第21話 クレトとグラニアと、友達
そういえば以前ルゥがクレトに、幼馴染の少女、グラニアについて語ったことがあった。
彼女はとっても優しくて、賢くて真面目、そして少し内気で、寂しがり。少し不思議なところもあるけれど、とってもいい子なんだ、と。
「いつかグラニアの友達になってよ」
そう言って笑うルゥに、クレトは適当に相槌を打った。内心では、「勇者で? イケメンで? 性格もよくて? 可愛い幼馴染が故郷に待っている? けっ!」という感じだった。
その後、本物の『とっても優しいいい子のグラニア』を知ったときの衝撃は忘れられない。
ルゥには何が見えていたのか心底疑問に思ったし、けっ! と思って悪かったとすら思った。呆れを通りこして、彼には腕のいい医師が必要だと思った。目か頭か精神に詳しいやつ。
確かに、真面目ではあるかもしれない。ストーカーだから。
寂しがりではあるかもしれない。ストーカーだから。
しかし、とっても優しいとは一体……? いい子とは……?
だからグラニアのことを知った時、クレトは内心ルゥに謝った。
コイツといつか友達に、なんて。さすがにちょっと無理そうだ、と。
――そんな事がふと、走馬灯のように脳裏をよぎる。
目の前で、黒々とした魔力を滾らせている少女に、クレトは頬を引きつらせた。
「……ねえ。いつか私の友達になってって、ルゥに頼まれてたでしょう?」
「(やっぱりそこも見てたのかこいつ……)まあ、うん」
「クレト、その
「別にアイツと分かり合いたくなんかねぇよ、気色悪ぃな」
悪態を吐くクレトに、グラニアは笑った。本性を知っているクレトでさえ、まるで今にも消えそうだと錯覚するほど儚げな微笑みだった。
「いつかってね、自分が死んだ後でってことよ」
「へえ」
半ば唖然としながら、クレトは目を丸くした。
かつてほんの少しだけ疑問に思った、ルゥの、仲間選びの基準全てが、すとんと胸に落ちた。
はは、と乾いた笑いが溢れた。
「……じゃあ、俺もお前に一つ教えてやるよ」
クレトは目を細めた。
「正義感満載の馬鹿共がルゥの仲間に選ばれず、俺みたいな奴だけがアイツの仲間として選ばれたのはな、
俺が決して、お前みたいなイカれた魔女を討伐しようとしない、そんな人間だからだよ」
「…………知ってるわ」
グラニアはほっそりとした手で顔を覆って、ほろほろと涙を零すのだった。
「ルゥから見たら、貴方はきっと、私の友達になれそうな人なのね。自分がいなくなった後、私を支えられそうな。……馬鹿な人。本当に。ほんとうに、ばかなひと……」
クレトは初めて、目の前の魔女を哀れに思った。
この女は、友達なんていらないのだろう。恋人も伴侶も、ともすれば家族すら望んでいない。きっと本当に、ルゥだけでいいのだ。世界でただ一人、あの、自分のことなんて後回しのお人好しバカののん気者さえいれば、それでいいのだ。
(でもそれは無理だ)
ルゥは勇者だ。世界中の為にあって、誰か一人のものにはならない。お人好しな少年はその役目に誠実で、一所に留まらない。自らの足でどこまでも旅立ってゆく。
グラニアはそれを止められない。そんな真面目な男だからこそ、愛しているのだから。
だから、背後から付いていくだけだ。
「お前ら、ホンットめんどくさいなあ……」
「分かってるわよ。分かってる」
グラニアは顔を覆う。彼女の嘆きとともに黒い魔力が増していくので、クレトは一歩退きつつそれに耳を澄ませた。彼女は嘆き、悲しんでいた。魔力が渦巻くように囁いている。
――ルゥの目の前の障害全てを取り払っても、彼は自身の力で成長していく。手の内に留まらせようと囲っても、彼は自身の足で飛び立っていく。取り残されるのはグラニアだけだ。なんでもできる、なんだって壊せる、あらゆる力は彼女の手の内だ。
なのに、何一つうまくいかない。
――か弱くて可愛い、私のルゥ。
永遠に手に入らない存在を求めて、夢から醒めたように現実に戻ってきて、その虚しさに――己の愚かさに、全てを台無しにされてしまった!
