第6話 恐怖!殺人蜘蛛の山!1
「サム、そろそろ山小屋に帰りましょう。皆待ってるわ」
「そうだね、マリア。乾いた枝も拾えたことだし……」
山の中、枝の束を抱いたサムがそう言いながら振り返ると、先程までいたはずの恋人マリアがいなくなっていた。
ざあっと不安を煽る風が吹き、色とりどりの落ち葉を散らしていく。
鳥一つ鳴かぬ静かな森の中、サムは思わず声を上げた。
「マリア? マリア! どこだい? マリア――」
「ばあっ」
「うわあ!!」
一際大きな木の影から飛び出してきマリアに、思わず情けない悲鳴を上げたサム。そんな恋人の姿に、マリアは金の髪を揺らして、悪戯っぽく笑う。
「ふふ、引っかかったー」
「もう、驚かさないでくれよ!」
「ごめんなさい。そんなに驚くとは思ってなくて……やっぱり、あの噂を気にしてるんでしょ? 本当に怖がりなんだから! 気にしなくていいのよ、あんなくだらない噂話! だから――」
何気なく振り向いたマリアだが、そこにはサムの姿はない。去っていく足音なんて聞こえなかったはずなのに。
「サム? サム、どこなの?」
一瞬不安に駆られたマリアだが、先程のことを思い出し、なるほどとばかりに微笑んだ。
「もう、サムったら。私のこと驚かそうとしてるんでしょ? 分かってるんだから!」
明るく話しかけながら、マリアは自分が身を隠していた、大きく太い木の幹に近付いていく。先程彼を驚かしたみたいに、マリアはぱっと木の陰を覗き込んだ。
「人が隠れられるのなんて、ここくらいだもの――、っ」
その目が見開かれ、震える唇が、彼女のわななく両手に覆われた。ふらつく足取りで、怯えたように一歩後退する――目の前の光景が、現実として脳裏に刻まれた瞬間。
森の静寂を、甲高い悲鳴が引き裂いた。
「キャアアアアアアッ!!!」
「マリア達四人がどこにいるか知らないかい? 山に出かけたっきり帰ってこないんだと!」
「全員? 若い奴らだし、遊んでるのさ」
「でも他の奴らはともかく、メグは夕飯までには帰ってくるって言ってたらしいぜ」
「あのメグが? ううん、それは確かにおかしいが……」
「四人の身に何か起こったのかもな……」
小さな村での噂話は、あっという間に広がっていく。
さすがの私も感心する勢い。ほんとすごい。人間という繊細な生物が、よくこんな世界を形作るものだと不思議に思う。なぜ自分達で自分達を生きづらくするのか。それとも、このような世界のほうが生きやすいからそうしているのか?
「お前のとこの息子が、うちの娘を誑かしたんだろう!?」
「なんだって? それを言うなら、あんたの娘がうちのサムに――」
親同士は喧々囂々。普段は静かで穏やかな村が、日の暮れたあとも松明を掲げて騒がしい。
そんな騒ぎに居合わせてしまった、愛と優しさを体現せし少年ルゥはもちろん、
「もしよろしければ、僕と彼で調査に行きましょう」
「はいはい、やっぱこうなるよなあ……。ま、元々そのために来たんだけどさ」
「そのため、とは?」
「この辺りで最近旅人が失踪しているみたいで。その噂の調査に来たんです」
「旅人……ですか。そういえば、毎年来る行商人が来ないと、皆で話し合っていたんですが……」
と、ルゥとクレトは村人からの聞き込みを始めた。四人の捜索も必要なため手早く、慎重に話を聞いている。
「さすがルゥは心優しいだけではない全知全能たる存在。麗しの正義の執行者、黄金に輝く精神の持ち主」
最近ルゥに捧げる詩をしたためることにハマっているから、ついつい讃える言葉にも装飾が増えてしまう。
言葉では言い表せない存在。言葉をどれだけ尽くしても足りない存在。それがルゥ――。
貴方が生きているだけで、今日も世界に虹がかかる。
「(つまりルゥ=大自然じゃん……)」
「分かりました。どちらにしても、山に入ってみないことには何も分かりませんね」
「さすが勇者様! お願いします!」
虹の下の汚泥はあからさまな人任せ。お前らのとこの村人だろ! 心配なら自力で探すなりなんなりしろよ! もっと協力しろよ! ぶん投げるなよ!
