第9話 復讐系主人公と監督グラニア
道行くは哀れな復讐者だった。可哀想な過去、憎ったらしい敵、友はなく親もいない。故郷はなく一人さまよう、天涯孤独の身。
彼は復讐に身を捧げている。
うーん、完・璧・だッ!!
「グラニアに選ばれし次の主人公は君だ!」
ずぎゃーん。目の前に魔女グラニア颯爽参上!! ――というのに、男は何も言わない。
黒いマントを靡かせ、黙ってくるりと回れ右。以上。
「おい、あなたの物語にこの私が手を貸そうと言って……聞いてるのか!? おい!」
主人公は何も言わない。
いや。初対面のこのときから、今に至るまで、彼が私に話しかけてきたことは一度もない。
私が何を言っても、どれだけまとわり付いても、一切返事をしない。まるで私がいないかのように振る舞っている。
一度戦闘の最中に視界を手で遮ってやったら本気で動揺していたので、見えているのは間違いない。無視しているだけだ。
まあ確かに、舞台上で監督を眺める役者なんていないので、これは間違ってはいないと思う。許容範囲だ。ゆるそう。
なんたって彼は主人公だから!
「今日はどんな悪人を殺すの? どんな復讐に肩入れするの? 誰の悪事を裁くつもりなの?」
「……」
「あ、ほら、あれ言わないの? ――『悪人は皆、例外なく殺されなければならない』。決め台詞は重要」
私の横からの演技指導にも無言。
主人公は何も言わない。いつもと同じ。これはこれで個性的でいいと思う。
いいキャラは重要なはずだ。たぶん。
「……でもルゥならもっと明るいキャラクターの方が好きかも。ううん、彼ならなんだって受け容れてくれる。懐が海より深いから。青空よりも澄んだ心の持ち主だから。はーーールゥは相変わらず『世』……」
私のルゥトークという名の独り言にも無言。
「私のルゥは尊き慈愛と真心の化身。全宇宙を掌握するべきと言い切れる唯一の人間で、人間でありながら人間を超えた存在で――」
無言。
「ルゥはいつだって悪を挫いて弱気を助ける、全世界の悪意と不平等の敵。優しさと誠実さの塊。正義そのもの」
「……」
ぴく、と珍しく反応があった。しかし、今の話のどの部分に反応したのかは分からない。フードを深く被っているので表情も分からない。
まあルゥについての話だから、全人類耳を傾けたくなってしまうのは当然のことだ。
「ルゥトークするか? 初心者にはまだ早い気もするが、まあルゥを尊ぶ心があるという時点で見どころがあるからな。その口で彼のことを語るのを許してやらないこともない」
「……」
「じゃあ私が話すわ。ルゥはいつだって最の高。彼は望めば何もかも手に入るだろうにそれをしない。彼は足る心を知っているから。故に彼は全てを手にしていると言える。それでいて優しさと誠実さを忘れない。一にして全。愛であり誠」
返答は一切ない。反応も。人の形をした壁に向かって話しかけているみたいだが、壁よりも話しかけている感があって丁度いい。
「…………彼は、いつだって正しい」
囁くと、主人公はちらりと私を一瞥する。
この男は『正義』に反応している。
この主人公の男は、悪い悪ーい盗賊に村を焼かれた、哀れな被害者だ。体には一生治らない火傷のあとがある。それよりも酷いのは心に負った深い傷だ。復讐という目的がなければ、彼はとっくに死んでいただろう。
私にはそれが手に取るように分かる。なかなか見かけない、哀れさと鮮烈さを併せ持った人間!(※哀れなだけの奴なんて、その辺にいっぱいいる。)
きっとルゥも、彼の事情を知れば彼に味方するはず。
だから私が、この苛烈な復讐者に味方しても問題はない。……まあ私はほとんど眺めているだけだけど。
なぜなら彼は、何も必要としていないから。
「復讐してほしい」
赤毛の子どもが俯いて、主人公にそう訴える。
復讐者として、彼はこうして依頼を受けている。無辜の民、踏み躙られた弱者の味方。どこからか噂を聞きつけた人間は、こうして彼に縋ろうとする。
「姉さんを傷付けた奴ら全員、酷い目に遭わせてやりたいんだ。もう誰かはわかってる。そいつらを、僕らの代わりにやっつけてよ」
子どもはくしゃくしゃにくたびれた紙幣を取り出す。手のひらいっぱいに乗せられたそれに、主人公は無言のまま視線を落とす。
「お金ならあるから……」
