1-3
サンフランシスコからは所変わって。
時差にして四時間、距離にして一万キロも離れた南半球側の都市の、とある高層ビルの執務室にて。
「どうしたんだアイリス? ぼーっと外なんか見てさ」
「夕陽が出た。そろそろかいな」
中南聖大陸における中心都市にして、幼稚園児から三十歳未満の学生のみが人口のほとんどを構成するという、合聖国の次代人材を輩出するエリート都市——ラザルス学院州。
その中枢をなす行政府ビルの州知事室にその二人はいた。
一人は中学生みたいなジャンパースカートの少女。もう一人は黒パーカーに紺ジーンズの男子大学生。
「は? 夜メシの話?」
「ちがう! ラジェはだまって州知事の仕事しよけばよかろ!」
学院州は完全なる学生自治社会。よって州知事も学生である。かくして学院州九〇万人のトップには、デスク上の書類に追われる青年ことラジェシュ・クリシュナ・スィンがついていた。
彼の外見は悪くない。肌は浅黒く、もじゃもじゃとした黒いくせ毛。背丈は190に届かんほどの長身で、彫りの深い顔立ちは精悍でもある。長いまつ毛に
そんな彼は、気分転換がてらにジャンパースカート姿の少女と雑談する。
「じゃあアイリスは何の仕事してんだよ。俺の執務室までベッド持ち込んでゴロゴロしやがって」
「わたしは合聖国の未来を導くのでいそがしい。
「いいご身分ですなあ。高貴な血を引く皇帝サマは」
ベッドの上で布団にくるまっている少女。彼女こそが合聖国政治のキーパーソン。華奢で小柄な黒いボブヘアの、東洋系の天才少女。アイリスである。
アイリスは並々ならぬ人物である。
生まれは
そして一九四五年。当時弱冠九歳にして合聖国エリート有志らで中東地域に建国した
とはいえ学校制服みたいな服装と小柄な華奢さのせいで、東洋系で大人しめな中高生あたりにしかみえない。アイリスは訛りのある英語で、ねむたそうに話す。
「そろそろホワイトも、ふみちゃんと落ちあっとう時間やなって話」
「ふみちゃんさんってニホンの
「実質トモダチみたいなもんやな」
他国の首脳をお友達呼ばわりとは。
大したやつだとラジェはつくづく思う。
「で、特使のホワイトはそれ知っててシスコに行ったんだよな?」
「いや教えとらんけど。会う相手が総理なのも敢えて伏せとう」
ラジェはげんなりと同情した。
アイリスが
「正味なとこ、どーゆー政治家なのさ。ふみちゃん総理さんって」
「ラジェみたいな政治家。以上」
「俺みたいなって?」
「肝心なときしか役に立たん、年相応の威厳を身につけとらん子供人間。あとすごい一族の箱入り娘で親のスネ齧り出身」
「役立たずスネ齧りで悪かったっすねえ……!」
合聖国有数の海運王を父親にもつラジェは捻くれる。
とはいえラジェとて、戦後の混乱から学院州を立て直した実績で州知事に選出された
「でもニホン、そーゆー人が首相っていいわけ? 仮にも歴史のある国で、戦前は極東の経済大国だったのに」
「いや、
アイリスは首をふるふる横にふる。黒いボブヘアが揺れた。
「ニホンの現況はおいおい話すとして。ホワイトがおらんと、さびしい」
「それ聞かされるの体感百回目なんだけど、ホワイトのことそんなに好きなの? 寝言でもホワイトホワイトって連呼してるし……」
「当たり前やろ!」
ふんす! と鼻息をして、アイリスは口先を尖らせる。
「あれ以外に、この世にわたしに釣り合う人間などおらん」
「すごい上から目線かよ」
「ラジェもそろそろ三〇やろ。留年しまくって、結婚も就職もせんで、いつまで学院州で管巻くつもりと?」
「それわぁ、そのぉ……」
ラジェは天井を見上げて、黙りこくってしまった。
ラジェは人々の支持を受ける身だが、それはあくまで親しみやすいリーダーとしてである。
成績優秀ではない(むしろ逆の多留年者)。武勇に優れない(魔導は使えない)。いわんや女性にモテるわけではない(学院州の女の子たちにはマスコット的に面白くイジられてるだけ)。
ラジェには、歴史の偉人のような「強い男」的エピソードは皆無なのであった。
「ラジェ。そうと決まればわたしたちも行くしかあるまい」
「どこ行くんだよ」
「サンフランシスコに決まっとろ。ホワイトと合流する」
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