第20話 ルゥに会いたい
――お伽噺の悪い魔女より、もっとひどいひどい存在。それが私だ。
私はただ、ルゥの傍にいたかった。彼に敵対されたくないだけだった。
私の光、私の唯一。私を見てくれた、心根の美しい子ども。大好きな彼の側にいたかった。世界なんてどうでもよかった。なんだってよかった。悪くなるなら悪くなればいい、滅ぶなら滅んでしまえばいい。
ただルゥがいてくれたらよかった。ルゥが私の側にいてくれたら、それだけでよかった。
だけど、どうあがいても、私は、『悪い魔女』だ。どうしようもなく。
ルゥを邪魔しようとする生物、全てを自分の能力で思うがままに叩き伏せる。雑魚を踏み躙る。それでもし人や獣が死んでも、何も思えない。そもそも死は私の配下だ。その現象がこの世に現れただけ。そこになんの感慨がある?
生に価値はあるのかもしれないが、それ自体には興味もない。生きるも死ぬも、そもそも私には関係のない話だ。
私はそういう生き物だった。
優しいルゥ。幼い頃、彼と読んだ絵本――悪い魔女が退治されて、王子様とお姫様が幸せになる物語。題名なんて覚えてない。当然だ。だって、どんな話も似たような内容だったから、題名なんていちいち覚えているわけがない。
優しいルゥは魔女を哀れんでくれた。「グラニアみたいないい子もいるのに」って。
とんだ勘違いだ!
――ああ気付いていたよ。
違う種族を愛する鬼、死んだ人を思う竜、人形を埋葬した人形、死後も父親の元に向かった人形、仲間の為に戦うクズども。
それよりも人間に相応しくないのが私だ!
(自分を人形だと受け入れていたメイのほうが、私よりよっぽど人間みたいじゃないか!!)
振り払い、引き裂いたはずの闇が再度のしかかってくる。重さも不快感もない。闇は私の一部で配下だからだ。
「……ルゥに会いたい」
会いたい。眺めたい。喋りたい。褒めてほしい。笑いかけてほしい。私のそばに来てほしい。
彼を守ってあげたい。彼にこの世界をあげたい。最高の名誉をあげたい。世界一幸せにしてあげたい。
「私は、ルゥのためならなんだってできる……なんでも……」
ルゥが関わると、私の欲望は尽きなくなる。
そして私には、それに応える力がある。
それをいいことだと思っていた。しかし、そのせいでこうなってしまったのか?
分からない、ルゥに会いたい……。
作戦は単純だが、まずはじめが肝心だ。クレトが単独で、慎重に、グラニアの元に進む。茨の壁を乗り越え、素早く、一人で。
……クレトほど素早く動けないルゥは、ここでは足手まといになってしまう。そのため、まずはクレトだけ向かう。
ルゥをグラニアと会わせるためには、これが一番の作戦だということになった。もちろんルゥも、後から勢いよく登場する予定ではある。
「クレト。気をつけて」
「おう。いや、お前も気を付けろよ。じゃ、後は任せろ」
「うん、任せたよ。信じてる」
グラニアの鉄壁の守りが、また武装を整えてきた兵隊を狙っているうちに、クレトは行動を起こした。
彼らが暴れると、茨の壁にも歪みが生じる。規則正しく、隙なく壁のように生え揃っていたものが曲がり、暴れ動く。
クレトはそこに目を付けた。一つの壁から侵入してしまえば。また別の壁が立ちはだかる。迷路のようだ。中心地――グラニアがいるだろうところまでは、どうしても時間がかかる。しかし外で兵士が暴れると、壁がまた弛んで隙間ができる。そこをくぐりぬけ、中心を目指すしかない。クレト一人なら、身軽なのでうまいこと進めた。
それでも、最後まで作戦がうまくいくかなんて分からない。
グラニアがこじらせてて、もう全部イヤになったとか叫んでいる可能性もある。より強い兵力が投入されて、全てを壊されていく可能性もある。
(でも、ルゥとグラニアを再会させてやれば、それだけで解決するんじゃないかって思えるんだ)
ルゥにはそれだけの力がある。共に旅してきたなかで、クレトはルゥの意思の強さを知った。
そのルゥが、グラニアに会って話してあげないと、と言う。それも、幼馴染が一人で悲しんでいるのだから、声をかけにいくのは当然だろう、というような口調だった。
結果ルゥはグラニアを宥め、落ち着かせるだろうし、それからさらにうまいこと状況を運ぶに違いない。ルゥにはそういう、天性の何かがあるのだ。
だからクレトは、それに賭ける――それだけの意思で、緑の道を進んでいた。蔦を払い、身を伏せ、慎重に風の流れすら読みながら行動した。かつてスラムで学んだ盗賊の技だが、今更それをありがたく感じるとは思わなかった。
進む先は、あと少しだろうか。壁がいくらか薄く、柔らかな植物になってきたように感じる。
『運命の方位磁針』が手元になくても分かる。この先に、グラニアがいる。
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