(やはりこの世界はルゥを唯一神として統一された方がいいな……)
当然のことを改めて確信した。
でも唯一神として君臨するルゥって、ルゥの素晴らしさを考えると当然のことなんだけど、ルゥ自身はそういうのを望んでないだろうし、ルゥの望み・ルゥの幸せこそがこの世で最も重要なことだし、そこでちょっと矛盾してしまう。
私としてもちょっと唯一神ルゥは解釈違いになるかもしれない。か弱さと可愛さより尊さと美しさに寄ってしまっているというか。ルゥの繊細なバランスが失われてしまうというか。でもだからこそ見てみたいというか。……くそっ! ルゥ学はあまりにも奥が深い……!
「というわけで魔女グラニア in 山」
山に来た。
夜の山って不気味とか怖いって評価たまに聞くけど、夜行性の虫や動物が活き活きしてて、昼と変わらないくらい生命力感じる。やかましいくらい元気。
特に、私に向かって、物凄い勢いでがさがさ突っ込んでくるやつの足音。すごい元気。というか純粋にうるさい! 足何本あるんだってくらい、がさがさと木の葉を撒き散らす音がする。
「寄るな」
襲いかかってきた奴の顎を、グーで殴りつけた。飛んでいった巨体が、仰向けにひっくり返って落ち葉や砂煙を巻き上げた。柔らかそうな黒い腹、毛に覆われた長い多脚。いくつもある赤色の丸い目。……蜘蛛にしては脚がムキムキで筋肉質な気もするが、とりあえず蜘蛛と呼んでおく。
既に目を回しているらしく、超巨大蜘蛛はピクリともしない。
完!!
いや完ではない。
生物の――人間の気配に上を見れば、白い大きな繭(らしきもの)が二つ、この森で最も太いだろう木の枝にぶら下がっている。
ちょうど、人間一人がすっぽり収まるサイズの繭が二つ。
なるほど。
「本当に助かりました、ありがとうございます。――ほらサム、しっかりして!」
「あ、ああ、マリア。ごめん、まだぼんやりしてて……すいません、ありがとうございました!」
地面に置いた繭(というより、蜘蛛糸の塊)を割くと、下の村で行方不明と騒がれてた人間が閉じ込められていた。どちらも、蜘蛛の怪物に襲われてからの記憶が無いという。
二人はあの蜘蛛の餌になる予定だったのだろう。私が二人を助け出している間に逃げていった、あの蜘蛛の情けない後ろ姿を思い出す。
「ところで
どこからどう情報が漏れるかも分からない世の中。そしてあの、物凄い勢いで噂が駆け巡る村――万が一に備えて、私は素性を隠す必要があることを理解した。
顔全体を覆う仮面のような黒い兜を被り、黒い鎧を着込み、これでいつ誰に姿を見られても安心。
後は声を発さなければ、ルゥに私の正体が露見する可能性はゼロ! 声や言葉ではない、ただの
口笛で冷やかしたり、舌打ちで威嚇したり。私も、それを真似すればいい。
「キキキキキキ……」
「外国の……旅の方かしら? お名前は、ええっと、私、マリア。で、こっちはサムよ」
「僕、サム。彼女はマリア。よろしくね」
音コミュニケーション作戦成功。
二人とも、手振りを添えて丁寧に自己紹介してくれた。私は握手でそれに応える。
「よろしくね! ええと、あなたは……キキキさん?」
「キッキさんじゃないかな?」
マリアとサムは話し合った結果、当然のようにマリアの意見が採用された。
でもそこはどっちでもいいだろ。
「ねえキキキさん。私、友達が心配なの。きっとまだ山小屋にいるはずだわ。よければ一緒に、助けに行ってくれないかしら?」
「キキキキキキ……」
頷くと、マリアとサムは顔を輝かせた。
キャラを練る時間が足りなかったかなーと思ったけど、この二人なら大丈夫そうだ。
というかこの二人の単純さの方が心配になってきた。色々と。
マリアとサムの案内で、山腹の小汚い山小屋に着いた。開けた場所にあって、周囲の木は切られて整備されていた。
「みんな、無事だった!?」
「マリア! 貴女こそ無事だったのね!」
「ううん、私達も危なかったわ。蜘蛛の化け物に襲われて……」
「おいおい、よく無事だったな」
「旅の方が、私とサムを助けて下さったのよ!」
「なんだって!? 天の助けじゃないか! その人は何処に、」
黒鉄の兜に鎧を着込んだ大男(※私)を見て、調子の良さそうな青年は固まった。
隣りにいる、マリアの友人らしき少女も固まった。
「……大丈夫…………?」
「ああ、キキキさんのお陰で傷一つ負わなかった!」
「そうじゃなくて」
「そうそう、キキキさんは外国の方だから、話すときはゆっくりで頼むよ」
「少し……個性的な格好をしているのね……?」
「海外の方らしいからね!」
