1.2 ― カラジャル防衛戦

 惨憺たる状況と化したバリクソル湖畔より、西に200km。

旧コスタナイ地方南部の都市〈アルカルイク〉にて。


 陽は高く登り、この緑黄なる大地が正午に差し掛かった頃である。

とある独軍士官が、同市中心部に位置するホテルに現れた。


 「大佐殿に至急お会いしたい。」

その様に言った士官の表情は焦燥感に蝕まれており、今も大粒の汗がだらだらと流れ出ている。緊急事態である事は明らかであった。

「大佐殿は今お忙しい。緊急の要件ならば、私が直接お伝えしましょうか。」

「私が直接 "お伝え" せねばならんのだ、頼む。」

「…大佐殿は "人を入れるな" と」

 するとその士官は、

「…国境維持に関わる緊急事態だ!トルキスタン国家弁務官区特別顧問の〈エーミール・フォン・ポール大佐〉殿にお会いしたい!」と、

幕僚らしき将校が "大佐殿" と呼ぶ人物が居るであろう室内まで聞こえる様に、わざと大声で言った。


 …


 「フリッツ、席を外せ。」

「…はっ。」

案の定、部屋のドアが開かれ、目的の人物が顔を出した。

彼の白い夏用のチュニックには、躍動感溢れる空軍・・帝国鷲ライヒスアドラーが右胸で輝いている。

「…さて、何用でしょうか。」

 「私は第4航空艦隊のギュンター・ツー・ベック少佐であります。

端的に申し上げます、約1時間前に日本軍所属と思しき "師団規模の部隊" が我が領土に対する攻撃を開始し、カラジャルの国境警備隊詰所を視察中であられた第4航空艦隊参謀総長閣下が殉職されました。」

「…ノイマン大将閣下が…?」

フォン・ポール大佐は驚きの表情を見せた。

「〈国家防衛管区指導者〉を兼任する大管区指導者閣下、そして国家弁務官閣下は現在〈ニュルンベルク全国党大会〉へ出席しておられる為…今、防衛指揮を執る事が出来る人物は…大佐殿、貴方だけであります。」

 国家防衛管区指導者とは、"各地の軍管区及び大管区へ指示を出す権力を有し、防空体制や戦闘地域からの住民避難を指導する役職" である。


 …この時、アルカルイクのホテルに偶然宿泊していたフォン・ポール空軍大佐は、大ドイツ国総統代行者たるヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング国家元帥より〈トルキスタンにおける影響力維持〉を意図してトルキスタン国家弁務官区に顧問として派遣されており、同地の独軍指揮官達は、国家防衛管区指導者の代行者として最適と判断したのだ。


「…〈南コスタナイ第二強制収容所ダス・カーツェット・ズュートコスタナイⅡアルカルイク支所〉に臨時対応本部を設置します。


…当面の間は、私が指揮を執る事になるのですから。」


 第二次世界大戦中の1946年に設立されたアルカルイク市には、今日こんにちの〈コスタナイ国家大管区〉におけるボーキサイト採掘の前哨基地として、急速な〈帝国化ライヒ化〉が進行しつつある。

 そんなアルカルイク市郊外に在る南コスタナイ第二強制収容所ダス・カーツェット・ズュートコスタナイⅡアルカルイク支所は、ドイツの影響力プレゼンスの象徴たるものであった。


 エーミール・フォン・ポール空軍大佐による指揮は、国家防衛管区指導者の "ルドルフ・エーダー" 大管区指導者が帰還するまでの3日間のみであったが、彼の初動対応によって日本軍による "侵攻" が一時的に停止し、駐在独軍が再起を図るまでの時間を確保出来たと言える。

 エーダーの帰還後、対日紛争の対応本部はトルキスタン国家弁務官区の行政本部が存在するカザン市に移される事となった。


 しかし、このバリクソル湖事件は〈日独国境紛争トルキスタン紛争〉の序曲に過ぎなかったのである。

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