第14話 ②愛のために頑張れ、魔女グラニア!

 ルゥ以上に守るべきものなんてこの世には存在しない。

 それは自分自身の感情でさえ同じこと。

 だから私は自分の感情を一旦置いておく。愛のため、ルゥのために、今できることをする。

 それはあの無作法で不愉快なクソ雑魚どもを、ルゥにバレずにこっそりさっくりブチのめすことである。


 私はまず姿を消すと、先の仕事と同じように、壁を這って移動することにした。虫みたいだが、実は浮いているよりも目立たない。ふわふわと浮いて移動すると、風で飛んできた木の葉等が当たって、その不自然さで存在がバレる可能性もある。しつこいゴミ掃除には、万全の構えで望む必要がある。

 こっちは一人、敵は複数。機動力を活かし、一人ずつ順番に消す……。強い意志を持って、躊躇なく潰す……。

 気配を探る。いくつかの客室に、数人ずつ閉じ込められている。外には見張り。人質に手を出されると困るから、まずはこれをなんとかする。


(ルゥを探したいけど我慢! ルゥのため、ルゥのため……)


 とりあえず、手近なところにいるヤツを観察。見張りAとする。恐らく男。獣の面を被っているため、表情は不明。……微動だにしない。隙もない。

 とにかく、殺してしまうのはなし! 汚い死体をルゥに見せたくないし、ルゥに埋葬の手間をかけさせてしまう(彼は確実にそうする)。かといって発狂もさせたくない。ルゥに私の存在を勘付かれると困る。いっそ完全に存在を消すという手もあるけど、それはそれでルゥに疑われるか?

 まあ、生かさず殺さず平和的に、なんて、なんとでもやりようはある。


(ルゥの為だもの!)


 私は吹き矢を具現化した。


「フッ」

「グッ……!?」


 見張りAの首筋を撃つ。これは影針。刺されている間、相手は自我のない操り人形になる――のだけれど。

 驚くことに、見張りAは針の刺さった首をぐるっと180度回して、背後にいる私の方を見たのだ。


「何者ダ、どこニいル!」

「(なんで上手くいかないかなあ……)」


 私はルゥみたいに、平和的に済ませたいだけなのに。

 なんでそれだけのことが、うまくいかないのだろう?


「(クソが……)」


 イラッとしてわざと姿を現してやると、見張りAは腰のナイフを抜いた。


「貴様どこカラ……、イヤ、よくモ俺の喉ヲ壊したナ!」

「……人間じゃ、ない?」

「フン、おドロイたカ? 俺達ハ父の傑作、命ヲ宿しタ人形ダ! ヒトの上位存在、父ノ命のママ動ク、従順な下僕しもべ。愚カな人間メ! 父の実験材料にナルこト、光栄ニ思、」


 刺してあった針を刃物状に変化させ、瞬時に首を切り落とした。

 血の一滴も出ない代わりに、断面から細やかなパーツが飛び散った。首が地面に落ちると同時に、顔を覆っていた獣の仮面が落ちる。目と鼻と口の形だけは最低限整えました、というような、のっぺりとした偽物の顔。


「何ヲすル!!」


 頭を失った体が、怒ったようにバタバタ腕を振り回している。滑稽だ。

 なるほど、本当に人間じゃないらしい。

 素晴らしい!


「……これなら、多少手荒でも許されるよなぁ?」




「へー、メイはお父さんが大好きなんだね!」

「うん。早く帰って、お父さんに会いたいわ」

「大丈夫。僕とクレトがなんとかする。安心してよ」


 ありがとう、柔らかく微笑むメイ。ルゥもにこにこ笑い返す。クレトは口を噤んで先頭を歩く。――グラニアの気配を探るのに必死で、二人のフラグを壊す暇がなかった。

 クレト達が閉じ込められてしばらく。気付けば、部屋の外にいたはずの、獣面の見張りがいなくなっていた。グラニアの仕業と理解し、内心(グラニアーーーーーっ!!!!)と叫び頭を抱えたクレトを除く、ルゥとメイの二人は、これを罠かとも考えた。が、この機会を活かさないはずもない。まだまだ他にも、助けるべき人達が大勢いるのだから。

 死んだ顔のクレトを先頭に、三人でこそこそ廊下を移動する。

 先頭のクレトは、まるで敵を警戒しているかのように真剣な表情だったが、内心はただただ、グラニアに鉢合わせないことだけを祈っていた。この状態でアレに会うくらいなら、他の獣面と遭遇した方がまだマシだとさえ思っていた。手ぶらで武器もない状態だが、アレよりはまだ死ぬ確率が低い。


「私ったら、さっきからお父さんの話ばかりね。恥ずかしい……」

「いいことじゃないか。本当にお父さんを尊敬してるんだね」

「ええ。いつも真面目で研究熱心で……って、私ったらまた……」


 はにかむメイに、くすくす笑うルゥ。大分打ち解けてきた二人の横、クレトは廊下の窓から目が離せない。

 なんかいる。

 なんかベッタリ貼り付いてる。


「あら、クレト。どうかしたの?」


 首を傾げるメイに、いや、と曖昧に濁す。

 視線を戻すと、もうそこには何もない。目玉をかっ開いてルゥとメイを凝視する魔女グラニア的なものが見えた気がしたが、恐らく幻覚だったのだろう。

 クレトは静かに両手を合わせて、冥福を祈った。敵のために。そして自分のために――。




……深呼吸する。何度も深呼吸する。

 私は、倒した見張り達(暴れても解けないよう縛り上げてある)を、山と積み上げた部屋で目を閉じた。


 許されるなら、今すぐ絶叫して暴れまわりたい。全てを消し去りたい。この建物丸ごとぺちゃんこにして引き裂いてズタズタにして、今の光景を此処の出来事を、全て無かったことにしてしまいたい。

