第一幕 第五話「無垢なる夢を」

 少年との日々を過ごしている内に、少女は昼がれったく、夜が待ち遠しくなっていった。

 少年と出会う前であれば昼間は眠り、夜になれば目を覚ましては神楽かぐらを舞って空虚くうきょな時を過ごすのみであった。が、出会って一月ひとつき半、神無月かんなづきなかばともなった頃には、日の沈む少し前には目を覚まし、それから少年が来るまでの間、あかねいろからあいいろに変わってゆく空の下でかれどきに心をおどらせて過ごすようになっていた。

 太陽の巫女みことしての自分を少年に見せることに抵抗があった少女は、巫女としての本分である神楽かぐらはほどほどに、少年と語らい、遊び、また語らって夜を明かすのであった。


 

 神無月かんなづきのある日。

 その日は少年は遅い時間まで神主見習いとしての務めをしていたため、日が沈んですぐに少女の元に向かうことは叶わず、それが叶ったのは日付が変わろうという時であった。

 そんなことはつゆ知らず、例によって少女は日が沈む少し前に目を覚まし、月が輝くのと時を同じくしてやってくる少年を待っていた。

 しかしすぐに少年が来るはずもないということは言うまでもないが、少女は「何かあったのではないか」と思案するとともに、心の内に潜んでいた夜を恋しく思う感情が、少年と共に過ごす時を待ち遠しく思う感情として顕現してしまったのをうっすらと感じていた。

 待てども待てども少年は来ない。初めは星でも数えていようかと思ったが、とおを越えたところで耐えきれなくなってしまった。立ち上がっては座り、また立ち上がっては見通せるはずのない森の向こうを眺めて座り、またまた立ち上がっては夢遊病のようにあてもなく彷徨さまよい歩いて時間をつぶそうとした。

 けれども少年は来ない。

 少女はふと我に返ると、冷ややかな瞳で思う。何の勘違いをしていたのだろう、と。神主見習いである少年はきっと自身の務めを果たしているはずだ、と。

 しかしどうして神は、人を暇に耐えられるようには作らなかったのだろうか、その時点で終わっていれば良かったものを。しかし少女の思考はとどまることを知らなかった。

 少女の手の中にあるのは、有り余る時間と、少年についてのほんのわずかな情報のみ。その程度の軽装で不都合な状況に置かれた時、人はある程度決まったことをしてしまうように設計されている。

 ありていに言えば、思考は加速し、

 夜風に吹かれ、冷えた頭で少女の思考が回る。

 ——ミヅキは何者なんだろう。

 行き着いた知性はしかし、止まることができない。

 儀式の日程を伝えに来た宮司の直前にやって来た少年。神主見習いだと言う少年。毎日欠かすことなく少女の元を訪れては外の世界の事を語る少年。

 少女にとって、あまりに都合つごうが良すぎる存在である。ついには「少年は何か目的を持って自分と会っているのではないか」とさえ考えるようになってしまった。

 有り余る時間が、今まで心の底に沈んでいた一抹いちまつの疑いに気付かせる機会を与えてしまったのである。

 少年は「儀式が迫って錯乱さくらんするであろう自分をしずめ、逃げ出さないようにするための監視役」である。というのが少女の行き着いた考えである。

 どうして今までの一月半ひとつきはんがこの一瞬の思考に上書きされようか。しかしそれほどまでに、少女は一人で過ごす夜を耐えることができなくなってしまっていたのである。

 ——ああ、やっぱり救いなんてどこにも無かったの。いいえ、救いなんてたいそうなものでなくても、いつか来る終わりの時までの気休めであってくれたらいいな、って思ってた。でも、そんなことも許されないのね。いいわ、私が間違っていたの。あの子は今日は来ないし、私は所詮しょせん太陽の巫女というにえや道具に過ぎないのに。

 少女の瞳は月の光を映していない。満月すらおおい隠すほどにくもりがかったまなこである。

 ——そうだ、神楽かぐらだ。

 少女は神楽を舞うことにした。神楽を舞っている時はなぜか何も考える必要が無かった。自然と身体が動き、いつの間にか終わっている。否応いやおうなしに太陽の巫女であることを少女にきざみ込む忌々いまいましい神楽はしかし、今の少女には都合が良かった。

