第15話 ③魔女と人形

 不自然にならない程度で、ルゥ達にも戦ってもらいつつ、それ以外の人形はてきぱきと処理した。壊したものや縛り上げたものを、部屋にどんどん放り込んでいく。『自壊』してしまうものもいれば、そうでないものもいるだろう。

 しかしそんなことは私にとって、何の関係もないことだ。

 振りかぶられたチェンソーが、私の腕に叩きつけられた。


「うおおおおおお!! 死ねえええええ!!」

「死なん!!」


 チェンソーの刃は、滑るように私の腕を撫でるだけ。私はその刃の側面を殴って粉砕すると、ついでにその人形も殴り倒した。

 木じゃないんだからチェンソーなんかで切れるわけないのに、馬鹿じゃないのか、まったく。

 まあ、これでほとんど片付いただろう。後はルゥのところに戻るだけだ!




「ふう、これで粗方片付いたな!」

「しかし、なんだろうね。お揃いの獣の面に、統率された動き……見た目はまるで人形、というか人形そのものというか」

「不気味だよな。指示を出してるのは誰だ? 此処にいるのか、もしくは遠くにいるのか――」

「もしくは、既に倒しちゃってるかもしれないわね」


 メイがひょいと口を挟んだ。


「それにしても二人とも、とっても強いのね。驚いちゃった!」

「ありがとう。メイこそ、動きがとっても精確で凄いよ!」


 華奢な少女だが、メイはこう見えて素手で敵を撃つことのできる格闘家だ。完璧な型に沿った流れるような動きは、ルゥもクレトも目を見張るほどだった。

 嬉しい、とメイは頬を緩ませにこにこ笑う。


「そうかしら。だとしたら、お父さんのお陰ね!」


 親の話でここまで上機嫌になるなんて、よほど仲が良いのだろう、とルゥは思った。この年頃の少女にしては、珍しいことではないだろうか。


「……メイのお父さんって、どんな人なんだい?」

「お父さん? 立派な人よ。私のことを、一番大切にしてくれてるの。喧嘩? ないわ。嫌なことがないもの。私はお父さんが言うことなら、なんでも受け容れるつもりよ。尊敬してるの」

「本当に仲が良いんだね」


 ルゥは感心した。クレトはどうでも良さげに相槌を打っていた。


「二人の家族は?」

「俺に親がいるように見えるか?」

「そりゃ人間だもの。産んだ人がいるでしょう?」


 メイのまっすぐな言葉に、クレトは珍しく言葉に詰まった。ルゥは慌てて声を上げた。


「そ、そうだ! そろそろ、他の人達と脱出しない? 敵も少なくなってきたことだし。慎重に進めば、問題ないと思うんだ」

「そうね。いいと思うわ!」

「ああ、うん……」


 曖昧に頷くクレトとは対照的に、早くお父さんに会いたいな、とメイは明るい笑顔を浮かべていた。




 ルゥが、皆とこの屋敷から脱出していく。騒ぎを聞きつけた人々が、彼らを介抱するために集まってきた。

 優しいルゥは、色んな人に一言ずつ声なんてかけて。本当に優しい……愛と平和の体現者……私の心の永遠の灯火……。


「うん、これで全員かな」

「思ったより、人形が少なくてよかったわね」

「ああ――」


 にこにこするルゥとメイの横で、クレトはそわそわきょろきょろしている。トイレかな?


「その前に、二人に伝えたいことがあるの」


 こほん。小さく咳払いして、改まった態度で、メイはルゥとクレトに向き直る。


「その、私を、皆を助けてくれてありがとう。とても嬉しかったわ。あなた達みたいに親切な人間がいるなんて思わなかった。私、本当にビックリしたし、嬉しかったの。本当に、ありがとう」


