1-5



「では、〈蒸気じかけの計算機スチーム・ライト〉を詠唱! 効果解決で2ドローします〜」


 まさか一国の指導者とカードゲームなどとは。ホワイトは想像だにしなかった。

 しかし対戦が始まればやることは一つ。勝つことだ。


「〈義勇士ラ=ファイエット〉での攻撃終了時、サーチ効果を発動したい」

「場にいる〈日向菌樹ヒュウガタケ〉を墓地において無効にします〜」

「なら、続いて〈渓谷の守護機エア・ラ・コブラ〉で攻撃——」


 積み重なるターン。目まぐるしい攻防。両者は有利を取るべく、リソースを維持し、盤面の戦力を強化し、敵戦力を撃破しつつアドバンテージを取る。戦局の主導権を握るべく、ミスやネガの可能性を消し、適切にカードをプレイしていく。

 対戦の中でホワイトは改めて実感する。

 カードゲームとて、要は読み合い。やっていることは軍を率いる将軍と同じだ。しかしアイリスやラジェとの普段の対戦とは違う点がある。


「しかし近江総理。このシールド戦というのも面白いですね」


 ホワイトは雑談がてらに、初めてやることになった対戦形式についてコメントした。


「パックを剥いて出たカードで即興のデッキを組む手前、お互いにありあわせの戦力で戦うことになる。いつものようには動いてくれませんね」

「うーん、意外とそこが面白かったりするんですよ? いつもなら見向きもしないカードが大活躍したりとか!」


 たしかにと、シールド戦の要領を掴み始めたホワイトはうなずく。

 無論プレイングの巧拙で試合は動くのだが、単なるパワーカードを叩きつけることこそが試合展開を支配する特効薬なのかもしれない。

 お互いにありあわせの即興デッキ。

 ならば多少のアドバンテージ差など無にしてしまう切り札を召喚し、先に機能させた方が勝つ。パワーこそが正義。

 ホワイトは腑に落ちる。まるで名家出身〈魔導師〉がやるような、規格外の魔導術でゴリ押すデタラメな戦いではないか。


「寄せ集めでツギハギのデッキ。まさに合聖国へと命からがら逃げ延びた、いまの亡命諸国みたいですね」


 そうは思いませんか? などと。

 近江総理はプレイを止めて、無邪気な笑顔のままで暗に問うてきた。

 ホワイトは勘づく。この狸女さんはこちらを試している。キャッチボールだと思っていれば急にとんだ変化球を放ってきたわけだ。

 まさか日本国に対する同情と共感を求めての発言でもあるまい。よってホワイトは、外交官の端くれらしく含みを持たせた返答してみせる。


「すくなくとも貴女が率いる日本国が、ありあわせのツギハギなどとは言えないでしょう」

「そうですかあ?」


 近江総理はわざとらしくとぼける。しかし


「……〈YH計画〉。こういえばお分かりでしょう」 


 ホワイトは言葉のボールを投げ返した。

 ホワイトの観察眼を介した情勢分析に、アイリス仕込みの知識と秘密情報を練り込んだうえでの返答だ。

 〈YH計画〉。

 あの大戦に際して、日本が発動した秘密計画。

 かの日本神代のエピソードに描かれた「黄泉比良坂ヨモツヒラサカ」になぞらえた最高機密であり、あの大戦以前より政府中枢に通じるごく一部で準備されていたという戦略級戦時シミュレーション研究部局。

 そして大戦が極東を巻き込んだことで発動を余儀なくされた「自発的な」日本国家分割保全プランである。


「……アイリスさんは。いつ、それを?」


 近江総理はホワイトに問うた。

 なぜ、とは聞かなかった。

 ホワイトは続ける。


「あの大戦が起こる数年も前のことですよ。当時は将来を嘱望された数理研究者であったあなたが、当時日本国の総理大臣であられた御父上——近江文治郎おうみぶんじろうの密命をうけてシンクタンクを立ち上げた、その当初から」


 近江総理はプレイの手を止める。ラフなおしゃべりをする様子もない。


「近江さん。あなたには未来が見えていた。帝政ゲルマニアを盟主とした帝政圏構成諸国ケーニヒライヒの包囲に、日本が勝てないという未来が」

 

 ホワイトは対面の相手を見据える。

 近江ふみ。あのアイリスに匹敵する戦略家にして、国家を率いるリーダー。


「そうでなければあの短期間で、内戦の危機すら孕みながらも針穴に糸を通すようなバランスで150万人もの高度人材を逃せない。あなたの手腕だ」


 無論、血筋も只者ではない。系譜を辿れば千年以上前にも遡るという、日本五大名家の筆頭格にして近江家の現当主。古代から近代に至るまで表裏で歴史を動かしてきた由緒正しき貴族。「かの血統」にもっとも近いとされる魔導の継承者。そして日本亡命計画こと〈YH計画〉総指揮者。

 ホワイトが卓を挟んで向かい合う、幼い見た目のとんだ狸女の出自である。

 

 


 


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