第11話 グラニアは仲間を手に入れた!2~さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!~

「正義やる気あんのかテメーら!! ああ!?」

「あります!」

「声が小せえ!!」

「あります!!」

「うるせー!!!」


 『正義セミナー』が開催されてから、早一週間が経っていた。

 『正義セミナー会員』は、勧誘し入会させた正義セミナー会員の数に応じて、会員ランクが上がる仕組みになっているんだ!

 そうすると報酬も増えるし部下も増える! 良いこと尽くめなんだ!

 さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!


「正義セミナーに入会しない子はね、こわーい魔女に背後から追いかけられて鼻から水を飲まされるんだよぉー」

「うわーん、怖いよ! ママー!」


 正義セミナーは、老脈男女問わず誰でも入れるよ! 

 さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!


「正義セミナーに入会すると、その手のプロが葬儀相続の相談に乗ってくれるんです! 入会金と年会費さえ払っていれば、もちろん全て無料! 死後も安心の手厚いサービス! もちろん生前も心配ご無用、あなたの財産管理の全てを自動で行ってくれるんです!」

「無料とは……?」


 正義セミナーは、生まれたての赤ん坊でも、死にかけの老人でも大歓迎!

 さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!

 さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!

 さあみんな、正義セミナーに入会しよう!!




 建物の屋上から見下ろすと、規律的な光景が広がっていた。上から正義を叫んで、下に謎の理屈を押し付ける。暴力はないが、指導の言葉が響く。

 私があの村人二人に知恵を授け、脅して興させた『正義セミナー』。現在は会員が500名以上と、既に村くらいの規模になっている。村というか、大きな檻かもしれない。

 しかし、人々は皆自ら、この狭苦しい空間に押し込められに来た。飼われて安堵する家畜のように、その狭さから妙な安心感を得ているのかもしれない。


「……」

「親分、お待たせしやした! 久しぶりですね親分! おやぶ、」

「次親分っつったらぶっ飛ばす」

「すいませんっした!!」

「あくまで僕は、この組織とは無関係な人間なんだからな?」

「わ、分かってます。へへ……」


 私を殺そうとしたクソ雑魚A。今は幹部Aだろうか。少し肥えて毛艶もよくなったように見える。真っ白な絹の衣装に、金ピカの悪趣味な錫杖。彼と、クソ雑魚B(幹部B)が、この組織の代表となっている。

 私はこの組織に、表向きはなんの関わりもない存在だ。私の存在を知っているのも、以前私を殺そうとしたこの男(幹部A)と、あの女(幹部B)の二人だけだ。


「儲けているようだな」

「へへっ、これも貴方様のお陰です。俺らみたいなケチな盗人がこーんないい服を着れるようになったのも――」

「世辞はいい。昨日の集会で会員は何人になった?」

「ええと……昨日二十五人増えたので、合計で、568名です」

「うん。計算もできるようになったんだな」


 いやあ、と幹部Aは後頭部を掻いた。照れくさそうだ。


「ところでクソ雑魚Bもしくは幹部Bは?」

「クソざこ……あいつなら、経理の確認があるとかで出ていきましたよ。ほんと、しょうがない奴で……」


 やれやれ、と幹部Aは続ける。幹部Bは警戒心が強く、未だに私への敵意も剥き出しのままだった。


「とにかく、いい感じで活動も大きくなってるね。これからも君には活動をどんどん広めてもらわないと!」

「はあ、そりゃもちろんですが……一体、これを広めて貴方様に何の得があるんです?」

「これで正義を広める、人々に正義を教え込む! そうして世界は平和になる! 全ての人々が、真っ当に正しく生きられるようになる! 正しき者が正しく生きられる美しい世界――そうなれば、世界が一つの正義に頼らなくても済むようになる! それが僕の理想なんだ!!」

「はあ……」


 気のない様子の幹部Aはさておき、


「信者の毎月の支払いは滞っていないか? 大丈夫か? ……取りすぎてはいけないよ。分かってるね?」

「分かってます! そこまでしなくても余裕はありますし、取り過ぎちゃ信者の今後に差し支えますしね! 大事なのは長期の視点!」

「本当に?」

「分かってますよ、もちろん! ええと、『健全な経営が』――」

「『お前ら二人の命を救う』。いいねえ、よく覚えてるじゃないか……」


 上の腐敗にはよくよく注意しなければならない。正義のために悪を作ってしまうのでは本末転倒だからだ。

 まあ復唱などさせなくても、コイツが悪事を働いた時点で私には分かるのだが――どんな雑魚でも、事情を全て知る者は貴重! だからそもそも悪事をさせないよう、日々彼の忠義を確認し、骨の髄まで理解させる必要がある。この幹部Aこそが、今この組織で最も正義と忠義に染まった人間だろう。

