1.3 ― 日独国境紛争開戦に際して、独政府緊急閣僚会議。

 南ドイツ有数の景勝地 "オーバーザルツベルク" 。風光明媚なる山々を望むこの地には、大ドイツ国の元首総統及びライヒ大統領 "アドルフ・ヒトラー" の療養地クアオルトが存在している。


 …パーキンソン病を患い、1946年には盟友ムッソリーニも病によって・・・・・死去。

精神的・身体的負担を背負う事となったヒトラーは隠居し、この〈山上御殿ベルクホーフ〉での療養生活を送っていた。


 「お前…信じられるかい?

あの日本がトルキスタンに侵攻したそうだ。」

 彼は〈 お前 〉と呼んだ。…ドイツ語では〈 Du 〉と言うが、ドイツでは非常に親しい間柄・・・・・・・・において使用される二人称である。

 だが…この会話の相手は、大ドイツ国の元首たるアドルフ・ヒトラー、正にその人であった。

「…そう、日本だ。

お前も日本に関して色々言ってたじゃないか。」


 『近い将来に、我らは東洋の覇者と対峙せざるを得ない段階が来る』

 ―――総統及びライヒ大統領、アドルフ・ヒトラー。―――


 …度々ヒトラーが側近に語っていた "その言葉" が、第二次世界大戦終戦から僅か1年弱で〈バリクソル湖事件〉として現実になったのである。

「…そうか、お前のアジア贔屓びいきは健在か。」


 ミュンヘン党本部のマルティン・ルートヴィヒ・ボルマン官房長が持ち歩いているメモ(所謂いわゆる「ボルマン・メモ」)によれば、ヒトラーは「例えば、中国人或いはあるいは日本人が人種的に劣等などと思った事は一度も無い。」と語ったとされる。


…それは本心かは分からないが。


「―――…いや、ゲーリング閣下も考えを改める。改めざるを得ぬだろうよ。」






 カラジャル防衛戦の翌日。トルキスタン国家弁務官区行政府の通報によって、この重大事件はベルリンの知る所となった。臨時総統代行者たるヘルマン・ゲーリング空軍大臣は、全国党大会の一部行事の中止を決定し、総統官邸において緊急閣僚会議を実施した。

 「…やはり何かの間違いに違いない、日本は盟邦であるぞ。」

閣僚等の声には、明らかな困惑の色が見て取れた。

「日本軍は戦車、自走砲、航空機を動員しては居るものの、部隊は一師団程度。…国家を挙げた奇襲作戦とは思えません。」

「…では今度の事件、少数による個人的な行動であると?」

"ヴィルヘルム・カイテル" 国防軍最高司令部OKW総長の言葉の裏には、 "今度の事態は支那事件と同じく、日本軍部の暴走に原因があるのでは無いか"と言う予測も含まれていた。


 すると、アルベルト・シュペーア軍需大臣が口を開く。

「今日のドイツに再び総力戦を完遂出来る余力は無い。…之が全面戦争では無く個人の暴走であるならば、それは不幸中の幸いか。」

「…日本との総力戦を?」

「総統閣下が仰っていた事だ。」

 先の大戦による膨大な負債、その返済の為の軍備縮小。

"今、ドイツは東洋の覇者と対峙する段階では無い。"

シュペーアを始め、ヒトラー内閣の閣僚等はその様に考えていた。




 …とは言え、ドイツには ある"優位性" が存在した。

1号、2号、3号に次ぐ報復兵器。

Vergeltungswaffe 4報復兵器4号〉と呼称される存在である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る