第13話 ①ハラハラドキドキ・一大アクションストーリー
山間にある不自然に豪華な館の一室、自らの計画の完成段階を迎えた男がいた。窓から吹き込む強い風が、赤い天鵞絨のカーテンを揺らす。窓外に広がるのは、陰鬱な灰色の空だ。この館への来訪者の未来を暗示するかのような曇天。時たま稲光が雲間に走る。
部屋が雷に照らされる度、壁一面に立ち並ぶ人形の顔が不気味に浮かび上がった。
「ククククク……」
男は窓に背を向けた。彼は今かつてない充足感と悦びに満たされていた。
舞台は整った! 後は不運な人間が運び込まれてくるのを待つのみである。
「ハーッハッハッハッハッハ!!」
昂り、浮かれ、高笑いを部屋に響き渡らせる男。人払いもし、まさかこの笑い声を誰にも聞かれるはずがない。
――ただし、屋敷の外にいる人間は別であった。
「シュコーッ……シュコーッ……」
黒のガスマスクで頭部を覆い、開かれたままの窓ガラスから這うように侵入する、圧倒的不審魔女グラニア。
浮かれて笑う男は気付かない。武装したグラニアの魔の手が、その細い背中に伸びる――。
「ふう……」
一仕事の後の爽やかなひと時! 牛乳がうまい!
ここは静かな田舎――貴族の避暑地でもある――にある、大きくはないが高価な宿。今はルゥ含めた宿泊客達が、バイキング形式の昼食に舌鼓を打っている。もちろん私も潜入中だ。お淑やかな貴婦人の如く、つば広の帽子で正体を隠し、ルゥを影から護衛中。
さっきもルゥが向かう予定の山で、悪事を潰してきたところだ。
山奥の洋館、忍び込むグラニア、襲いくる戦闘人形、そして人形共の作り手である男の、最期のあがきのような自爆――。
爆発有り、ホラー要素有りの、ハラハラドキドキ・一大アクションストーリーだった。お見せできないのが惜しい。
(ルゥ、あなたのため! あなたのためなら私はなんだってできる!)
朝から一生懸命働いてお腹ぺこぺこに――はならないが、そんな気分になった私は、ルゥと同じメニューを控え目の量でいただいている。ルゥは焼き立てパンに、野菜や肉、果物とバランス良く食べている。クレトは肉ばかりで、ルゥに野菜サラダを勧めらられている。
ご飯時にも他人の心配をするルゥは、無限大に凄い……遥か高みにある存在……。
食べるという行為に飽きた私が、とりあえず、ぱくぱく食べ進めているルゥの横顔をこっそり眺めていると、
「邪魔するぜ!!!」
「ななな、なんだ貴様らはっ……ぐお!?」
ずかずかと大勢で入ってくる、獣の仮面で顔を隠した不審者集団。立ちふさがろうとするも、横面を引っ叩かれてあえなく吹っ飛ぶ、この宿のオーナー。あがる悲鳴、当然ながら止まる、人々の食事の手。
私はふう、と溜息を吐いた。
どうやら今日は、もう一仕事必要らしい。
食事を取っていた宿泊客達は、オーナー等スタッフ含めた数人ずつのグループに別れて移動させられることになった。このよく分からない――否、素晴らしい提案に、私は内心大歓喜。
「(よし!! これでルゥから離れられる!!)」
私がいつもみたいに、敵を速攻で粉砕しない理由はただ一つ。ここにルゥがいるからだ。
バレるのが怖いとか怯えられたくないとか理由はいろいろあるけれど、なにより、ルゥに
怯えた顔で、ぞろぞろ進む人の列の最後尾で、私も歩き出す。前後を武器を持った人間に挟まれて、まるで奴隷か捕虜みたいな扱いだ。
――ルゥとのお別れは寂しいけど、これはしかたのない別れ。再会の運命が待つ、意味のある別れ。だから待っててね、ルゥ!
最後に彼の顔を目に焼き付けておこうと、私はこっそり振り返って、
「きゃあっ」
「わ、大丈夫かい?」
――お分かり頂けただろうか? 私は現実が理解できない。
躓いて転びかけた少女の体を、大天使ルゥが優しく抱きとめた。少女はぽっと頬を赤らめて、スカートの裾を整えながらルゥに小声でお礼を言い、ルゥもそれに穏やかに笑って小さく頷く。
宗教画というよりも、ロマンチックな物語の一場面のような。恋の始まりでも描いたような、そんな光景――。
「オイオイオイオイ洒落になんねーぞおいあの女オイ」
「貴様止まってるんじゃなおぼぶっ」
うっかりやかましい雑魚の顔面に裏拳を叩きつけてしまった。動かなくなった雑魚の体を慌てて影で操る。集団の誰にも見られなかったようで安心しつつ、私はまたちらっと背後を振り返る。
どうやらあの女、ルゥ、クレトの三人グループのようだ。喋ると怒られるからだろう、二人とも口を動かしてはいないものの、視線を交わしていて殺意。青い顔でこっちを見てきたクレトにもついでの殺意。
「(……なんとかしなくっちゃ!)」
なんか今日はちょっと根性入れないといけないみたい! がんばれ、グラニア!
