春の音


彼が出ていった


古いアパートの

鉄製の重い扉がバタンと閉まる


それはふたりの関係に終止符を打つようで


わたしは薄いカーペットの上にへたりこんでその音を聞いていた


早く追いかけないと


本当に終わってしまう


きっと後悔する


ほんの少し気力を振り絞って立ち上がりさえすれば

そこから先


玄関の安っぽいサンダルを引っかけて


ちっぽけなエレベーターの横の狭い階段を駆け降りて


後ろから彼を抱き締める


「やっぱり好きだよ」って


「行かないで」って


言えるはず


それでもダメならしょうがない


諦めもつく


それなのに


何故かどうしてもそれが出来なかった


どれくらい時間が経ったんだろう


もうどうにも間に合わない位の時間の後


わたしはゆっくりと立ち上がってボンヤリと明日の晩御飯について考えた


ベランダ


あなたがタバコを吸うために少しあけた引き戸から


揺れるカーテン越しに遠く春の音が聴こえた

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