第7話 恐怖!殺人蜘蛛の山!2

「いや! 来ないでえ!!」


 枕を振り回し、窓から顔をつっこんでいる大蜘蛛を牽制するメグ。ライアンは椅子を頭上に振り上げて、大蜘蛛に一撃をいれる隙を見計らっている。時たまメグを庇うように蜘蛛の注意を引きつけるのも忘れない。

 さすが兄妹。会話と同じく、戦闘でもいい連携が取れている。


「二人とも、無事かい!?」

「サム!? ちくしょうこいつ、こんな所にまで来やがったぜ!」

「行こう、キキキさん!」


 サムは勇敢にも、メグの前に飛び出した。私もそれに付いていく。

 そしてとりあえず、ポーズとして拳を振りかぶってみせた瞬間、大蜘蛛は私のことを思い出したのだろう。窓から転がり落ちるようにして逃げていった。

 虫であっても、痛みは記憶によく刷り込まれるらしい。なるほど。


「に、逃げてったか……はは……」


 へたり込むライアンとメグ。はあ、と誰かの安堵の溜息とともに、張り詰めていた空気が緩んだ。


「助かったよサム、それにキキキさん……さっきは酷いことを言ってすまなかった」

「キキキキキ……」

「いいよ、ライアン。僕こそ、君の気持ちも考えずに悪いことを言った。ごめんね……」

「いや、サム。お前は正しかった。救援なんて待っている余裕はない。俺達は、今すぐにでもここから逃げる必要がある」

「ライアン……。いや、分かってなかったのは僕も同じさ。僕達の戦力じゃ、あの大蜘蛛から逃げて、村まで辿り着けるかどうか……。あれと対峙して、やっとそれが分かったよ」


 やっと分かり合えた友人、サムとライアン。しかし彼らの前に、またしても壁が立ち塞がろうとしていた!

(これが青春ってやつか?)

 部屋に落ちる沈黙。希望が絶望に変わる落差、そこで沈まず立ち上がれるのが人間の強さだ!


「――つまり、武器があればいいのよね?」

「マリア……?」


 全員の注目のなか、マリアは高らかに声を上げる。


「私達で用意すればいいのよ。最強の武器を!」


 私は内心ぱちぱちと拍手した。ちょっとしたお芝居でも見てる気分だった。つい応援したくなってしまう。

 がんばれ!! 人間!!!




「スコップなら私も使ったことがあるから……」


 メグ。構えがやけに様になっている。


「俺は裏に置いてあった丸太を担いできた。細めの丸太があってよかったぜ」


 ライアン。他になかった?


「左手に火かき棒! 右手にナタ! これでやつを倒す!」


 サム。なんだろう、なんか……こいつはすぐ負けそう。


「火打ち石。最悪森を焼くわ!」

「だめだよマリア!」


 こいつ……。


「キキキさんは武器は使わないのか? 俺の丸太で良ければ貸すが」


 ライアンは恐らく善意で申し出てくれているんだろうけど、正直一番要らん。

 すると、サムが横から助け船を出してくれた。でもこいつの助け船って泥舟っぽい雰囲気があると思う。


「ライアン、キキキさんは素手で戦うんからいいんだよ! 僕達を助けてくれたときも、武器なんて持ってなかったんだから」

「大丈夫なのか……?」

「仮面をつけてるんだよ? 弱いはずない」

「それはどうかな?」


 サムとライアンは益のない会話をし始めた。


「マリア、あなたは本当に素手でいいの……?」

「どうせサムがすぐにどっちかの武器を落とすと思うから、それを使うわ。彼、そこまで握力ないもの」

「確かにね」


 メグはあっさりと頷いた。

 のん気なマリアとサムだが、メグとライアンの兄妹とはまた違った形で分かり合っているらしい。


「皆、準備はできたわね! 行くわよ!」


 マリアの勇ましい掛け声に、三人が応える。

 私もワクワクしてきた。大蜘蛛対村人四人の堂々対決が今始まる!

