 だだをこねるというわけではない。不機嫌な感じなのだろうか? だが表情から内面を推測できるほど理恵と親しいわけではなく、武則は困惑を禁じえなかった。

「嘘ついたのそっちでしょ?」

「え?」

「遠藤さんに話そうと提案したのはタケノコ君じゃなくて直美。なのに遠藤さんのために作った嘘って言った。それが嘘だよね?」

「……気のせいだよ」

「紙コップ、埋めたままにしたの、らしくないよね。なんで?」

「……」

「真面目ぐらいしか取り柄の無いタケノコ君がなんでゴミを花壇にさしてそのままにしたの? そこに何かあったからじゃない? それを誤魔化したくてオシッコで色が変わったことにしたんでしょ?」

「うん。なんだか怖くなって二人に言いづらかったんだ」

 武則は視線を彷徨わせほほをかく。

 まいったな。

 内心そう思う。なぜ女子は話を素直に聞いてくれない勘ぐり系が一定数いるのだろうか。答えにすぐ飛びつく澪や直美の方が可愛気があると思えた。

 おそらく今日、黙って家に帰ったところで次の日もついてくるだろう。彼女は大人しい、地味な割に視線が鋭いというか、蛇のような、狙った獲物を逃さないしつこさがあった。

「わかったよ。でもこれは長峰さんも秘密にしてね」

 覚悟を決めて彼女に向き直る。

「実は僕、昨日警察の人と話したんだ。紫陽花の下に何か変なものが埋まってる。怖いから一緒に見てって。そしたら動物の死骸の一部が紫陽花の下から見つかったんだ。それもかなりひどい状態だった」

 昨日、紙コップでも刺さる花壇を見つけた後、武則は村の駐在所の新任婦警の石川理沙に自分の推測を話した。その後、二人で花壇を掘り、明らかに人為的な傷跡の残る動物の前足を見つけた。太さ形状からウリボウのものと予想できた。

「……そう。聞かなければよかったわ」

 野生動物の死体であり、害獣指定もされているイノシシの死骸の一部が埋まっていた程度では事件化できないとして捜査は難しいとのこと。ただ、変質者による行為であることは間違いないとしてパトロールを行うと言ってくれた。結果、彼女がおんぼろ自転車で村をひいこら回っている姿が見えるようになった。

「自分から聞いたくせに」

 武則は言わなかったがロータリーの方も同じように埋められていると予想していた。おそらくは誰もが目を背けるであろう粗相の下……。

「……だから今のままの怪談話にしておこうと思うんだ。もし、どうしても遠藤さんみたいに怖いっていう人がいたら嘘の話をして安心させるつもりでさ」

「ふーん……」

 ようやく理恵は納得したのか視線から鋭さが消えた。

 さっきまでは彼女ににらまれるとまるでナイフで心臓を刺されるような恐怖がして、嘘をつく気持ちがしっかりと穴をあけられていた。

「キミ、好きな人が居るんでしょ」

 どきっとした。隠し事を疑われた時とは違う焦り。

「え? え? なに? 急に……」

 年頃の男子だし好きな人の一人や二人いてもおかしくないと言えばそうだが、それを改めて言われると恥ずかしさが醸される。

「キミはわかりやすいね。ま、私は興味無いけど」

 それならそれを言わないでほしい。

 嘘をついた自分への意地悪なのだろう。

 やはり武則にとって理恵は苦手だった。


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