 そっと腕を上げ、白く細い指先を見つめる。月の光を反射した純白の小袖こそでが美しい。小屋を中心とした夢の跡地のような森の切れ目のこの空間に、少女のばかまが朱色のはなを開かせる。

 身体が意図いとせず動く中、少女の意識が気が付く。神楽の動きが悪くなっているのだ。それもそうだろう。少年と出会ってからというもの、神楽のために多くの時間を使うことなど無くなっていたのだから。

 熱を帯びた身体はやがて止まる。これからはもう少し神楽の時間を増やそう、などと少女が思っていると、背後から声が聞こえてくる。

「ヒナタ!ごめん、遅くなっちゃって」

 少年だ。どれくらい少女はのだろうか。ちょうど日付をまたごうかという頃であった。

 少女は返事をしない。それは神楽であらくなった呼吸をととのえるためではない。言葉が出なくなったのだ。今日は来るはずが無いと思っていたのもあるだろうが、次に会う時には問い詰めてやろうとも考えていた少女は、神楽によって生まれた熱を書き換えるような、何にも代えがたい熱が自分を包み込んだのを感じていた。

「……」

「今日はさ、何しようか?何も持ってこれて無いんだけど——」

 白々しらじらしい、何をいまさら、とでも思ったのだろうか、少女は勢いよく振り返る。

 怒りのままにいた口はしかし、言葉をつむぐことは無かった。

 少女の視界に入った少年の姿は、それはもう、見るにえないものであった。

 頭の上には葉が乗って、白衣は跳ねた泥が斑点はんてんになるどころかむしろ白の斑点を作るほどになっていて、あざやかな青い松葉色はどこへやら、こちらも泥だらけであった。草履ぞうり鼻緒はなおは切れていて、すそからはみ出た足や、袖の先の腕や手には所々が草葉で切れた跡があって、血がにじんでいるところもあった。えず白い息をき続け、肩を上下させて呼吸をしていた。

 少女は自身のおろかさをのろった。なぜ少年を疑うことができたのか。毎日欠かさずに少女の元を訪れた少年を、このようにボロボロの姿を見るまで信じられなかったことに、少女は自身の愚考ぐこうあきれた。

 行き場を失った振り上げられた拳は、少女の心を強く打ち付けた。

「……そんな傷だらけになっちゃって。ほら、こっち来て」

 贖罪しょくざいとでも言うつもりだろうか。少年の傷の手当てをして、汚れた衣服は井戸の水で洗った後、少女は自身の生み出した火でそれらをかわかした。


 この日の会話は、もう夜明けまでさほども時間が無いということもあって、取るに足らない内容であった。

 しかし少女は、この日以降、ますます少年に執着するようになっていった。

 それはもう、なほどに。

 その執着が日を増すごとに強くなっていくと共に、少年といない間に一人で考えることが増えた。少年への疑念が晴れたことや、儀式の日が着実に近づいているということも原因の一つなのだろう。

 それを少女はつづる。

 

 ——知らなかった。こんなにも昼が長いということを。

 ずっと眠って過ごしていた。床にして空虚くうきょな夢ばかり見ていたはずなのに、今では昼の内に目を覚ましてしまうことも増えた。

 小屋から出ることはできないけれど、少なくともただうつろに見ては忘れゆく夢よりは幾分いくぶんか有意義なはずの、たわいもない白昼夢はくちゅうむを見るようになっていた。

 その白昼夢は、初めは眠りながら見る夢と同じようなものだったかもしれない。でもそれは日を増すごとに鮮明になっていった。宙にえがいた道を行き、のっぺらぼうの人でごった返す町をうように歩いた。どんな味がするかも分からない、ただ美味おいしいのだという概念のみが先行する食べ物を頬張ほおばり、疲れを知らない足はてしなく動き続けた。

