第4話 竜と生贄
私の愛しの勇者ルゥが、滝壺に住む龍に試練を授けてもらいにいくらしい――から、いつもどおり先回りすることにした。
「龍の試練なんてやめとこうぜ、面倒くさいしよお」
「クレトだって、『龍の秘宝欲しい!』って言ってたじゃん」
「でも聞いただろ? 昔は生贄を欲しがってたって話。嫌だよ、そんな龍」
「その調査をするために行くんだよ! 今は大人しいらしいけど、本当に安全かは分からないから」
「ルゥは神。自主的にそのような調査に赴くルゥは正に善。天上天下唯我独尊」
「はいはい、何回も聞いたよ。あーあ、山道嫌いなんだよな、俺……」
龍の試練に合格すると、なんかすごい宝が貰えるらしい。
そんな蛇の大きなやつより、私の方が色々すっごいアイテム持ってるよ、ルゥ!! 魔女グラニアの加護結構すごいよ!! そのへんの大地を草すら生えない状態にできるし、攻撃力とかもたぶんすごくパワーアップできるよ!!
でも私が「ルゥにならなんでもあげる!」って言うと、「気にしなくていいよ」って言う。天使でしょうか? いいえ、ルゥです。純粋さの化身。かわいい~。こんなの皆ルゥのこと好きになっちゃうじゃん~。その
一人で喋りながら、私は滝壺に岩を蹴り落とした。派手に水柱が上がった。そうしたら、蛇みたいな龍が苛立った様子で出てきた。体長はルゥで数えると五人分くらいで、思っていたよりは大きくはなかった。
「この私の眠りを妨げるのは誰だ!?」
「私だ」
「生贄か? 今すぐ頭から食ってやろう。それが嫌なら、今すぐ去れ! そうしたら許してやる」
「しゃあ!」
開戦のゴングが鳴り響いた。
開始から2秒、グラニア選手のパンチが龍選手の顎を砕く! おーっと、これはすごいラッシュだ! パンチが見えない! 目で追えない! 怒涛の攻勢に龍選手、為す術もない!! 緑の鱗が雨のようにリングに降り注ぎます!
ん? おーっと、なんとここで龍選手降参、降参です!! 試合終了! なんと10秒での決着となりました。
グラニア選手へのヒーローインタビューです!
――グラニア選手、今回の勝因は?
やはり愛、ですかね……。
LOVE & PEACE……。
「お前生贄を食べるタイプか?」
「はい。でももう食べていません。昔――200年くらい前までは食べてました」
「大量にか?」
「大量に食べていました」
「うーん……」
今も大量に食べているなら、問答無用で殺してもよかっただろう。これは人間じゃないし、それはルゥにとっても明確な悪だろうし。
しかし今は食べていないと言う。そして最後は200年前。
人間も事件には時効なんてものを設けていることだし、ここは判断が難しい……。
「まあいいか。今から完全たる人間がお供を連れてやってくるから、なんかいい感じの試練を出せ」
「試練とはなんの話でしょうか?」
「滝壺の龍の試練を突破すれば、秘宝が貰えるとの噂らしい」
「はあ、なるほど。いい感じの試練とは?」
「傷付かず、ちょっとだけ歯ごたえがあって――いや歯ごたえはなくてもいい。後腐れもない。そんな試練だ。そのあと豪華な宝を渡せ」
「宝……、分かりました」
「あと200年前までは大量に生贄を食べていたけど、今は食べてないことを彼らに伝えろ。そして自分は生きるべきか死ぬべきか、判断してもらえ」
「はい……」
龍は素直だった。話が早くて助かる。
やがてルゥとクレトが現れた。さすがルゥは龍にも物怖じしなかった。クレトはちょっと距離を置いていた。ルゥの盾になるくらいの危害は見せて欲しいものだ。
龍がルゥとクレトに授けた試練は、飛び散った――というか、さっき私が拳で飛び散らせた鱗を回収して持って帰れ、というものだった。それだけだった。ちょっとシンプル過ぎだと私は思ったが、ルゥもクレトも龍鱗だと喜んでいた。ヨシ!
滝の音がうるさいけど、私の耳はルゥの声を一音たりとも聞き逃さない。よかったね、ルゥ!
