第12話 幼馴染の絆

 私はストーカーではない。影の護衛だ。

 ルゥを追ってはいるが、別に見境なく覗いてるわけでもない。

 ルゥが誰かと一緒にいるとか、人目に晒されているとか、そういう時にしか覗いてない。私の数少ない趣味、ルゥとの独り言会話もそういう時にしかしてない。普段はルゥの独り言すら聞かないようにしている。

 なぜならルゥのプライバシーは世界より尊重されないといけないからだ。常識だ。

 逆に言うとルゥの私生活の邪魔をしようとする奴は、生存を許されない生命体であるということ……。

「お前だよお前」

「なっ、誰だ貴様ぐはっ」

 寝込みのルゥを襲うなんて許せない。

 私だって寝顔も寝息も最近知らないのに許せない。

 消すしかねぇ。

「貴様もクレトの仲間か!?」

「許そう」

「なにぃ……?」

 狙いがクレトならオッケー! 早く言えよ!

 クレトの実力なら寝起きでもこいつには勝てる。死んだらルゥが悲しむからそれは私が防ぐ。問題なし。

 まあ、クレトの安眠は妨害されるかもしれないが、……?

「いや駄目だ許せねぇ! あっぶねー!! この私を騙すつもりか貴様ァ!」

「!?」

 今日はクレトとルゥが同じ部屋に泊まっている。つまりクレトへの安眠妨害イコールルゥへの安眠妨害ってこと。

 ルゥの安眠は城よりも強固に守られるべきものなので許せない。

(健やかな眠りは健やかな暮らしに必要不可欠であるため)

「くっ、何がしたいんだ!?」

「『絶対ルゥを守り隊』隊長グラニア。絶対にルゥを守りたいとだけ思って生きているが?」

「いかれてやがるぜ……」

「は? 私は理性的とヒトが称する会話ができる。ルゥに迷惑と心配をかけなれば、クレトに会わせてやろう」

「会話と命令の区別もつかんのか?」

「恐れ知らずか、気に入った。ルゥに迷惑と心配をかけなれば、クレトに会わせてやろう」

「埓が明かんな……」

 絶対的な条件を除けば、かなり譲歩しているつもりなのだが、男はうんざりした様子。

 なんだぁこいつ……?

「まさかクレトが目的ではない? 貴様!! やはりルゥを」

「違う! クレトという男を殺すのが目的だ」

「それはよくない。お前を殺す」

「!?」

「クレトが死んだらルゥが悲しむ。心から悲しむ。ルゥが悲しむ世界を私は許せない」

「しかし、それが仕事なのだ。それをしなければ、俺が組織に殺されてしまう」

「その組織に殺されるか、私に殺されるか、私が世界を滅ぼして死ぬか。どうせ死ぬならどれでも同じでしょう」

「い、いや違う! 俺が死んでも代わりがくる。同じではない」

「その代わりとやらも死に続ける……」

 私にはその覚悟ができている。

 いや殺すというのはさすがに脅しだが。

 なぜならルゥはこういう手段を好まないだろうし、取らないだろうから。

 いや最悪殺すというつもりではあるから、脅しとは言わないのか?

 わからん。人間の倫理観ってややこしいよな。

「待て、待ってくれ! 依頼人だ、依頼人がいなくなれば、この仕事自体なくなる! それでどうだろう!?」

 依頼人を消す。この男を消す。どちらでもあまり私の手間は変わらない。どちらがいいか?

――ルゥの仲間を平然と狙う、つまり教会を敵に回しても平気な依頼人。そんな依頼を受ける組織も同類だろう。

 そんな邪悪な奴ら、今後、いつ、ルゥの人生の邪魔になるかは分からない。

 そしてそんな奴らは全員悪に違いないから、私が潰してもいいはず!

「……殺すより、全員檻にぶち込みつつ、関係者含めた諸々を人間共に捜査させた方がいいのか? なんだ? 何が一番いい?」

 分からない。

 こういうとき、私は人間社会には馴染めないことを実感する。……。

 私にとっては、どちらの手間も変わらない。ただ雑魚を潰すだけ。生かすも殺すも朝飯前である。

 が、ルゥを狙ったと分かる組織の構成員関係者全員が死ぬのは、ルゥの悪評に繋がりかねない。

 それでルゥに手を出すやつがいなくなればいいのだが、この世の中はそうもいかない。万一ルゥが迫害されたり、より邪悪に狙われるようになったりしたら、私はもう、ルゥに顔見せできない。そしてこの世界を本当に、本当に許せなくなる。