 絵空事えそらごとのようなせん無い妄想でしかなかった白昼夢だけれど、そのとなりにはいつも少年がいた。

 ——知らなかった。こんなにも夜が短いということを。

 硬いわずかな飯を食らい、神楽を舞っては、また眠れるようになるまで時が過ぎるのを待つだけだった。風に吹かれる草葉のように流れに身を任せるだけだったはずなのに、夜が長くなってゆく季節のうつろいを肌で感じられるようになっていた。

 少年と共に過ごす夜は時間が過ぎるのが早かった。視界に映る限りの夜空の星を五回も数え切ることができるほどに長く感じた夜であったが、少年が時を忘れさせてくれるおかげで、気が付いたころには東の空が明るんでいる、なんてことも多くなっていた。時が止まってしまえばいいのに、朝が来ることも無くこのまま永久とわに夜が続いてしまえばいいのに、と思うようになっていた。それが叶わないことであるのは百も承知であったために、その一瞬とも言える夜に、永遠にまさるとも劣らない祈りをめた。

 ——初めてだった。こんなにも夜が待ち遠しいなんて。

 夜に少年が来るたびに外の世界を知った。てしなく広がる世界の話に瞳を輝かせては、白昼夢だけでは飽き足らず、いつしかこの目で見てみたいとさえ思うようになっていた。無知ゆえに刺激が強く、それに身をやられていたというのもあっただろうが、そのような表面上の反応などをとうに上回る根源的な熱望が少女の身をいていた。

 夜が早く来てほしいと時が進むことを願う一方で、夜が終わらないでほしいと時が進まないことを願うという、欲深よくぶか矛盾むじゅんはらませていた。


 少年と話している時、少年からもらったものを見ている時、江戸の町のことを思っているときは、今という現実、あるいは太陽の巫女としての身の上を、少女は忘れられる気がしていた。

 しかしそれはかえって少女を苦しめていた。幻想に想いをせる反面、今という現実を突きつけられた時の落差は計り知れないものだろう。寄せては返す波のように、夢は覚めてしまうものなのである。まばゆく強く光はかえって、暗く深い影を落とさせるのである。

 少年との日々が、または少年そのものが光となって、少女の心に見えない影を作り続けていたのである。

 少女は光を追い求めた。それは先天的で本能的なものではなく、いたって理性的で明確な意志を持って行われた。しかしながらそれは初めの方だけであった。

 しだいに劇薬げきやくに依存する中毒者のように、夜は以前よりも少年におぼれるようになっていった。劇薬の効き目が切れたかのように、昼は以前よりも苦しみをともなうようになり、その苦しみから逃れるために、さらなる劇薬でおおい隠さんと少年を求めるようになっていた。

 底なし沼と知りながら——いや、その状態の少女にはそれすらも分かっていなかったのかもしれない。


 少女が幼かった時にも、ここまでとはいかないまでも、同じように自身の事を多く考える時期があった。

 なぜ自分は太陽の巫女なのか。なぜ死ななければならないのか。なぜ結界の外へ出られないのか。なぜ自由ではないのか。——なぜ誰も助けてくれないのか。

 かつての少女は、それに対して一つの答えを見つけたのだった。

 それはただ一つのを捨て、これは運命なのだと、人の身ではどうすることもできない必然なのだと、無理矢理納得すること。

 考えることを放棄することであった。

 ——死の恐怖から逃れる方法はただ一つ。それは死を受け入れること。

 幼き少女は、そう心に誓った。

 するとどうだろうか。あんなに不味まずかったご飯に何の味も感じなくなった。結界の外へ出られない不自由さにも何の束縛も感じなくなった。神楽も自然と身体が動くようになった。

 太陽の巫女として、太陽のにえとして死ぬ運命にも恐怖を感じなくなった。

 こうして、の少女が出来上がったのである。


 かつて考えることを放棄し、現実から逃避した少女はしかし、少年との出会いによって再び自身に目を向けてしまっていた。

 自分の知らない外の世界に、少年との日々に、夢を見るようになっていた。

 しかし夢を思案することは反対に、現実を思案するのと同義であった。楽しい夢であればあるほど、目が覚めた時の喪失感そうしつかんが増してしまうように、望めば望むほどに、同じだけの力で本当の世界を考えてしまう。