 本番はここからだ!


――しかし浮かれる私はこのときまだ気付いていなかった。致命的なミスに!


「蜘蛛、来ないわね……」


 そう!! あの大蜘蛛が来ないのである!!

 山道を行けど行けど、時折風が梢を揺らすだけだ。夜の闇から何かが忍び寄る気配すらない。

 静寂しじまの夜闇に四人は拍子抜けというよりも戸惑いを見せていた。

 蜘蛛はおそらく、というか確実に私に怯えている。何度も私に近寄ってくるほど、あの蜘蛛も愚かではないらしい。

 しかし、その程度で諦める私ではない!

 粘り強さと忍耐強さにはちょっと自信がある。ルゥにも以前、まっすぐな笑顔で褒めてもらったことがある、私の長所だ。

 ルゥは側にいなくても、いつでも私を導いてくれる……。


「キキキキキ……」

「あら、どうしたの?」

「キキキキキ……」


 ちょっとトイレ。そう伝えて、私は全速力でその場から離れた。


「あいつどうしたんだ!? なんて言ってた!?」

「ちょっとお手洗いですって」

「よく分かったな!?」

「こんな場所で単独行動なんて……さすがキキキさん! 勇気があるなあ」


 待っててくれみんな! すぐにあの蜘蛛を見つけ出して、引っ張ってでも此処に連れてくるから!


 そんな私の熱意もよそに、例の蜘蛛はなんと、ルゥとクレトとの戦闘に入っていた。マリアとサムを食べそこねたので、二人を食べようとしたらしい。人間を食べることへの熱意がすごい。

 ルゥを狙った罪で、普段なら即! 極刑に処しているところだが、私がボコボコにしておいたため、弱った蜘蛛は全く二人の敵ではなかった。

 ルゥはきっとこの蜘蛛を退治するだろうし、あの四人は何事もなく山を下りるだろう。何もしなかった村人は、四人が無事に帰ってきたことに安堵し、ルゥとクレトに感謝するのだ。

 普段の私なら、このままルゥを影から見守るだけだろう。

 だけど今回は、そうじゃない道が見えている!


(あのただの村人である四人が、自力で蜘蛛を倒し、村に帰還する――)


 マリア、サム、ライアン、メグ。ごく普通の若者四人の帰還に村人らは驚き、そして学ぶだろう。自分たちの力でも、危険に立ち向かうことができるのだ、ということを。

 通りすがりの年若い少年らに危険を押し付けるのではない。彼ら自身が戦うのだ。


(素晴らしいエンディング。こうして世界はまた少しルゥのために善くなっていく! そう――こういう方向性もあり! あり!!! ありぃ!!!!)


 私は今まで、ルゥを戦わせないようあらゆる手を尽くしてきた――と思っていたが、違った。まさに新境地。この年になってまさかの新しい発見! 世界が変われば、ルゥが戦う必要もなくなっていく! ルゥのために、私にはまだできることがある!


「待っててね、ルゥ!」


 落ち葉を巻き上げる風を吹かせて、ルゥとクレトの視界を一瞬だけ奪う。一瞬でいい。私と戦ったときと同じ、相変わらず逃げ足の速い蜘蛛は、その隙をついて全速力で逃走する。追おうとするクレトの足を影で引っかけて転ばせてしまえば、優しいルゥは蜘蛛を追う足を鈍らせる。それで十分。

 あとは私に怯える蜘蛛の前に姿を現して、彼ら四人のもとに追い立てるだだ。


「あっうわあああ!? 本当に来たあああ!!」

「落ち着けサム! 見ろ、あの蜘蛛弱ってるみたいだ……」

「さすがキキキさんね。一人であそこまで弱らせたのよ!」

「よよよよし、こ、ここで迎え撃つぞ!」


 それぞれが武器を構えた(マリアはサムが取り落したらしいナタを装備している)ところに、蜘蛛が突っ込んでいく。

 さあ、物語も山場に突入――


「ぐわあああっ!」

「きゃああああっ!?」


 弱っ!!!

