1-6
「勝負は時の運。〈YH計画〉も時の運。わたくしの実力なんて微々たるものですよ〜」
あの大戦で戦場伝説となった〈
二人は意味深なやり取りを経たのちに。
「それはそうと——ふふっ! やっと引けましたよ切り札が!」
近江総理は満面の笑みで今引きしたカードを掲げてみせた。
「目覚めよ東方の破壊神! 焼きつくせ三叉の炎槍! ——〈シヴァニック・トリシューラ〉召喚です!」
「(ホワイト)…………はい」
意気揚々と。切り札を引き当てた近江総理は席を立ち上がっては、おおよそ一国の首相とは思えないテンションと詠唱魔導を思わせる口上で召喚した。高コストと引き換えに、圧倒的なパワーと三種の除去効果を誇る重量級。ラジェが愛用している切り札だ。
ホワイトは引き気味に沈黙するが、同時に決定的な不利局面を悟らされる。
なにせホワイトの場と手札には〈シヴァニック・トリシューラ〉に対抗できるカードがない。デッキ内に頼れるカードがなくはないが、引けなければ意味がない。
勿論、勝っても負けても所詮はお遊びだが、ホワイトは抵抗を試みる。
返しのターン。ホワイトは有効札を引けず。盤面の現有戦力で近江総理側の領土を総攻撃してはターンを返す。
一撃。勝つのに必要なのは、あと一撃だけであった。
決着をつけるには届かず。ここがホワイト側の攻勢限界点であった。そして近江総理側の逆襲が始まる。
ホワイト側には
「では! 〈シヴァニック・トリシューラ〉でアタックです!」
切り札にてホワイト側領土への攻撃を通す。同時に効果処理。ホワイト側の最後の盤面兵と手札と墓地が各一枚ずつデッキ下に送られてしまう。〈シヴァニック・トリシューラ〉の誇る圧倒的多面除去。
「……場から離れた〈ガニメデ〉の効果を解決。一枚ドローします」
これでホワイトの盤面兵はゼロ。
残り手札は、効果で引けた一枚だけ。
そして最後。近江総理の
「ホワイトさん。先手後手が違えば、結果は違ったかもしれませんね?」
「かもしれません。しかし4ターン目に
「……それで、つかぬことをお聞きしますけど。どうしてホワイトさんはアイリスさんのことをお好きになったのですか?」
ふふっ、と笑う。
近江総理の唐突な質問。
「まさか、そのようなことを聞かれるとは」
ホワイトは躱せなかった。どうせ事前に調べ尽くした上での質問だろう。
「幼い頃のおれは孤児でした。帝政圏スラムの裏路地で、モノを奪ってヒトを殺して生きてきた」
「そんな境遇を、
近江総理が口にした、とある国名。
あの大戦前後に中東域に建国された旧植民地独立連合であり、幼き日のアイリスが育ての親ラザルスの理想を引き継いだ偉業。そしてあの大戦を引き起こしては、
「助けられたのなら、助けるべきでしょう」
「義務感だけです?」
「いえ。たしかに、それも違う」
ホワイトは語った。
身の上のこと。〈
「どうせこんな世界です。だったらおれは、理想を理想で終わらせたくない」
そしてホワイトは、結論を伝えた。
「おれはあいつの夢を見ます。それが天国だろうが地獄だろうが、同じ景色を隣で。そう約束したから……」
他方で。近江総理は黙って聞き終えると、納得したようにうんうんと頷いた。
何かを思い返すようにして。同じなにかを噛み締めるように。
「なるほど。いい話が聞けました。でも、この勝負はわたくしの勝ちですね?」
「いや、それも違う」
ふっ、と。
ホワイトは笑った。
ホワイトに逆転の確信させるのは、最後の手札一枚だ。
パックを剥いた時にもしやとは思ったが。まさかこんな時にも助けに来るのかお前さんは。運命とやらの存在を感じずにはいられない。
ホワイトは改めて思った。おまえさんは本当に、おれのことが好きらしい。
「——そちらの
ホワイトは最後の手札を切った。
それは相手の高コストカードのアタックに反応する逆転札であり、アイリスの愛用カード。そして数箱から一枚出るか出ないかのトップレア。
「——ふぇえ!?」
近江総理は両手をあげて声をだす。
効果により攻撃中の〈シヴァニック・トリシューラ〉を
そして返しのターン。ホワイト側の〈祖北の黄帝ヌルハチ〉の攻撃より勝敗は決した。
「ふぅぅ。まさかこんなところで負けるなんて……。でも『あちら』も終わったみたいですね」
近江総理が指差しして言った『あちら』。
示す方角は官庁街。国会議事堂前の大規模デモを指していた。
「ホワイト様。どうやらデモ隊同士の衝突です。様子をみるに、抗議側にたいして政府支持派が乱入しているようで……」
脇で沈黙を保っていた
ホワイトもまた立ち上がり、
ゆうに数百人は越える謎の男たちが突然の乱入。軍服風の制服や袴姿。トラックやら三輪バイクやらで乗り付け、拳銃や日本刀を振りかざす。なかには〈魔導師〉らしき人間が、掌から火の粉や電流を出して
一方のデモ隊の大勢は当然丸腰。たとえ魔導術の心得があっても民主的抗議に武力行使などナンセンス。大勢は恐れおののいてスクラムを崩す。そこにチャンスとばかりに機動隊が鎮圧にかかる。
そこからはあっという間。デモ隊は散り散りに逃げ去る。逃げ遅れたデモ参加者は機動隊に拘束され。あるいは袋叩きに遭う。にもかかわらず、凶悪な暴力を振るったはずの乱入者にはお咎めなしだ。
「……なるほど。近江総理はたいした政治家でいらっしゃる」
ホワイトは勘づく。
都合よく起こったデモ隊同士の衝突。間違いなく意図されたものだ。他の誰でもない、目前の近江総理にとって都合が良くなるように。
その是非はどうあれ、権力掌握の本質を理解している人間のやり口なのだ。アイリスに劣るとも勝らない、とんだ腹黒さの狸女だ。
「そんなぁ。お褒めに預かり光栄です〜」
「それはそうと、学院州行政府の意向として、最後にお伝えすることがある」
用事は終わったとばかりに、ホワイトは立ち去り際に言い残す。
「アイリス曰く。学院州が独自保有する『核』の基幹技術を、日本国側に供与する用意がある。……と」
「それはありがたい話です」
近江総理もまたカードを片付けると、席を立ってはぺこりとお辞儀をした。
「ではホワイトさん。また会いましょう」
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