 メイは行儀よく手を揃えて、頭を下げた。


「そんな。大したことはしてないよ。メイこそ、手伝ってくれてありがとう。お疲れ様」

「ま、俺も助かったし、頑張ったと思うよ。……お疲れ」


 ルゥの謙遜と、クレトのぶっきらぼうな言葉に、メイは微笑む。

 麗しく美しい、三人パーティーの絆。素晴らしく理想的な別れの時だ。

 ただクレトだけは少し、居心地悪そうにしている――やっぱりトイレかな? それとも警戒……まあどうでもいいか。


「……そ、そうだルゥ。もう一度屋敷の中を見て回っとこうぜ。打ち漏らしがいるかもしれないし」

「そうだね。村の人達も確認はするって言ってたから、僕らは上の階から見て回って――」


 二人が、屋敷の方を向いた。上の階に指をさして、これからの計画を話し合っている。

 メイはそんな彼らの背中を見て、微笑ましげに目を細めた。

 傍から見ていても、きっと相性が良いのだろうと思わせる、完璧な三人だった。ハッピーエンドにふさわしい、いい光景だった。


――メイが、隠し持っていた短剣を、取り出すまでは。


 目にも留まらぬ早業だった。音も立てずに一歩踏み込み、ルゥの首筋目掛けて、その短剣を振り下ろす――


「あ、」


 そのあっけない間の抜けた最後の声ごと、メイを足元に開けた深淵で飲み込んだ。どんな洗練された足さばきも、足元から丸ごと落下させてしまえば、無意味だ。

 ふとルゥが振り返ったけれど、もうそこには何もない。誰もいない。


「――あれ、メイは?」

「帰ったんじゃないか? ほら、お父さんに会いたいってずっと言ってたじゃないか」

「そっか。でも、こんな急に――」

「挨拶ならさっきしただろ。……それより、屋敷の中の確認を急ごうぜ。まだ何か潜んでたら、シャレにならないからな」

「ああ、うん。そうだね……」


 ルゥは納得しきれていないようだったけど、結局クレトと一緒に、建物の中に戻っていった。




「いらっしゃい、メイ。待ちくたびれたのよ。私、ずっと貴女とお話ししたかったんだから!」


 真っ暗な空間に怯むこともなく、メイは私を鋭く睨みつけた。


「宿泊客に紛れていた女か。此処はどこだ? お前は誰だ」

「お前ごときが私に問うな」


 メイは一瞬だけ黙ったが、また口を開いた。


「……お前は、何者だ?」

「私は魔女。魔女グラニア。すべての悪に依る概念を配下に置く者」

「魔女、なるほど。そんな者が存在するとは、世界は広いな」

「そしてここで貴女の世界は終わる」


 広がりは一瞬。ここが終点。後は消滅に向かうだけ。


「なぜ、と聞いてもいいだろうか」

「それを知る必要が貴女にある? もうこの先はないのに」

「ただ理由を聞いただけだ」

「……理由なんて、一つに決まっているだろう……」


 思わず声が震えた。

 こいつ、ついさっき自分が何をしようとしたのか、どれほどの罪を犯そうとしたのか、分かっていないのか?


「察しの悪いゴミがァ!! お前はルゥを傷付けようとした!! お前なんかにあれほど優しかったあの子を! 美しいあの子を!! 私の焔を消そうとした!! この世の全ての命よりも重いあの子を!! 私の永遠の光を!!!」


 腹立たし過ぎて、息ができない。呼吸なんてしなくても死なないが気持ち悪い。腹が熱い。熱に溶けた鉛でも飲まされた気分だ。周囲の闇が私の憎悪に呼応して、女の首をへし折らんばかりに巻き付いている――。

 でも私は大丈夫。正気でいられる。可愛いルゥを想えば、私はいつだってまともでいられる。

 さすがルゥ! 私を照らす、尊き栄光の大天使!

 そんな冷静な私に、メイは虚ろな目を向けてきて、変なことを言う。


「私を、殺すつもりか?」


 私は思わず失笑した。


「まさか! 貴女に死は永久に訪れない!」

「なぜそんなことが分かる」

「私はこの世の生ある誰よりも、死を知っている。だから可哀想なことに――大変痛ましいことに、私の言うことは全て正しい!」


 メイと少女は、光のないガラス玉のような目で、私を見つめている。


「物は壊れるだけ。残るのは死体ではなくガラクタであり、ただのゴミだ。――だって貴女は、人形でしょう?」

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