化け物との別れ

「明日、この街を出ていくよ」


「いやぁ、遂にこの街にいる事がバレちゃったみたいでねぇ。どっか遠いとこにでも行ってくるよ」


化け物はいつもと変わらない表情を浮かべ、何でもない事のようにあっさりと別れを告げる。

そんな化け物に対して僕は突然の話に開いた口が塞がらなかった。


どうして、そんな急に出ていくなんて言い出したのだろうか?

それに、この街にいるのがバレた、って…、もしかして今まで誰かに追われていたのだろうか?


「僕の肉を食べたって不死身になんてならないのにねぇ…」


溜め息混じりのその言葉に、今更ながら目の前のこの化け物が"不老不死"という夢のような存在であることを実感する。

無理矢理にでも捕まえて、その血肉を抉り自らの糧とすることで自分も同じ様な存在になれるかもしれない。そう考える人間はきっと居るし、それはきっと決して少なくはないはずだ。

人間の死に対する恐怖心というのは歴史が証明している。人という生き物はは死を克服する為に今日に至るまでの長い時間を掛けてきた。

それでも未だ死という病をこの世から根絶する事は叶わず、寿命を伸ばすことには成功しても、老いを完全に捨て去る事もまた未だ叶っていない。


そんな歴史を考えると、そう考える人間が居ることはむしろ当然で、そんな存在が自分の側に居た今の状態がおかしかった事が分かる。



「…ねぇ、またいつか帰ってくる?」


"いつか"なんて淡い期待を込めて問いかける。

それでも化け物は、いつもと同じ声色でなんの迷いもなく言い切った。


「んー、多分無理じゃないかなぁ。もうこの街に戻るつもりもないしねぇ」


いつもと何も変わらないような声色、表情。

それでも、それが偽りのものである事は今の僕には分かっていた。


「………じゃあさ。名前を、あげるよ」


きょとんとした表情を浮かべた化け物に対して、続けざまに言葉を重ねていく。


「次に会うときまでに君の名前を考えておくから。いつか、君から僕に会いに来て」


「この先いつまでも"化け物"なんて名前じゃ、もし他の化け物が出たら困っちゃうんじゃない?」


(もしも拒絶されたらどうしよう)なんて、ほんの少しの不安は胸に隠しながら、僕がそう言うと化け物はゆっくりと微笑んだ。



「ふふ。…じゃあ、楽しみにしてようかな?」



「約束だよ」と、二人でそう言い交わして別れたあの日以降、僕が化け物の姿を見た日はない。

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