 まぶしすぎるほどの希望の光が、少女の心に影を落としていた。

 その結果、熱を帯びてり切れそうな少女の思考は一つの答えに辿り着いて。それは少女の苦しみをすべてはらい去るものであり、少女がとっくの昔に捨てたはずのものであった。

 ただそれは、かつて少女を最も苦しめたものであった。


 太陽が沈んではまた昇り、きたるべき儀式の日が刻一刻こくいっこくと近付くたびに、少女の心の影は大きく深くなってきていた。

 もう時間が無いことへの焦りか、少年へのおぼようが加速すると共に、その負荷はもうすでに、少女のその小さな身体には収まりきらないほどに膨張ぼうちょうしていた。




 霜月しもつきの初め、ついに儀式まで一月ひとつきを切ったこの日は、空に薄く雲がかかったおぼろ月夜づきよだった。

 この日も変わらず少年は少女の元へやって来た。しかし少女の姿が見当たらない。いつもならば結界の中に入ったところで少女が迎えているのだが、その影も無い。

「まだ寝ているのかなあ」

 そういうこともあるだろうと、少年は小屋の方へ向かう。

 あんじょう、少女は小屋の中に居た。

 ……居たのだが、その様子は凄惨せいさんなものだった。

 壁に肩から寄りかかるようにしてうずくまり、顔中をなみだと鼻水でらしている。長く美しい黒髪はつやこそ残しているものの、そこらの床中に抜け落ちたものが見え、まとまりの無い髪があちこちに跳ねている。こごえるように歯をガタガタと震わせ、腕をかかえている。ちょうど二の腕に爪が食い込んで血が一筋流れている。

 月明かりすら届かない小屋の中で小さく震える、手燭てしょくに照らし出された少女を見るなり、すぐさま少年は駆け寄る。

「ヒナタ、どうしたの⁉」

 肩をゆすり、顔をのぞき込むと、いびつな表情で泣いているのがわかる。瞳はなみだあふれているのにも関わらず、口の三日月みかづきのようにひん曲がっていて、まるで心と身体がバラバラになってしまったようである。

「ああ……ミヅキだ。ミヅキだあ!」

 少女は肩にあてられた手をつたって少年の腕へ、肩へ、そして背中へと手を回して少年に抱きついた。否、すがるようにしがみついた、という方が正しいだろう。まるで赤子あかごのようにたどたどしい手つきで少年の身体に絡みついていく。

 少年の白衣が少女の泪でにじむ。

 水門が完全に決壊けっかいして、感情の奔流ほんりゅうが暴れている。瞳はきっと目の前の少年を正しく映してはいないのだろう、あらぬ方向に視線が乱れている。

「ねえ、ミヅキい。教えて、いつもみたいにさあ。どうしたらいいのお?」

 りんとして可憐かれんに咲く一輪の花のようであった少女はどこへやら、ここには壊れてしまったか弱き少女しかいない。

から出たいって思っちゃってる。死ぬのが怖くなっちゃってる。どうしよう、叶わないことなのに。どうあったってここからは出られないのに。死ぬのがなのに!。それが怖い。死ぬのがこわいのがつらいの。いま死ぬこともできないし、逃げることもできない。みんなをまもらなきゃいけないのに、ゆるされないことなのに、わたしをのぞんじゃってるの。ねえミヅキ、ねえ、わからないの。わたし、どうかしちゃったのかなあ……」

 なげきと言うにはあまりに強く、願いと言うにはあまりにすさんでいるそれに、あえて名を与えるならば、さけびであった。

 感情のままに吐き出したその言葉の群れは、着地点を失っている。

 崩れてしまった少女の心が、金切かなきり声を上げている。

「ヒナタ!」

 正気に戻そうと、声が裏返るほどの絶叫ぜっきょうで名前を呼ぶ。少女の慟哭どうこく呼応こおうするように少年ののどきしんだ音を上げる。

「ひっご、ごめ、なさ……ぃ」

 反射的に口をついて出たそれを聞いて、少年は行き場を失っていた自らの手を回し、少女を抱きしめた。

 少女のちかけている背中をさすって落ち着かせようとするが、少年の腕の中で少女は小刻こきざみに震えたままで、喉の奥から出るり切れたような音は止まる気配けはいが無い。

 その声にならない声はだんだんと形をしてきていた。そっと少年が耳をかたむけると、「ミヅキ、ミヅキ、ミヅキ、ミヅキ……」とぼそぼそつぶやいているのがわかる。壊れたからくり人形のように、虚空こくうに同じ言葉を繰り返している。