「そしてこの盾も授けよう。かつて私に挑んだ者が持っていた。どんな攻撃でも、必ず防ぐという伝説の盾だ。一度しか使えないらしい。使う前に持ち主を殺してしまったから、まだ効果は残っているはずだ」
「ありがとうございます!」
「(い、いまいち役に立たない盾だな……)」
微妙な表情のクレトはともかく、ルゥが笑顔で私も嬉しい。素直にお礼が言えるルゥ、尊い。滝の飛沫が輝いてルゥを飾っている。美しい……。
それから龍は、私が言ったとおりの事情を二人に説明し、自分の生死について判断を委ねた。
「……それを僕らに尋ねるということは、何か思うところがあって、」
「ルゥ! ほっとけ、こんな質問」
「クレト、」
「そんなもん自分で勝手に決めろ、俺らの知ったことか、押し付けるな、こっちの迷惑考えろ!」
クレトは珍しく怒っていた。が、それはどうでもいい。
ルゥが、難しい顔をしていた。悩んで、困っていた。それは問題だ。一大事だ。ルゥにとっても難しい質問だった、ということだ。つまり、私は彼に重荷を押し付けてしまったのだ。失態、罪、恥――死ねる身なら死んでいる。
私は慌てて、龍に合図を送った。早く今の質問を撤回しろ、と。
「龍鱗は感謝するが、だからっていきなり」
「やっぱり今の質問は無しだ。さあ帰れ、人の子よ」
「なんだこの龍!!」
「いいんですか?」
ルゥは真剣な顔で、龍を見つめていた。それでも龍が頷くと、
「分かりました。龍鱗と盾を、ありがとうございました」
と、丁寧に礼を告げた。それから、クレトと一緒に山を降りていった。
「……彼らを追わないんですか?」
「反省をする必要がある。山より高く、海より深い反省を。二度同じ過ちを繰り返してはならない。全ては私の手の中にある光のために……」
龍は「はあ」とアホみたいな相槌を打った。
「ルゥがあんな顔をした、ということは、貴方のあの質問から何かを感じ取ったということだ。なんだろう。なんだ? ……とりあえず、貴方の事情を聞く必要がある。200年前、何があって生贄を食うのをやめた?」
突然の事情聴取にも、龍は素直に応じた。
「200年前、一人の人間が来ました。生贄でした。茶色い髪と目で、白い服でした。私に食べられに来ました。でも私はそのとき、腹が減ってなくて。その人間を食わずにおいたんです」
「なるほど。よくわからないが、つまり?」
「なんでしょう……人間で言うと、非常食として飼っておく、と言うんでしょうか」
「それなら理解できる。家畜だ」
「私、一度食事をすると、それでだいぶ保つんですよ。大量に食べるので。だからその人間は、かなり長いこと私と一緒にいました。あの頃の人間は大体そうでしたが、生贄を誇りに思っていて、私のことを、尊敬していました。そして、私を恐れませんでした。普通に接するんですよ。笑ったり、怒ったり、うるさかった。この滝の音より、ずっとうるさかった……」
龍はしばらく黙っていた。滝の流れ落ちる音だけがごうごうと響いていた。
「なんというか、その人間は、私にとって色々と最初で――特別でした」
「つまり、初めての、親しい人間だったということ?」
「親しい……? ええ、いや、きっとそう表現するのが、正しいのでしょうね。……私は卵生で、群れもなく、誰かと過ごすこともないので。あの状態も、よく分かりませんでした。つまるところ、何かと親しくなる、という状態自体が、初めてだったので……」
龍は自分自身と語り合うように、慎重に話す。
「へえ。それでよく、その人間が自分にとって特別だと判断できたね?」
「そうですね。食べたときに、それがいい感じのスパイスになったので」
「へー。感情で血や肉の味が変わるっての、信じてないんだけど」
「いや、本当に変わるんですよ。いつもと全然違う、初めての味で。思えば、不思議な感覚でしたね。頭の中――いや、視界がなんだか広々とするような、狭まっていくような……。何もないような、何かあるような……一瞬であるような、永遠であるような。でもそれから、人間は食べていません。食べる気もなくなりましたし」
「それからは、何も食べなかった?」
「魚と、兎を少し食べたくらいです。食欲もなくなって。だけど、何を食べても、あのときの感覚は二度と起こりませんでしたね」
「それ知ってる。胃もたれだ。老いると、若い時分に食べていたものが受け付けなくなるらしい。特に肉。そして食欲も落ちるとか」
ルゥが教えてくれたことが、こんなところで役立つなんて。
やはりルゥは賢者。いつも私に大切なことを教えてくれる……。
龍も納得したみたいに「なるほど」と呟く。
「我が身のことながら想像もしませんでした。まさか老いだったとは……」
「殺そうか?」
「え!?」
「いや、貴方はさっきから本当に、心の底から『死にたい』って思っているみたいだから。今回のルゥへの貢献の礼に、命を断ってやろうかと」
「私が?」
「そう。私がそれを間違えるはずがない。これは推測ではない、貴方の中にある事実だ」
「そう、なんですか……」
龍は俯いている。
「……私、死にたかったんですね。ああ、そうか。そうだったんですね……」
「分からないよね、貴方には。中途半端に脳がでかくなっても、本質は思考をするような生物ではないから」
「そう……そう。何も、分かっていなかったんですね……。……ああ、でも、こんな思いをするくらいなら、なにも分からないままでいたかった。何も分からないまま、滝底でまどろんでいたかった……。過去といっしょに…………」
「なんの話?」
龍は頭を振った。
「貴女にはきっと、分からないでしょうね」
なんか急に腹立つなこいつ。
でももう死ぬことが分かるから、怒りはしない。
言葉がなくても分かる。だってほら、今すぐにでもこの世から消えてなくなりたい、そんな目をしている。……。
「……ヒトでもないくせにそんな顔するなよ」
「ありがとうございました」
私の文句も聞こえていないような、晴れ晴れとした、開放されたような顔をしていた。龍のくせに、そんな表情もできるのかと思ったほどだった。
そこで分かった。なんでルゥが、あんなにも真剣にこいつの質問を聞いていたのか。
それはあんな質問、死を意識していなければ、出てこないに決まってるからだ。つまり、龍が死を意識して尋ねてきたと思ったから、ルゥは真剣になったし、クレトは重荷だと怒ったのだ。
――あれは私がそう命じたから尋ねただけなのに。
と、今の私には単純に言い切れなかった。
滝壺に沈んでいく龍の顔は、まるで眠っているかのように安らかだった。
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