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 思えば、不自然なまでに客のいない喫茶店のテラス席。気がつけばホワイトは、予想外の人間と同じテーブルを囲んでいた。

 得体の知れない幼なげな女性客の正体は。

 日本国内閣総理大臣。近江ふみ。


「わたくしは今日、あなたとこそお話ししたかったんですよ? あの大戦では幾多の活躍のすえに戦場伝説となった幻の〈魔導師〉、評議国同盟インターナショナルの〈白い亡霊ホワイティ〉——ウィリアム・ホワイトさん」


 膠着した場を裂くように。

 会話の口火は近江総理が切っていた。


「……恐れながら近江総理。なにをお求めかは存じませんが、おれはアイリスの使いに過ぎません。貴女ほどのお方に応対できる立場にないと考えますが」

「そうなんですか?」


 ふぇ? と。近江総理は首をかしげた。

 わたくしはそうは思いませんけどねと、ホワイトの立場を評価するように。

 一方のホワイトは訝しんだ。気持ち悪いくらいに買われているらしいが、試されているとみるべきか。

 

「おれにできる話は戦争くらいなものです」

「ええ。あなたはアイリスさんやエイデシュテット司令官に認められるほどの〈魔導師〉ですからね」


 戦場を知り尽くした手練れ——それでも不足ですか? と。近江総理は言外にホワイトに問う。


「わたくしは貴方をわが国の、信頼のおける重要なパートナーとしてお付き合いしたいと思っています」

「重ね重ね恐縮ですが、おれは独断で貴国に何かをお約束できる立場にはありません」

「べつに約束なんて要りませんよ?」


 にこっ、と。

 近江総理は笑顔を見せた。

 

「なぜならわたくしは今日、あなたと親交を深めるために来たのですから!」


 近江総理の言葉とともに。彼女の意を汲んだように店員がやってきては、小箱のようななにかを丸テーブルに置いた。

 ホワイトは我が目を疑った。

 学院州の数学科院生が開発した知的遊戯こと、トレーディングカードゲーム。24パック入りの未開封ボックス

 外交の場になぜこんなものが? ホワイトは意図を計りかねた。


「これ、学院州で流行ってるんですよね! 領事の子が好きなようで、試しに遊んでみたらわたくしもハマっちゃいました〜!」


 面食らったホワイトに構うことなく、近江総理はノリに乗って話を続ける。

 ホワイトさんもご存知ですよね? と。アイリスさんや、ご友人のスィン州知事さんと対戦されてますよね? と。

 ホワイトさんが使われている民兵単速攻ミニットマン強いですよね? と。三週間前にアイリスさんに連れられて出た大型大会、準優勝されてましたよね? と。相方が遅刻すると大変ですよね? と。新しく組まれた海洋コントロールは如何ですか? と。大会時の構築から変えて民兵の採用枚数を十四枚に増やした感触はどうですか? ……などと。

 有無を言わせぬ発言の速射砲。

 会話の主導権は、完全に近江総理にあった。

 

「……恐れ入りました。まさか近江総理が、ここまで若者の遊びに造詣深くいらっしゃるとは」


 一連の話をうけて、ホワイトは思考を冷まし近江総理への認識を改めた。

 理由は明確。

 情報が筒抜けだからだ。

 ホワイトしか知り得ない事実。大会結果やラジェやアイリスの遅刻はともかく、まだアイリス以外誰も知らないホワイトの新デッキも。果ては数日前に片手間に弄ったデッキの改造内容も。これが意味するところはなにか?


 おまえをしっているぞ。

 おまえをみているぞ。


 そういうメッセージ。

 

「わたくし息抜きに遊ぶんですけど、あんまり勝てないんですよ〜」

「これまたご謙遜を」

「いえいえホントに勝てなくてですね! やるからには勝てるようになりたいです〜」


 ふぇぇ、と。困り顔の近江総理。

 ホワイトは気を引き締める。

 ふわふわとした声や顔や振る舞いに騙されてはいけない。これは外交で、相手は狸女だ。紛れもない権謀術数だ。

 そしてこいつはただの戯れ話ではない。国家の威信を賭けた駆け引きだ。先の畳み掛けるようなコミュニケーションにしても、ホワイトの返答を求めてなどいなかった。あれは先制攻撃なのだ。

 そしてホワイトはアイリスの名代、外交官としてここにいる。

 そして近江総理は、ホワイトにある遊びを持ちかけた。


「それじゃあホワイトさん! 今日はお近づきのしるしに、この未開封ボックスでシールド戦をしましょう!」




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