第8話 恐怖!殺人蜘蛛の山!3

「さあ、蜘蛛さん! こっちにいらっしゃい!」

「そうだ、来い! 僕は恐れないぞ!」


 大蜘蛛を先導するように逃げるサムとマリア。二人は蜘蛛をあの小屋まで連れていく、言わば囮役。

 私は蜘蛛を後ろから追いたてつつ、二人をサポートする役割。

 正直、囮とかいなくても私が後ろから追いかけるだけで十分だけど……。

 逆に蜘蛛が必死で私から逃げるから、サムとマリアを轢かないように調整する方が面倒だ。脚を引っ掛けたり、追うのをやめてみたり、殺気を飛ばして脅したり。できる職人は忙しい。


「小屋が見えてきたわ! サム!」

「ああ!」


 サムはマリアを追い抜き、小屋の方へと走っていく。待ち構えているライアンとメグに合図を伝え、火を放つ準備をするためだ。

 蜘蛛を小屋のなかに押し込んだあと、火打ち石で四方から火を放つ作戦である。空気は乾いている。よく燃える素材も、ライアンとメグが準備を済ませているはず。小屋の窓にも、割って逃げられないよう板を打ち付けた。

 うまくいかないはずがない!(フラグ)


「……まあ、なんてこと!」


 やっと小屋の前で辿り着いたマリア。後は蜘蛛を中におびき寄せるよう、動くだけ――なのに、足を止めたかと思えば、悲鳴をあげた。


「みんな聞いて! 小屋の入り口が小さすぎて、この蜘蛛では中に入れないわ!!」

「なんだって!?」

「そこは盲点だったわね……」


 なんだそのクソみたいなオチ。

 私は、四人にバレないように蜘蛛の足を大地に縛りつけ、唖然とした。正直ガッカリだったし、なんと言うか、ひどく残念だ。

 せっかく人間の力ってやつを見せてもらえたと思ったのに……。


「……まだよ! まだ諦めないわ! メグ、サム! ライアンの丸太を使って、三人であの小屋のドア周りの壁を叩き壊して!」

「ま、待ってくれマリア! 君はどうするんだ?」

「私があの蜘蛛を引きつける。囮になるわ!」

「だめよマリア、危険過ぎる!」

「そうだぜ、別の方法を探そう。……おいサム、お前も何か言えよ!」


 何か言いたげにマリアを見つめるサム。サムを見つめ返すマリア。しばらくの沈黙。

 やがて彼らは、ほぼ同じタイミングで口角を緩めた。二人はこの危機的状況を前に、微笑んでいたのである!


「ありがとう、サム」

「いいんだよマリア。僕は君を、信じてる」

「おいおいまさか……」

「いくぞ、ライアン、メグ! その丸太で、僕らは僕らのやるべきことをしよう!」

「そんな、マリアは……」

「彼女は彼女のやるべきことをする。それだけだ。……僕は、彼女のことを信じている」


 力強く、どこか凛々しく見える顔で微笑むサム。おいおいマジかよ、と騒ぐライアン。心配そうにマリアを見つめるメグ――彼ら三人の視線のなかで、マリアは輝くような笑顔をみせた。

 よし主演はマリアだ。決定!


「ありがとう、サム! 私、絶対に負けないわ。あなたのもとに戻ってくる! ――さあ、行きましょう、キキキさん!」

「!?」


 観客気分だったので、急に声をかけられてびっくりした。顔隠しててよかった。

 マリアは蜘蛛を翻弄し、時間を稼いだ。主演らしく堂々とした逃げっぷりだった。

 ただ蜘蛛はマリアを追わず、ひたすら私から逃げるように動くので、若干変な空気になりそうになったが、そこは私がカバーした。普段からルゥ(とおまけにクレト)の為にせっせと舞台を整え続けてきた経験が活きた。さすが私。そんじょそこらの雑魚とは年季が違う。


「マリア! 準備ができたよ!!」

「サム、信じてたわ! さあキキキさん、戻りましょう!」

 

 駆け寄ってきたサムが、マリアの手を取る。手を取り合った恋人二人は、恐ろしい敵を退治するために森を駆けていく。

 偶然だけどなかなかいい画だ。暗い森の中だが、私の目にはばっちり映っている。死を覚悟し、恐怖を乗り越えていく人間。いいね! 悪くない!

 しかし駆けていく二人は画になる。これ、踊らせてもいいかもな……。いや振り付けはどうする? 蜘蛛に襲われているときの逃げ惑いっぷりが参考になるか?

 ま、それは今はいいか。


「キキキキキ…!(ほらお前も逃げろ逃げろ、この私という死に追いつかれるまで!)」 


 私が襲いかかる素振りをみせると、蜘蛛はものすごい勢いで逃げ出した。そして、一目散に小屋のなかに飛び込んでいった。私から逃げたい(隠れたい?)一心らしい。

 その惨めさに、ルゥだったら可哀想、って言ってるかもしれない。だけど既に、人間を何人も消している。村人、旅人、行商人。それぞれの味を覚えて、襲い方を学んでいる。

 あいつと人間は、共生できない。そして今回勝ったのは人間だ。


「よし、誘導がうまくいったね!」

「早く小屋を!」


 小屋を書こう草藁に、火がつく。火打ち石程度じゃ、小屋は一気に燃え上がらない。そう思ったが、火はたちまち壁を這い上がり広がっていく。

 おそらく蜘蛛的な魔物の、断末魔があがる。怯えたように震えたサムの肩を、マリアが優しく抱き寄せた。


「落ち着いて、サム。私達の勝利よ」

「ああ、分かってる。でもなんだろう、なんていうか……」

「……分かるわ。私も、同じ気持ちよ」

「マリア……」

「帰りましょう、サム。私達の村へ」


 微笑むマリア。最後は全部マリアが持っていったな。やっぱり今回の主人公決定!


「そうだね、帰ろう、僕らの村へ! キキキさんもよかったらぜひ、……キキキさん?」


 ここで彼らの物語はおしまい。

 そして、私の手伝いも。

「(うーん。もしかしたら私、物語を組み立てる才能があるのかもしれない……!)」

 監督?とか、そういうの。

 これは新しい発見で、気付きだ。ひらめき、と人は言うのかもしれない。

 それを彼らが教えてくれた――


「おーい、キキキさーん!」

「お礼も言わせてくれないなんて、ひどいわー!」

「挨拶くらいさせてくれよー!」


 わーわー騒ぐ四人。小屋の煙と、その声に気付いたルゥとクレトが現れる。

 あとは皆で村に帰ってハッピーエンド。


「ありがとう」


 はじめて、ルゥ以外の個に感謝した。

 私はもっと、ルゥの助けになれるかもしれない。もっとうまく彼の邪魔を排除し、彼に喜びを与え、彼を変化から守ることができる――。


「私はもっともっと、ルゥのためになれるのかもしれない!」

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