一瞬の間のあと、主人公はゆっくりと頷く。そして子どもが顔を輝かせるのを見届けると、金を受け取らず踵を返す。いいねー。
何をどう判断しているのかは全く分からないが、彼は哀れなだけの被害者を瞬時に見抜く。彼が間違えたところを、私は見たことがない。
正しき依頼人を見抜く力。その力がどこから湧いてきているのか、私にも分からない。まあ、知りたいとも思わないが。だってルゥに関係ないので。
ただその能力だけは素晴らしい! 主人公が働けば働くほど、この世の悪が消える。その分、世界が正義に近づく。ルゥにとっていいことだ。
「ゆ、許しっ……ぎゃああああああ!」
「うわあああああ!! 助け、助け――ぐうっ」
彼の復讐はまさしく苛烈だ。
私の主人公は、いわゆる子供には見せられない残酷描写を撒き散らしていく。ジャンルでいうならスプラッター多めのバトル・アクション。若干ホラー要素ありのやつ。この前の殺人蜘蛛とコラボしても、あんまり違和感ないタイプ。
というか、ルゥにも見せられないなこれ。汚いし。
「汚いものを見たあとは、ルゥの話がいい。ルゥは全てが綺麗。可愛くて美しい。生きているだけで浄化、生きていることに感謝」
無言。無言の壁に色んな表現をぶつけていくのは、まあ正直結構楽しい。
私は主人公が、私の話を聞いていることを知っている。それを証明するのは簡単だ。
「……しょうがないから、今日もルゥの正義の話をしてあげる」
ほら、こう言うだけで、主人公はあっさり私の方を見る。ルゥの正義という一面にしか注目できないのは、正直まだまだだと言わざるを得ない。しかし、ルゥの話に耳を傾ける姿勢は悪くない。
「そう、これは今朝の話なんだけど――」
それから私は半日以上、ルゥ語りを続けた。それを無表情のまま聞いていた主人公。
不思議……。こんなにも長くあのルゥの話を聞いて、無表情でいられるなんて……。
表情筋壊れてるのか? これもう一生表情変わらないんじゃない?
なんて思っていた彼が、初めてむき出しの感情を見せたのは、
「や、やめ、あ、ああああああああ!」
なんか路地裏にいた人間を一体、無惨になぶり殺したときだった。依頼もなく人を殺したのを見たのは初めてだったが、生き生きしていた。
返り血のなかで、いつもは死んでいる目を爛々と輝かせていた。発散された激情から、肩で大きく息をしていた。死体を蹴飛ばし、それが完全に動かないことを確認してから、彼は三日月のように口をつりあげた。
「ねえ主人公。それ、手伝ってあげようか」
いつもどおり返事はなかった。が、私には分かっていた。今、主人公が殺したのは、彼の復讐相手のうちの一人。
「あなたの物語に、私が手を貸す。最初にそう言ったのを覚えているな? どうやらこれが、あなたの物語らしいから、……聞いてる?」
返事は必要なかった。
主人公が、私のことを見た。
私にはそれだけで十分だった。
そして、主人公の
「あの花屋の男。足を洗ったみたいだけど、今も昔を思い出して手がうずうずしている。あ、今客の財布を狙った。これは後で殺して奪うわ」
「あの行商人。馬車の積荷に盗品がある。貴方の故郷のものも、もしかしたらあるかもね。あ、人間も商品に混ざってるみたい」
「そこの屋敷の使用人。主人の話を盗み聞きして、いい話を探るのが仕事だって。ある意味、こいつが諸悪の根源みたいなところあるわね」
私は主人公を、敵のもとに導いてやる。
舞台を用意して、演技指導して。このときだけは、主人公も私の言うことをきく。私の有用さを認めたらしい。
たまに私に視線を寄越したり、いつもより私の話に耳を傾けている雰囲気もみせる。大進歩――だがそれだけだ。
主人公は、あいかわらず何も話さなかった。ただ着々と復讐を遂げていく。
私の指示に従う彼は、決して間違えない。寧ろこの私よりも、相手に早く気付くときさえある。人間の反応速度じゃない。まるで復讐する相手を全員、完璧に理解しているみたいだ。村を焼かれたとき、顔を見たのだろうか。それとも、私に出会う前から調べはついていたのか。まあどうでもいいことだ。
そして最後の一人。人間の皮を剥ぐのが趣味な悪徳金貸しを殺し、主人公の復讐は終わった。
「終わったわねえ」
薄汚い物置小屋で転がる死体。見下ろす主人公。
これにて目標達成! 幕引き、拍手、喝采!