 少年はわった目をすると少女をその身から引きがした。

「ヒナタ!しっかりして!」

 何度名前を呼んでも、少女の反応は無い。

 どうにかして少女を引き戻さなくては、と少年は意を決する。

 少年はまた少女の肩に手を当てると、その手は肩をつたって首筋へ、ほおへと手を持っていった。

 互いの衣がこすれ合う距離で少年は少女を感じる。少女の長く艶麗えんれいな黒髪が、手にかかってはしたたる水のように流れ落ちて少しくすぐったい。甘い香りがはじけて二人を包む。

 目の前の抜けがらのような少女とは反対に、少年は自らの内側の奥深くから湧き立ち上る熱を感じている。心臓の拍動が痛みを覚えるほど強くなる。

 少女の顔を引き寄せ、少年も少女を迎えるように近付いていく。ひたいと額がぴたりとくっつく。

 少年はそのまま少女に口づけをした。

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか。永遠にも一瞬にも思える時のいとなみの中、二人のくちびるは互いのぬくもりを確かめるように触れ合っていた。

 少年が唇を離すと、名残なごりしいと言わんばかりに湿った少女の唇が震える。その唇の間から漏れ出る吐息は、先ほどまでのかすれた音ではなく、穏やかなものに変わっていた。

 少しずつだが、少女の瞳も雲を晴らして明度が上がってきている。下瞼したまぶたに溜まった泪がまたたき、夜空に浮かぶ星屑ほしくずのように見えた。

 少年はもう一度少女を抱きしめる。

「——許されなくたっていい」

 それは心の底からしぼり出された言葉だった。

「え……」

「逃げることが罪でもいい。運命に打ち勝つことができなくたっていい。僕はどこまでもずっと一緒にいるよ。たとえ僕らが死んでもきっと傍にいる。だから、ヒナタの本当の望みを聞きたいんだ」

 抱きしめていた少女を自分から離すと、自然と向き合って座る形になる。少女はほんの少しふらついているが、顔は少年の方にしっかりと向いている。

 その瞳に、この日初めて少年の姿が映る。瞳に映る少年は、泪を流していた。少年の瞳からこぼれ落ちた雫が、空気中に溶けて二人の体温をわずかに奪う。

 正気を取り戻した少女は、いまだかすかに震える口を開く。その言葉を口に出してしまったら、きっともう後戻りはできない。

 だが、少女は止めることができない。

 自分を抱きしめる少年に身を委ねていくように。

「もし、さ。私が逃げ出したいって言ったら、ミヅキはどうするの?」

「僕もヒナタと一緒に逃げるよ。ここじゃない、どこか遠くへ行こう」

 ——。

「ミヅキは、死ぬのが怖くないの?」

「怖いし、嫌だよ。でも、ヒナタの笑顔が無くなる方が、もっと嫌なんだ」

 目を瞑り、少女は思う。この目には、本当に私しか映っていないんだ。穢れだとか太陽の巫女だとか、死への恐怖や運命なんてどうでもいいんだ。

 ——私以外の何一つも見ないのなら、私もミヅキだけを、そのだけを見てもいいかな?

 少女はまるで神へ祈るように手を組んで、少年に告げた。

「私をここから連れ出して」

 私の神様、と。


 立ち向かうことは恐怖と向き合うことだ。その恐怖から逃げ、運命としてあきらめることでいつわりの克服こくふくを得た少女だったが、それは少年と出会う以前の話だ。

 少年と出会い、ここから「逃げる」という選択肢を手にした彼女は、恐怖と運命のおりの中で、もがいてみせようと、手折たおられてしまうまではあらがおうと心に決めたのだった。

 その意志を心に刻み込んだ。

鈍色にびいろの をだに知らぬ あだばなは 燃えて散るとも に咲く華』

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