 動物の躾は、丁寧な繰り返しが肝心! 正義セミナーでも、それは徹底させている。


「信者にはバランスの取れた食事を提供! 適度な運動をさせ! 勉強もさせて! 働かせて遊ばせて! そして倫理と道徳と正義の心をしっかりガッツリ植え付ける! ――僕らの正義セミナーには、一点の曇りもあってはいけない!」

「ハイ、親分!」

「これでこの国は安泰だな! あっはっはっはっは!!」

「さすが親分! 安泰です!」


 高らかな笑い声が響く。

 これこそ完璧。私は素晴らしい方法を見つけてしまった。誰も損をしない理想郷だ。これで全てが安泰だ!


 なのに。


「討伐!?」

「は、はい。うちの活動が不気味だとか気味悪いとか反教会的だとかで」

「それだけでか!?」

「いえ。他にも、身内がここに来てから帰ってこないとか、洗脳されてるとかの噂があって……で、その規模がかなりでかくなってきたので、領主が兵を差し向けるらしいです――も、もちろんまだ噂ですが、しかし、かなり可能性は高いかと……」

「なぜ、なぜだ! 僕達は正義だ! 正義のはずだろう!? だから皆、此処に集ったんじゃないか!! 彼らに真っ当な生活を保証し! そして頭を正義にしてやった! それだけだ!! なのに、なぜ僕達が討伐される!?」

「お、親分落ち着いて……げふっ」

「僕を親分と呼ぶな! くそっ、世の中間違ってる……! 欲と権力に溺れた薄汚い人間どもが……っ!」


 力任せにテーブルを殴りつけると天板が砕けてしまった。はっと我に返る。

 一度、深呼吸。苛立ったときや、慌てたときはこれ。また深呼吸。落ち着くことが大切。暴力はだめ、絶対。……。


「僕らのどこが悪なんだ?」

「今の親分のセリフとか……い、いえ! そ、その、正義とか悪じゃないと思いますね……」

「つまり」

「異端は排除。狩られちまうって、それだけなんじゃないですかね」


 異端。何が異端なのか。人々に救いを与えたかった。なのに、何が、どこが、から外れていたというのか。

 これは世間でいう『悪』ではなかった。この私、グラニアが『悪』に気付かぬはずがないからだ。

 規律と平穏で、人々の暮らしに正義と安寧を広めたかっただけなのに。そしてその美しい世界を、ルゥに贈りたかったのに。ルゥの手柄にして、彼に名誉を与えたかったのに――


「……正直、かなりいい感じに進んで、めでたしめでたしで終わると思ったんだけど。今回は失敗か。変に大掛かり過ぎたのかもしれないな」

「はあ」


 幹部Aは何も分かっていないだろうけど、単純な相槌を打つ。否定や疑問の言葉は滅多に言わない。これが教育、あるいは躾の結果だ。

 前の蜘蛛退治みたいに、今回もいい感じの結末に持っていきたかった――いや、持っていけると思ったんだけど……。


「ただの猿真似じゃ、だめだったか……」




 翌日、人々の生活を脅かしていた『正義セミナー』は無くなった。文字通り、跡形もなく、消滅した。

 金の髪に、青い目をした美しい少年によって、全ては壊滅させられた。建物はその痕跡含めて跡形もなく消えていた。そしてその組織の幹部らは皆、前科もあったため捕まってしまったのだとか。

 そしてセミナーに所属していた人間は、泣いて頭を垂れうつ伏せる。まるで現実に怯えるかのように。

 そんな泣きくれる家族を抱き締める人々は、彼らの洗脳が解かれた喜びに、称賛の声を上げる。


「ああ、なんて素晴らしい人なんだろう! 貴方様のお名前は?」


 少年は一つだけ微笑んだ。


「名乗るほどのものではありません」


――勇者らしき少年が、悪の組織を打倒した。

 後日この地域一帯で、そのような噂が囁かれるようになった。

 後々勇者本人は、その噂を正式に否定した。彼がその時間、その場に現れることは不可能だったという証明もされた。しかし、噂は払拭されきれず、勇者を称える声は長くその地に響くのだった。

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