 驚いた。村人四人はあっさり蜘蛛に蹴散らされた。いやほんとウッソだろ、弱いにもほどがある。いや、ただの村人なんて所詮この程度なのか?

 私が四人の前に立ちふさがると、蜘蛛は怯えたように退いていく。


「助かったぜ、キキキさん!」

「次は私達の番よ!」


 高らかに宣言したマリアとともに皆で突っ込んでいくが、やっぱり弱い。


「ぐわあああっ!」

「きゃああああっ!?」


 それさっき見た。

 弱いからって諦めずに立ち向かうのは、本当に素晴らしいことだと思う。うん。ウーン……。


「ああ、駄目だわ。私達じゃあいつに敵わない!」

「キキキさんの攻撃も致命傷にはならないみたいだ。クソッ、どうしたら……」

「くっ……」


 苦々しい顔、声。とうとう無言になった私をよそに、四人は勝手に話を進めていく。


「森を焼きましょう。それしかないわ!」

「その案はもうちょっと意見を出し合ってからにしてほしかったよ、マリア……」

「ううん、いけるかもしれないわ」

「メグ!? お前までマリアみたいになっちまったのか!?」

「ちょっとライアン、どういう意味よ?」

「落ち着いて、二人とも。……あの小屋よ。蜘蛛をあの小屋に閉じ込めて、火を放てばいいの。周囲の木は伐採されているし、側には川も流れている。もうそれしか方法はないわ……!」


 メグが! メグが突如参謀として覚醒した!

 彼女の冷静かつ力強い声に、三人は押し黙る。私も本当に驚いてしまって、声も出せないほどだった。

 いや本当にそれしか方法ないかな? というのはともかく。まさか、こんな案が出てくるとは予想もしてなかった。


「……ねえ、キキキさんはどう思う?」

「やめろ。声も出せないくらい疲れてるんだ」

「僕達を守るために……キキキさん……」


 くっ、と言葉にならない声とともにサムが俯く。一拍置いて顔を上げた彼の表情は、決意の表れに凛々しく引き締まっていた。


「分かったよメグ、僕はその作戦に乗るよ!」

「おいサム!」

「このままじゃ、僕らの為に戦ってくれた、旅人のキキキさんまでアイツにやられてしまう。僕らはここの人間だ。戦わないと!」

「……確かにそうね」

「マリアまで!」

「このまま、やられっぱなしじゃいられないわ! 私達だって、やれば出来るってところ見せてやらなくちゃ!」


 ほっと安堵したように目を輝かせるメグ。その視線は、サムとマリアとともに、ただ一人困惑した顔のライアンに注がれる。

 妹と幼馴染二人という、ほっておけない三人に囲まれたライアンの決断は早かった。


「あーくそっ、俺だけやらないってわけにはいかないだろ!」

「お兄ちゃん!」

「ライアン!」

「村人の意地ってもんを、あの化け物に見せてやるぜ!!」


 なんかちょっと本当に感動してきた……。

 人間には、自分達の力で立ち上がる意志みたいなのがある。それ自体が力である。強制されたものではない、人間そのものの力。

 そのへんが、私みたいなヤツや動物、人形など、そういうのとは違うところだろうか。

――彼らには、自ら困難を切り開く力が、困難の先へと進む力がある。

 私はそれを、見届けたいと思った。彼らの進む先を。私には無いものを。


「キキキキキ……!」

「キキキさんも手伝ってくれるのね?」

「よかった。キキキさんがいれば百人力だな!」

「――行きましょう。私達であの蜘蛛を退治するのよ!」


 応!!

 マリアを先頭に、それぞれが武器を構える。颯爽と山を進む私達五人に、恐れるものは無い。

 蜘蛛退治もそろそろエンディングだ!!

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