「だっ、台無しになんかなってねえよ! あのお人好し馬鹿が、誰かを嫌いになるわけないだろう!?」
「そうじゃない……そうじゃ、ない……!」
頭を抱えたグラニアは、混乱しているかのように甲高い声で絶叫する。
「お前は何も分かってない!!!」
叫ばれただけで襲ってきた謎の衝撃に、クレトは倒れぬよう足に力を込めた。
声すら攻撃になるなんて聞いてない。
「好きでも友達でも家族でも仲間でも! いつか離れていく!! 彼は私から離れて、どこまでも旅立っていく!! 去って何処かに行ってしまう!!」
「それはお前の妄想だろ? つーかどうせ、何処までも勝手に付いて行くくせに……」
「一緒に行けないから!! 付いて行くしかないんだろう!? お前みたいな奴に……勇者の仲間になれる人間に! ルゥの横に立てる奴に!! 私のことが!! 分かって堪るか!!!」
そして魔力は爆発する。
一瞬冷ややかに感じる不気味な熱。限界まで膨らみ、黒い光となって全てを弾き飛ばし、灼き尽くす。彼女の立つ大地も、周囲の茨も、そして、その場にいたクレトも。
――爆発の起こった瞬間、クレトは光に目を潰されぬよう、咄嗟に腕で顔を覆っていた。眼前に迫る圧倒的な力と、薄ら寒い死の予感。生の潰える可能性を前に頭は妙に冷静で、ふと唐突に脳裏を過ぎるいくつかの記憶に、
(走馬灯って、本当にあるんだな)
と、他人事のように考えていた。
クソみたいな過去の記憶、悪くなかった旅の記憶。次々と流れていく記憶の中には、クレトが此処に来る直前のものも混じっていて。
(……そういえばアイツ、さっきも友達とか言ってたっけ……)
クレトがこうしてグラニアの元を訪れる直前だった。
この戦いが終わったら。ルゥは、そう切り出した。
『……ねえ、クレト。もし全てが終わったら、君もグラニアの友達になって――』
『無理だ!』
『え!?』
『無理だ!! 俺はあんなトチ狂った暴力クソヤバ女と友達にはなれない!!』
『なんで……?』
『それは俺が聞きたい』
『グラニアは確かにそういう個性的なところもあるけど、あんなに優しくて可愛い、いい子なのに……』
『怖!!!!』
『えっ、なにが?』
『無理無理、勘弁してくれ無理だから。……だから、お前だけだ』
『え?』
『アイツの側にいられるのも、アイツの友達でいられるのも、お前だけだ。代わりは、いない』
ルゥは目を丸くして、それからくすっと笑った。
『――やっぱりクレトになら、グラニアを任せられるな』
『本気で言ってる? 頼むから許してほしい……タスケテ……』
『だからなんで?』
『お前のことは、仲間とか抜きにしてもイイ奴だと思うぜ。でも本当――』
「――女の趣味だけは最ッ悪だよな!!」
クレトはかつて龍から譲られた盾を翳した。
たった一度のみ発動する、「使えない」と評された盾は使用者の身を、そしてその背後をも守った。魔女グラニアの光を防ぎ、その名に相応しい働きをし、そして儚く砕け散った。
そのほんの一瞬。爆発により、二人を囲む茨の層が薄くなった、その瞬間。
「グふぁニあーーーっ!!!!」
くぐもった大声とともに、クレトの真後ろの茨の壁からルゥが飛び出してきた。茨の棘により衣服ごと肌を裂かれ、それでも彼は微笑んでみせる。口に、薬草を咥えたまま。
クレトのように身軽に進めない(そしてグラニアのせいで戦闘的成長があまり出来ていない)ルゥがここにたどり着くためには、こんな方法しか思いつかなかった。
買ってきた大量の薬草を食べながら、傷だらけになりながらも、『運命の羅針盤』片手に直進。以上。シンプルイズベスト。
ちなみにクレトの役割は、それとなく茨の壁をなくさせたり、減らさせたりすることだった。……結果的にはそうなったのだから良し。
「おっせーよ、ルゥ」
「ふぉめんふぉめん。……ごくん。防御ありがと、クレト。助かったよ」
ルゥはクレトにちょっとだけ手を振ると、座り込んだままぽかんと彼を眺める幼馴染に、手を差し伸べた。
「迎えに来たよ、グラニア。一緒に帰ろう!」
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