「そういう問題か? なあ、俺らがおかしいのか?」
おかしいのはマリアとサムだから、お調子者っぽい野郎は元気を出してほしい。
山小屋の中は、外見通りの粗末さだった。一応二階建てになっていて、猟や山菜採りの休憩場所兼宿泊場所になっているらしい。
マリアとサムの能天気カップルと、ライアンとメグのしっかり者兄妹の四人は、昼間からこの山小屋に遊びに来ていた。遊び、といっても、食料にするための魚や山菜を採取するのが主目的。「焼き芋でもしよう!」と浮かれ気分だったのはサムだけだったらしい。
しかし、全く魚が釣れない。獣の気配もない。不気味に感じたが、むしろこれ幸いとキノコや山菜を採取して。ついでにサムの強い要望通り焼き芋をして、日暮れまでに帰ろうとしていたのだが。
「焚き火のために、僕とマリアで枝を集めてたら、あの蜘蛛の化け物に襲われたんだ。何があったのか、あんまり覚えてないけど……キキキさんがいなければ、僕達は死んでいたかもしれない」
「ええ。焼き芋なんてしたがったサムのせいだわ……」
「ごめん……」
責められて落ち込むサムを無視して、ライアンとメグは自分たちに何があったのかを説明し始めた。
「俺とメグは、サムとマリアを待ってたんだ。枝を集めてるだけにしては二人の帰りが遅いから、大声で二人を呼んだんだ。そしたら……そしたら……!」
「黒い、大きな蜘蛛の化け物! あいつが私達に襲いかかってきたの! ああおぞましい!」
「俺達は慌てて小屋に逃げ帰った。しばらくはあいつの気配を感じて、中でじっとしていた。――気配がなくなっても、とても外に出る気にはならなかったけどな」
「そしたら二人が無事に戻ってきたの。よかったわ。本当に、本当によかった……」
涙ぐむメグに、感極まったマリアが抱きついた。
いい話だ。というか、説明におけるライアンとメグ兄妹の連携が凄い。拍手でもしてあげたいくらい凄い。
「――あの大蜘蛛が外にいる限り、俺達は此処から逃げられない。助けが来るまで、このままだ」
しん、と山小屋に重苦しい沈黙が満ちる。いや、外で虫とかの合唱が響いているからちょっと喧しい。
今頃山歩きをしているだろうルゥの鼓膜は大丈夫だろうか? 心配!
調べたところ、この山で一番強いのはあの巨大蜘蛛。他は、ルゥとクレトなら相手にならない雑魚ばかり。私が付いている必要はない。だからこっちに来てみたのだが、まさかこんな流れになるとは……。私の行動が、ルゥの栄誉の邪魔になってしまうのはとても困る。彼の影の護衛として、そういうのはちょっと沽券に関わるというか……。
「だから、俺たちは此処に立て籠もるべきなんだって言ってるだろう!?」
「いや、いつまでもこんな場所にいられないよ! なあライアン、キキキさんがいるんだ。彼なら、」
「そんな怪しい余所者信じられるか! くそっ、俺は部屋に戻らせてもらうからな!!」
いつの間にか会話が進展していたらしい。ライアンが苛立たしげに、二階に上がっていく。その後を、健気な妹メグが慌てて追う。
展開が早い。やっぱり人間って寿命が短いから、こんなにも会話をさっさと進めようとするのだろうか? いや、生物のなかでは結構寿命は長い方だよな……。
「キキキさん、ごめんなさい。ライアンが失礼なことを言って」
「キキキキキ……」
気にするな。あっちが正常、異常なのはお前らだ。
私がそんな思いを込めて頷くと、マリアはほっとしたように微笑んだ。こんな片田舎では滅多にお目にかかれないだろう、美しい顔立ちをしている。
「……私達四人は、幼馴染なんです。ライアンは私達より二つ年上で、だからお兄さんみたいというか、いつも皆を守らないとって振る舞ってて……たぶん、今もそうなんだと思うんです。ねえ、サム」
「うん。……ライアンの責任感が強いって分かってたのに。僕、言い過ぎたかな」
「そうね。この状況で仲間を分断させた罪は重いわ。後で土下座しなさい」
「うん。後で謝らないとね」
……なんかマリアからサムへの当たりが強い気がするが、サム含めて皆がそれを普通みたいに振る舞うから、突っ込んでいいのか分からない。
「ウワーーー!!!!」
「キャーーー!!!!」
そして響く悲鳴! 窓の割れるド派手な音!
襲われるのも早い! やっぱりこの展開の速さは寿命が短いからではないだろうか!?
「ライアン!? メグ!!」
階段を駆け上がり全力で助けにいく仲間! いいね、盛り上がってきた!!
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