第10話 グラニアは仲間を手に入れた!1

「この辺の魔物は、少し強いね」

「ま、森の中だしなあ。群れてこないだけマシか」


 疲れて汗かいて、なのに笑顔で元気を装うルゥは、今日も私の永遠の光。こんなときでも可愛く美しい。生物としての格が違う。今日も彼が生きる世界に感謝。

 ルゥとクレトは、次の村への近道にと、森の中を歩いていた。前に会ったゲス領主から、森の通行許可を貰っていたらしい。ソイツからもらった、『運命の方位磁針』とかいう、どんな場所でも望む方向が分かる道具で、二人はどんどん森を進んでいく。

 強い敵は、もちろん私が潰す。

 しかし不自然になり過ぎないように、弱い敵はルゥ達に任せている。

 私とルゥの素晴らしい役割分担だが、たまにうっかり失敗して、ルゥにとって少し強い敵を当ててしまったりする。雑魚の強さの把握は本当に難しい。皆殺しにした方が早いのに! クソッ!


「(いや無駄な暴力はよくない!!)」


 落ち着け私。ほらルゥを見て深呼吸。……ヨシッ! 空気がうまい! ルゥと同じ空気うまい!

 私の未熟さが問題。もっと力量を見抜く目を養わなければ。


「なあ。冗談抜きで、敵の群れに囲まれたらどうする? 此処じゃなくてもさ、今後どう動くかってことで」

「んー。背中合わせが出来たらいいけど、分断されたら厳しいよね」

「厳しいというか、死ぬだけというか……その時はバラバラになって逃げるしかないだろ」

「僕らだけの時はね。他に人がいたら、それも難しいかな」

「わあ、さすがルゥ。でも私は、ルゥの命が無事ならそれでいいのよ?」

「いや、さすがにお前も逃げろよ。自分の命が第一だろ」


 クレトが珍しくいいことを言った。もっと言ってほしい。

 ルゥは私の気持ちも知らず、くすくす笑った。


「大丈夫だって。死にたいわけじゃないし。いざとなったら薬草咥えて敵に突進するから! 突破口は僕が開く!」

「やめろ」

「ヤメテー!!!」


 叫びだしそうになったのを、必死で堪えた。たぶん抑えられた、と思う。

 回復しながらダメージを受ける。効率的かもしれないが、そんな光景をみたら、私は絶対嘔吐してしまう。内蔵ないけど、絶対なんか吐く。その後世界を滅ぼす。

 もちろん、ルゥが前向きでひたむきで美しく誠実な心の持ち主であることも、彼にとってそこまでして守りたい人々が大勢いることも分かってるけど。


「ん? ……なんか今一瞬、うめき声みたいなのが聞こえなかった?」

「空耳じゃね?」


 まさか私の無意識の悲鳴が……!?

 と思ったら違った。

 私は、興味がてらそちらに向かうことにした。


「た、すけ…………」


 突っ伏しているのは、人間の男のようだ。だらしなく開いた口から、歯と舌が覗いている。喉から聞こえるのはかっすかすの声。風の音よりも弱々しい。

……結構距離もあるのに、よくルゥは人の身でこれに気付けたものだ。やはり神か……。


「……み、ずを、……」

「ええ、もちろん」


 私は男の腰についていた革の水筒を取ると、近くの川水を汲んで男の元に運んでやった。その水が綺麗かは知らない。

 男は、顎どころか首にまで水を零しながらがぶがぶ飲んだ。鼻からも飲んでるんじゃないかって勢いだった。


「ぷはっ……! ありがとうございました。お陰で助かりました」

「近くの村の人ですよね? 送っていきますよ。歩けますか?」

「ああ、なんて親切な人なんだろう! ええと、貴方のお名前は?」


 私は、世界一輝かしい顔を綻ばせて、愛想よく微笑んでみせた。


「僕は、通りすがりのただの旅人です。名乗るほどのものではありませんよ」




「すいません、こんなものしか出せなくて……」

「いえ、ありがとうございます」


 言って、私は出されたジュースを飲んだ。甘く瑞々しい果実の味がした。


「美味しいです」


 と伝えると、助けた男とその妻は安心したように笑顔を浮かべた。二人の笑顔はとても優しく見えた。まあ笑顔の機微が私に理解できるかといえばできないのだが、だいたいが笑顔って優しいものでしょ?


「いやあ、まさか森で迷った時にはどうなるかと思いましたが……親切な人に会えて良かったですよ!」

「ほんと、貴方みたいな人がいてくれて良かったわ! ……久々に家に帰ってくるって聞いて、待っていたらこれだもの。どれだけ人を心配させるんだか」


 男は野菜や雑貨を売るために村を出て、ついでに日雇いとして街でしばらく働いてから帰ってきたらしい。

 当然怒っている(呆れてもいる)妻に、せっせと頭を下げている。けれど、それもまた楽しそうに見えるのは、人間が家族での団欒を好むからだろうか。私もルゥをイメージして微笑みながらそれを見つめた。

 二階の部屋も貸すし、明日までゆっくりしていけと二人が言うので、私は遠慮して見せつつも頷いた。




 ルゥの様子が見れないと、気が狂いそうなほど不安になる。

 辛い。私の想像上のルゥはもちろん可愛らしいが、所詮私の頭から生まれたものなので、本物の輝きには遠く及ばない。

 くそっ、こんなときどうしたらいいんだ! 教えてくれ、私の頭の中のルゥ……!