……でも正直どこか呆気ないというか、味気ないというか……。自分で場を整えすぎたせいか、蜘蛛のときほどの感動はない。
まあ感動よりも、悪が少しでも減ったことを喜ぼう。正義の勝利に変わりはない。うん。回り回って、いつかルゥのためになる日もくるだろう。
「これからも悪を倒していくの?」
「……」
「私の有用性が分かった? 私の言うことを聞けば、貴方はもっと簡単に悪を潰せる。そして私は貴方に、この世の悪を裁き続ける
「……」
「だからこれからはもっと私の言うことを聞いて――どんどん皆の復讐に肩入れして、どんどん悪を裁いて、どんどん世の中を良くしていきましょ!」
「動くな!!」
ばーんと開けられたドア。隙なく構えられた槍。
登場したのは先程殺した敵の部下、ではない。
「武器をおろせ! 暴れるな!」
「うっ、ひどい殺し方を……」
「もう逃げられないぞ!」
この街の治安隊員三名と、
「ああ、ルゥ! 私のルゥ! 正しさの化身! 正義と光の体現者!」
ルゥ!!!! あとクレト。
なぜかルゥ含めた五人全員が、無言のまま武器を構えている。どう考えても、この私の主人公と敵対している。
……まあ、事情を知らなければそうなるか。
ほら事情を話しなさい、と私は影の中から主人公を小突く。
事情を話せば、ルゥはきっと分かってくれる。あなたが正しい行いをしていること、どれほど哀れな存在であるかということ。ルゥは理解し、受け容れ、そして共に歩もうとしてくれる。同じ方向を見ようとしてくれる。
だから、ほら――
私の囁きを聞いて、主人公は武器を投げ捨てた。なるほど、ルゥに話しかけるための選択肢として、その行いは素晴らしく正解だ。なんであれ、無力な相手の言葉に、ルゥが耳を傾けないはずがないためだ。
しかし、私の予想に反して、主人公は何も言わなかった。両手をあげて、されるがまま。戸惑うルゥをよそに、クレトの手であっという間に捕縛された。文句も言い訳も何もない。
つぶやいたのはただ一言。私にしか聞こえない声で、あるいは私に聞かせるためだけにその声を発した。
「悪人は皆、例外なく殺されなければならない」
なので自分も殺されなければならない、と言うのであった。
「よくもまあ、全部台無しにしてくれたわね」
主人公は処刑台に上がっている。後ろ手に縛られ、ただひたすらに無言のままである。相変わらずだ。
ついため息がこぼれる。自分の事情一つ説明しない彼は、むしろ自分にとって不利な証言だけして、あっさりと死刑を勝ち取ったのだった。わけがわからない。いや、むしろ分かりやすいのか?
周りでは、見物人どもが喚いている。人間がこれだけ揃って並んでしまうと、私にはもうあまり顔の区別がつかなくなってくる。まあルゥはもうこの街を去ったし、区別する必要もないのだけれど。
私のすぐ後ろでは、顔も体格も分からないように着込んだ処刑人が、パフォーマンスのように斧を研いでいる。
最期のとき、強引に跪かされても主人公は何も答えない。顔色一つ変えずに黙っている。
「最後に一つ聞かせて」
そこでやっと、主人公の視線が私に向けられた。
「これってハッピーエンド? それともバッドエンド?」
物語の締めだが、ここでどう感情を持っていくべきなのかが分からない。絵本みたいに単純な終わりじゃないし、私が描いていたストーリーともだいぶ違ってしまったし、私にはそれが判断できなかった。
彼は跪かされたまま、そこで、初めて笑った。
「知るかばけもの」
「はあ?」
「これは、私の物語だ」
斧がひらめく。歓声があがる。
こうして青い空のもと、一人の男が処刑された。
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