 私にはそれができる。感情のままに暴れられる力がある。衝動を衝動だけで終わらせる必要がない存在、それが私だ。

 だけど。


「それは、悪いこと」


 努めて、冷静に呟く。目を瞑って、数字を数える。深呼吸をする。

 ルゥがいつも、私に言い聞かせていた言葉を思い出す。

「望みを達成するために、暴力を振るってはいけない」

「理由があれば、暴力を振るっていいわけではない」

「決して、暴力を身近においてはいけない」

 優しい彼が、いつも真剣にこんなことを言わないといけないくらい、私は本当に酷い存在だ。なのに、ルゥは私を見捨てない。私はルゥを守る必要がある……。

 ふー、と長い息を吐く。落ち着いた。心の『ルゥ名言録』はいつも私を助けてくれる。だから私は、まだ大丈夫でいられる。さすがルゥ、私の光――。

 そして冷静になって、改めて、いま、私がやるべきことを思う。


(全ての元凶、ここの敵を速攻で片付ける。潰す、失くす……)


 そして、さっさとあの女とルゥを引き離す。これは正しい行いだ。悪い奴をやっつける。ルゥが喜んでくれる。おまけにストレスを発散できてすっきり。いい事づくめ!

――と、新たな思いとともに前向きになった私の思考を、ゴト、という鈍い音が遮った。

 馬鹿が逃げ出そうとしている? と思って振り返ると、ボールみたいにごろんと転がった人形の頭部――それを覆った獣の仮面と、目があった。

 私が首を切った人形かと思ったが、違う。これは、その次に何一つ傷つけることなく倒して拘束した人形だ。最初の見張りAと違って、女っぽい印象を受ける形だった。


「勝手に壊れた……?」


 人形の首を持ち上げる。なんとなく軽い気がする。喋らないし、身動ぎもしない。

 人間であれば眠っているか、或いはまるで、死んでいるかのような状態……。


「……死んダカ」


 ぽつりと呟いたのは、私がボコッて縛り上げてやった見張りAだった。


「どういうこと?」

「……ソレは、心ガ弱かッタ。ダカラ、『自壊』の機能ガ作動シた」


 それ以上人形は語らなかった。こっちも死んだのかと思ったが、耳を澄ますと何やら祈りの文句を唱えているのが聞こえた。『自壊』した仲間への祈りだろう。

 そんなことをされると、本当にこの木偶が『死んだ』みたいで苛々する。

 私の手に収まった、人形の丸い頭部。血も体液も流れない、ただの球体。

 こんなもの、私には人形が壊れたようにしか見えない。……この私にコレの『死』が認識できないということは、これは『死』ではないはずなのだ。


「……」


 ブツブツとした、暗い祈りがまだ聞こえる。


(やめてほしい。そういう、人間みたいにしょうもない感傷)


 だって私には、無機物に心や命を見たりするような、人間らしい行為なんてできやしない。そもそもこれは『死』なんかじゃないのに。ただモノが壊れただけなのに!

 やまない祈りに、苛立ちを誤魔化すように頭を掻く。


「困る! 困るんだけど、こういうの!!」


 私の許しもないのに勝手に駄目にならないでほしい!

 しかし祈る人形は何も言わない。ぶつぶつぶつぶつ唱え続けるばかりだ。

 私はこの場で一番強いはずなのに、なぜだかひどく虚しい。馬鹿みたいだ。なにもかも。


 それでも私は真面目にテキパキ動いた。ルゥのため、私のためだ。

 手強そうな見張りだけ、さっさと片付けてしまうことにした。さすがに全員消してしまったら、何が起こったのかとルゥに疑われてしまう。適度に、ほどほどに、が大事――まあ、私はそういうのが一番苦手なのだけれど……。


 人形たちは私を倒そうと、まるで強敵に立ち向かう主人公のように、色んな武器で殴り続けてきた。ナイフ、鈍器、椅子、花瓶、その他諸々。

 だが魔女グラニアはそもそも、物理無効である。


「折角命をもらったんだ! 動けるようになったんだ! 自由になれるんだ!! 『自壊』させられるのなんて絶対にゴメンだ!!」


 なかなか諦めない獣面の人形。良いこと言ってる風だけれど、こちらを殺そうとしてる時点でアウト。私は死ないからいいが、普通だったら殺されているに違いない。

 罪のない人々を閉じ込め、『父』とかいう奴の実験体にしようとしているくせに。それなのに、クズのくせに、まるで正義っぽい雰囲気を出してくる。


「俺はっ……俺は諦めねぇゾーーーーっ!!!」


 私はこういうゴミカスの最低な働きが、反吐が出るほど嫌いなのだ。

 だから心を落ち着かせるために、ちょっと微笑んだ。


「だが殺人鬼は断ずる」

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