「私にとっては、生かすも殺すも大差ないから、聞こう。……お前。どっちがいい? ここで消えるか、それとも檻に入るか」

「死ぬくらいなら、檻に入ろう」

「分かった。その前にお前の組織を案内しろ」

「分かった。従おう」

 従順だ。素晴らしい。

 私はそのまま組織へ単身突入した。

「選べ。皆殺しか檻か」

「なめやがってー!」

 お決まりのセリフ。お決まりの暴力。

 それらを上回る暴力で潰したあと、もう一度同じことを尋ねる。

 全員すっぱりと宣言した。

「檻で!!」

 とのことなので、さっさと自首するよう促した。私の手を煩わせるなと言っておいたので大丈夫だ。私に嘘は通用しない。

 次は依頼人である。従順になった悪の組織から居場所を聞き出し、再び単身突入した。

 そこにいたのは、クレトと同い年くらいの若い男だった。黒い短髪に、鋭い目つき、大きな傷のはいった頬。

「お前がクレト殺害の依頼主か?」

 まあ答えられなくても分かるが、一応、聞いておく。こういう形式張ったやり取りって、人間にとって重要らしいので。

「……なんだお前は。どこから現れた?」

「質問に質問で返すな。お前はただ、私の問いに答えればいい。それ以外は認めない」

 男は黙った。そして、手にしていたナイフを床に投げ捨てた。

 素晴らしい。物わかりのいい男である。

 実力の差を理解する程度の実力はあるらしい。

「で。同じ質問を私にニ度させるつもり?」

「……俺が、クレトを殺害してくれと依頼した者だ」

「その依頼を取り下げ、速やかに自首しなさい。これはお願いではない」

「それを、断れば?」

「説明の必要が?」

 男は黙り込んでしまった。

 物分かりよく大人しいので、妙にやり辛い。一方的な暴力はルゥ的にもNGだろうから。

 やがて男は、弁明のように話し始める。

「あいつは、裏切り者だ。俺達の親父を裏切った。生かしておけない」

「全然知らんが、なんとなく理解した。どうせその親父がカスの自業自得だっただけだろ?」

 クレトは薄情だし文句の多い男だが、倫理とか道徳とかいうやつは結構優れている。意味もなく他人を陥れるタイプではない。

 なによりルゥは人を見る目に優れている。そのルゥが仲間にした男だ。意味のないことはしないだろう。

「……そうだ。確かにそうだ。だが、俺達にとっては、唯一の親父だった」

 ふーーーん。

 親子の絆、あるいは情というやつだろうか。魔女グラニアにとっては、一番縁のないものだ。正直、この世で最も理解しづらい。

「それを、あいつが、勇者の仲間だと? あんなやつを、なぜ勇者は仲間にしている? あいつの所業を知っているのか?」

 あ!!!!!! ルゥの行動にケチを付けた!!!!! 殺すか!?

「あいつがどれほど薄情なやつか、勇者は知らないんじゃないのか?」

 セーフ! クレトのカスっぷりに言及しただけだった。ヨシ!

「……話が逸れたな。とにかく俺は、あいつを殺さなければならないんだ」

「理解した。なんか分からんが逆恨みってことだな。了解した」

 私は、その男をてきぱきと影に飲み込んだ。




「というわけで連れてきた。クレト、殴り合え」

「何と!?」

 全く物分かりの悪いやつだ。と思ったら、攫って来た男を影から出してないので当然のことだった。

「これと」

「うわ、ぺって出てきた」

 影から吐き出された男は、地面に倒れたまましばらく動かなかった。完全な闇のなかでは耐えられないと思ったから、影で飲み込んだあの瞬間で固定してある。そのため、体調に異常はないはずだが……。

 私達が距離を取って見守るなか、やがて男はのろのろと立ち上がった。

「……クレト? なんだ? 何が起こった?」

「コクト……いや、倒れてる姿でなんとなくそうだとは思ったけど」

「いけー! 殴り合えー!」

 私が檄を飛ばすと、クレトはうんざりした顔になった。

「コクト。一つだけ聞く。何があってあんな魔女に関わったんだ? もう終わりだぞ」

「知らん。いきなりあいつが俺を訪ねてきたんだ。天災のようにな」

「どういうことだよ?」

 クレトが私を睨みつける。天災相手にも物怖じしない男だ。さすがルゥの見つけた仲間。

 私がかくかくしかじか事情を説明するあいだ、コクトは大人しくしていた。若干周りに武器がないか探している挙動があったが、一睨みしたら大人しくなった。

 町外れの森の中だから、木の枝でも石でもなんでもある。でも今回、私が望むのは殺し合いではない。ステゴロ、つまり素手での殴り合いだ。

 私が狙っているのはあれだ。友達とか敵同士だった奴らが、殴り合ったあとなんかいい感じに爽やかな空気のもと仲直りするやつ。

……正直あれの意味はよくわからないが、見たことあるから効果はあるのだろう。たぶん。

 私が説明を終えると、クレトは疲れたような溜息をついた。

 こいつも苦労人だよな。

「なるほどな。お前、まだ親父のこと気にしてたのか」

「当たり前だ! 俺達みたいなやつのことを、唯一気にかけてくれた人だぞ!? それをお前、あっさり裏切りやがって。親父は一生檻から出てこれない! あんな暗くて不衛生なところで、あと何年生きられると思う? っぜんぶ、お前のせいだ!」