獣面を被った武装集団を見たとき、クレトは真顔のまま鼻ですぴっと空気を吸った。怪我人が出ても、目の前で仲間が表情を強張らせても、その場の緊張感にどうしても乗れなかった。
この不審武装集団も、まさか客に天下無双の魔女グラニアが混じっているなんて思いもしないだろう。合掌。
――なんて、どうせいつもみたいに、グラニアがあっさり障害物を粉砕して終わりだろう、と思っていたのだが。
「そうか、メイはお父さんの代わりに此処に来たんだね」
「はい。なのにまさか、こんなことになるなんて……」
「大丈夫、僕とクレトがなんとかしてみせるよ。ね、クレト」
「まあ、そうですね、ハイ……」
「えっ、どうしたの。汗がすごいよ?」
「や、なんでもないスよ、ハイ……」
メイ、というのは、ルゥとクレトと同じグループに入れられた少女だ。茶色の髪をポニーテールに結わえた、明るく素直そうな娘である。諸用があって外に出られない父に代わってこの町に来た、とかなんとか言っている。真面目な孝行者らしい。なるほど立派だと、親のいないクレトでもそう思う。
しかしこの少女の存在は、今や武装集団なんかよりも遥かに厄介だ。
悪いのは三点。ルゥと年が近く、そして先程転びそうになったところをルゥに抱きとめられ、そこを魔女グラニアに見られたということ。こうなった以上、メイ自身の善性などなんの意味もない。
あの時のグラニアの目を見たか。一点の色もないあの表情! そして何故かついでみたいにクレトに向けられた殺気!(なぜ?)
あの瞬間、クレトは全てを理解した。
――この二人のフラグを叩き折らない限り、俺に未来はない……っ!!
クレトは脳味噌をフル回転させた。
今は三人で一つの客室に押し込められている。部屋の外には恐らく見張りが一人。アイツらが何を考えているのかは分からないが、この状況を利用するしかない。
「――おい、ルゥ。俺達二人で、この部屋から脱出しよう」
「うん。僕もそう考えていたんだ。他のお客さん達が心配だよ」
「だよな! 音と気配から察するに、今なら見張りも一人。これならなんとかなる!」
まっすぐ・善良・お人好しな勇者様様であった。
クレトの作戦は簡単だ。今から危険なことをするから、戦えない人間(メイ)はどこかに隠れててねと、それだけ。
シンプルだが、ルゥみたいな人間には効果覿面である。クレトは内心、歓喜の雄叫びをあげた。生きるって素晴らしい! 生命万歳!
しかし。
「私もお二人と一緒に行きます!」
まさかの返答である。冗談だろ、と言いたいが、メイの顔はひどく真剣だった。
「いや、ダメだよ。危険だ」
「そうだ駄目だやめろ危険過ぎる!! 俺は命が、間違えた。お前も命が惜しいだろ? 父親が帰りを待ってるんだろ?」
「こんな時に、じっとなんてしていられません! それに私、こう見えて結構強いんですよ」
この町まで一人旅してきた実力はあるし、ここに独り残されるのも不安だ。先の見えない状況のなか、人手は多い方がいいだろう――。
メイはつらつらと最もな言葉を重ねていく。
なるほど、と考え込むルゥ。なんとなく無駄だと察しつつ、クレトはその横で反対の言葉を呟き続けた。
「やめたほうがいいって、絶対やめたほうがいい。俺と違って親御さんが待ってるんだぜ、怪我なんてさせたらどうする? 親御さんを心配させるような行動を取っていいのか? 隠れるのが不安だって言うなら先に外に逃がしてやって、助けでも呼ばせたらいい。外に罠? まあ仕掛けられてるだろうな。うん。でも中にだって罠はあるし……やっぱこの部屋に残してった方がいいって。一緒にこの宿をウロウロするほうが危険だって――」
クレトの説得は無駄に終わった。
結局三人一緒に行動することになった。本当に危険になったらメイには逃げてもらうことになったが、だからどうした。三人でいるところをグラニアに鉢合わせしたらどうしたらいいのか。これならいっそ三人で部屋に籠もってた方がよかった。
と、そこでクレトは閃いた。
そうだ、部屋から出なければいいのだ、と。
「じゃあまずはこの部屋で、何か使えるものがないか調べよう。はあ、武器さえ没収されなかったらなあ。そうだクレト、君の隠しナイフは――」
「待ってくれ、ルゥ。……俺達に、戦いって必要か?」
「どうしたのクレト……えっ、どうしたのクレト」
「戦うことに何の意味があるっていうんだ……? 俺達はなぜ争わねばならない? 戦いとは、その意義とはいったいなんだ? 武器を振るい人の命を奪うのなら、そのへんを理解してから行うべきじゃないか? この部屋を出る前に――じゃない、部屋の外の見張りを倒す前に、俺達はそのへんを理解するべきなんじゃないか?」
「え、うん……?」
クレトの突然過ぎる発言に、ルゥはひどく困惑していた。
しかし、クレトはルゥの性質をよく理解している。誠実が過ぎて、どんなゴミ無駄クソ意見も軽んじられないのだ。これで少しは部屋の外に出るのを遅らせることができる、はずである。
ちなみに横にいたメイには、(えっ、なにこの人……?)って目で見られた。
気にはならない。誇りよりも守るべきものが、この世にはいくらでも存在するのだから。生命万歳。
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