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 どんよりと曇り空の昼前。

 喫茶店のテラス席では、只事ではないプレイヤー同士による知的遊戯カードゲームが始まろうとしていた。

 ひとりは、あの大戦で戦場伝説を演じた〈白い亡霊ホワイティ〉ことウィリアム・ホワイト。

 他方は、お忍びで来られたのだろう日本国自治区150万人を治める若き総理こと近江おうみふみ。

 二人はテラス席の丸卓に向かい合う。

 二人は、新品のパックを剥いていく。


「剥きたてのカードは、インクのにおいがいいですね〜」


 近江総理はパリパリと剥いては、カードの表面を嗅ぐ。

 ちなみに対戦形式はシールド戦。箱内を半分の12パックに分け、当てたカードだけでデッキを組んで対戦する変則ルールである。

 当然思い通りのカードが出るわけではないので、有り合わせの戦力でカタチにしなければならない。構想力と臨機応変さが求められる形式である。


「ホワイトさん、けっこうサクサク組みますね〜」

「何度かやったことがありますので。アイリスやラジェに付き合わされまして」


 ホワイトは手早いもので、五分とせずに四十枚のデッキを組み終えた。

 一方の近江総理は「んんー?」だの「〇〇あたった!」だの「もう一枚ほしいのに当たらない……」だの一喜一憂している。まるでカードショップで友達同士でワイワイやっている子どもを見ているようだが、やっているのは35歳の女性だ。

 ホワイトは尚更に構える。

 とんだ狸女なのか、それとも素なのか。

 ともあれ互いにデッキが組み上がり、ホワイトと近江総理の対戦が始まるのであった。



      †


「……それで、近江オーミ総理の動向は?」


 日本国自治区の官庁街一等地。在日合聖国USS大使館の一室。


「官邸からぬけだして、高台のカフェで何者かと接触しているようで……」

「何者かとはだれだ!?」


 大柄な大使は執務椅子から起き上がると、コーヒーカップを机に叩きつけながら部下を怒鳴りつけた。

 

「それが、ニホン側の〈魔導師〉が張り付いていまして容易に接近が……」

「バカな! ここは合聖国USSだぞ!?」


 大使は部下を指差し罵倒した。

 言い訳はいらない! お前は無能だ! 市警でも軍でもマフィアでもなんでも使え!


「連邦軍は法的に動かせません。州兵は市警と共に街頭警備で人手が足りず……。まさかマフィア連中でどうにかなるとも」

「どうにかするのがお前の仕事だろうが!!」


 大使は怒りが収まらずに、周囲に当たり散らす。

 これだから近江オーミにナメられる!

 合聖国USSこそが法と秩序なのに、自由と民主主義の盟主なのに、150万人の敗戦国風情が我が物顔でのさばっている!

 どうせ帝政圏のスパイが紛れ込んでいるに決まっている。政情不安。経済不況。戦後の合聖国が上手くいかないのも、すべては奴らのせいなのだ。恩知らずや裏切り者がうじゃうじゃといる。ニホンだけじゃない。王立連邦ブリテン共和国マリアンヌも……!

 

「それと、最後にもう一つ報告が」


 大使が怒りを発散させたところで、部下は別の件を報告する。おそらくは余程不愉快な話なのだろうか。その声は腰が引けていた。


「一ヶ月後のサンフランシスコ湾国際観艦式ですが、巷で怪文書が出回っています」

「……テロ予告か。中央情報局CIAの連中にでもまかせておけ」

「なにも連絡せずによろしいのですか?」


 部下の疑問に、大使はかまわんと切って捨てる。そして大使は、独り言みたくつぶやいた。


「それに、もし事が起こればニホン側の責任問題だ。我々合聖国がやつらを管理する口実にもなる」


 大使は笑みを浮かべると、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。



 しかし、このとき。

 大使は知らなかった。

 自らが失態を犯していたことを。テロが悪戯や脅しなどではないことを。諸勢力による策略を仕掛けられていたことを。

 そして、若き女性総理こと近江おうみふみに。稀代の天才少女アイリスにより。意のままにしてやられる未来を。

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