『グラニア元気ダシテ! 大丈夫ダヨ! 暴力はよくない!』


 サンキュー! 私の頭の中のルゥ(偽物)!

 いやルゥはこんなんじゃない! 馬鹿か!? ふざけやがって! こんなの我らが光への侮辱だろ!

 うるせえ! 分かってるんだよそんなこと! ルゥ欠乏の今、ルゥの一欠片でも摂取できたらいいんだろぉ!?

 んっだオラ!?

 すっぞオラ!?


 脳内で私VS私のバトルが始まる。いけ! 戦え! 殺し合え! 勝ったものだけが正義だ!

 脳内で自分を戦わせていると少し落ち着いた(というか飽きた)ので、あてがわれた部屋のベッドに、仰向けになって寝転がった。


「よく寝てるようだな。旅人のくせに、警戒心ないのか?」

「ほら、とっとと殺すよ。手ぶらみたいだが、財布の一つくらいは持ってるはずだからね」


 誰もが寝静まっただろう時間に、こそこそ現れる侵入者達――そして躊躇なく、寝たフリをした私の腹部に突き刺される短剣。

……痛くも痒くもない。刺さった感覚すらない。無。

 一回かと思いきや、何度となくざっくざっくやられる。入念に、かつ慎重に行動したいのは分かるが、なんて危険で残酷な奴らだ! とんでもない邪悪! さすがの私でもここまではやらない!

 まあ一撃で仕留めるからだが。


「さ、すがに、これだけ刺したら死んだだろ。な?」

「…………なんでコイツ、刺されたってのにじっと寝てるんだ?」


 はいバレた。

 私はさっさと起き上がると、化け物を見たかのような悲鳴を上げる男と、目を剥いて腰を抜かす女に飛びかかった。




「神よお助けください、神よ……」

「とっととこの気持ち悪いのを解きな、この化け物!」


 影で縛って床に正座させた夫婦二人は、全く正反対な行動を取る。耳を倒し、うつむいて泣きながら神に祈る男。毛を逆立たせ、開き直ったように怒鳴りだす女。

 こいつら、ルゥの寝顔を見ていたかもしれないし、ルゥに触れていたかもしれない……。可能性だけでも許せねえよ……。

 想像だけで怒りが湧いてくるが、でもそのルゥ自身がいつも悪いことを否定していたのを、私はちゃんと覚えている。


「望みを達成するために、暴力を振るってはいけない」

「理由があれば、暴力を振るっていいわけではない」

「決して、暴力を身近においてはいけない」


 ルゥは優くて美しくて誠実で、素晴らしい存在だ。どうしようもない私に、いつも「暴力はよくない」と言い聞かせていた。

 だから私は、社会的に許容されると推測される、しか振るわない!

 こいつらは明らかに悪い奴だ。私を殺そうとしたし、実際に短剣を抜いて攻撃してきた。私が人間だったら即死だった。だからボコボコにした。

 でも、だから殺す、という短絡的な結論は出してはならない。彼らにも事情があるのかもしれないし、それを聞いてあげるのが、きっと正しい、いい事なのだ。(だってルゥならそうする。大正義の化身、我らが光、ルゥ……)


「なぜ僕を殺そうとした?」

「うっせーカス、消えろ!」


 私は私だが今はルゥの顔をしているので、ルゥの顔をした存在が雑魚に罵られているという現実がここにある。耐えられるか……? 現実……!


「だから俺は言ったんだ! 殺すなら旅人じゃなくて、行商人にしようって! こんなただのガキじゃなくてさあ!」

「護衛付けてない行商人がこんなところまで来るはずないだろう!」


 突然の仲間割れ。未知の化け物に捕まったこの状況で、元気いっぱいだ。


「せめて女か老人にしとくべきだったんだ……うっ、うっ……」

「金持ってそうな奴じゃないと意味ないだろう! 情けないね、泣くんじゃない!」

「うーん、二人揃ってここまでとは……」


 ルゥはいい子なので知らないし、知らなくていいし、永久に知らせるつもりもないのだが、世の中にはどうしたって理解し合えない存在がいる。

 それは種族や、言語の問題等ではない。人間にもクズはいっぱいいる。それまでの生育環境で、同じ種の生物でも全く異なる種類のようになってしまうのである。例えば植物も、違う場所に植えると見た目に大きな差が出てくる。

 だからきっと、生きとし生けるものはそういう道理の下にあるのだろう。まあ私は生きてないから、完全には理解できないけど。


「クソガキが……」

「落ち着いてよ! 僕は君達に、話を聞いてほしいだけなんだ!」

「嘘つけ、このガキ」

「次この僕にそのような汚い言葉を使った人間にはお空の綺麗なお星さまになってもらいます」


 クソ雑魚AとB、二人が青ざめつつ静かになったので、小さく咳払いをした。


「さっきも言ったけど、僕は君達を殺さない! ……その代わりに少しだけ、手伝ってほしいんだ」

「ハッ! 死体でも埋めろってか?」

「ぜってーその程度じゃすまねぇよぉ……」

「まさか!」


 私はルゥの顔で、明るい笑顔を浮かべた。


「僕の、正義活動の手伝いさ!!」

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