 コクトが叫ぶ。私は座って二人を眺めている。盛り上がってきたぜ!

「それは、だが、親父のやり方じゃどうせ長くは保たなかっただろ?」

「うるさい!」

 コクトがクレトの頬を拳で殴り飛ばした。とっさに手が出たという感じで、勢いはなかったが、クレトは不意をつかれてのけぞった。

「いってえ! ふざけんなお前!」

「どっちがだよ!」

 コクトがクレトに飛びかかる。クレトは避けようとしてなにかに躓き、尻もちをつく。そしてまた殴ろうとしてきたコクトを蹴り飛ばす。コクトはそれにひるまず、クレトの髪をつかむ。

「なんで裏切った!? なんで裏切れた! お前は特に気に入られたじゃないか! 俺なんかより!」

「髪ひっぱるか喋るかどっちかにしろよ!」

 クレトは思い切りコクトを突き飛ばした。そして息を乱しながら立ち上がり、叫んだ。

「ああもういい、知りたきゃ教えてやる! 俺が親父を裏切ったのは、親父が……あのクソ野郎が、俺等を裏切ろうとしてたからだ!」

「なっ、」

「だから俺は、先手を打って裏切った。それだけだ」

「そんなわけない! 親父が、俺達を、俺を、裏切るなんて……」

「だから言いたくなかったんだよ。お前は親父に懐いてたから。あんなクソ野郎に……」

 コクトが唖然としているのを、クレトは憐れむように見下ろしている。

「なんで、」

「ん?」

「なんで俺にそのことを黙ってたんだ? 恨まれるとわかって」

「別に」

「教えてくれ」

「……お前、『親父が死んだら俺も死ぬ』とか、気色悪いこと言ってただろ。だからだよ」

 コクトはうなだれた。

 静寂のなかに風が吹き抜けていく。

 私は思わず、クレトに声をかけた。

 

「ちょっとルゥ見てきてもいい?」

「……俺がこいつに殺されてもいいんならな」

「大丈夫。もう殺意はない。憎悪も、敵意もね」

 言うと、クレトは再度コクトに目をやる。

 私はその場を後にした。


 それからは、町長と真面目な雰囲気で対談しているルゥ最高! この世の宝! 偉大すぎて見えない! 嘘! 目に焼き付けている! この身朽ち果てるまで刻み込む! うおーーーー!!!! といつものをしていたら、クレトの居るところから暴力の気配が漂ってきたので私は渋々戻った。

 クレトとコクトは仰向けに倒れて空を眺めていた。お互いに顔を腫らしていたが、死の気配はない。

「終わった?」

「ああ」

「帰りたいなら元の場所に連れてくけど、どうする?」

「いや。自力で帰る。あの影はもうごめんだ」

 飲み込んだ感覚なんてないはずなのに、と私は首をかしげたが、何も言わなかった。

 コクトはそれからクレトに何も言わず、それどころかクレトを一瞥もせず、よたよたと去っていった。

 あっさりしているが、こんなものなのかもしれない。

 クレトは倒れて空を見つめたまま、口を開いた。

「……ありがとうな。おかげで、幼馴染と仲直りできた」

「ルゥに感謝しなさい。全てはルゥのお陰。ルゥという光からの賜物。ルゥを信じ、ルゥを想い、ルゥを尊びなさい」

「今更だけど、俺、お前と会話できたことってないかもな………」

「確かに……。私ってつい、いつも当たり前のことばっかり喋っちゃうから……」

「でも今回は本当にルゥのお陰だな。あいつがいなければ、お前もこんなことしなかっただろうし」

「ルゥ万歳! ルゥ万歳!! 我らが光! 我らが永遠! 我が光り輝く麗しの礎! 楽園すらも彼に傅く!」

 へい! へい! とリズムを取っているとクレトは黙ってしまって、それきり何も言わなかった。

 私も黙って空を見上げた。

 切れてしまったが再度結ばれた幼馴染の絆に、やっぱり幼馴染って永遠なのかもしれないな、と思いながら。

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