第一幕 第二話「夜の花は月の光を浴びて」

 一人の少女が、膝を抱え、なみだを流している。木造の小さな小屋のかたわらで背中を丸め、そでで顔を隠しうずくまっている。少年はその隣で静かに座っている。

 やがて少女が顔を上げて、呼吸を整えるように長く息を吐く。「もう大丈夫」虚勢きょせいであろうそれに、少年は気づいていないフリをする。

「もういいの?」

「うん」

 瞳に残った粒が、星月ほしつきの光を受けている。ほおや鼻の先は紅潮し、目元もうっすらと赤い。互いの体温が伝わる距離、互いの心臓の鼓動こどうが聞こえる距離で、少女は夜空の星を、少年は少女の横顔を見つめている。

 まだあどけなさが残り、柔らかそうな頬で目尻の垂れた少年の、少しツンと立った髪が、少女の頬に触れそうになっては離れるのを繰り返す。

 二人の間の、一寸にも満たない二分にぶほどの空間にだけ、時がゆるりと流れている。

はかま、きれいな色だね」

 手燭の灯りに照らされる深紅しんくの袴。見るとすその方が少し土で汚れている。

「ああ、これね。本当に私のことを知らないのね。そんなの初めて言われたわ」

 どこか吐息まじりの声。小屋の壁に背を預け、目線はまだ斜め上に向けたままだ。

「あなたは、太陽が死ぬって知ってるの?」

「うん、災厄が降りかかるって。でも大丈夫。宮司ぐうじたちが太陽の神の前で儀式をして、次の太陽を産むんだって」

 ふうん、と少女は無関心そうにするのだが。

「私はね、死んだ太陽の代わりに、新しい太陽になるの」

 落とした棒切れは必ず地に堕ちるように、さも当然に言ってのける少女に、返す言葉を探して高速回転を始めた少年の頭は、それと裏腹に口の動きを封じ、喉の震えすら完全に停止させてしまう。

 少女は顔を斜め上に向けたまま視線だけをちらと少年の薄く日焼けした肌に向けると、ふう、と細い息を一つこぼす。

 袖に鼻から下をうずめると、少年を試すようにただじっと返事を待つ。

「今日、ほかの神主が君のことを穢れだって言って……」

 少年は意を決めて昼のことを少女に伝えようとする。しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 途端とたんに少女に緊張が走る。

「行って」

 立ち上がってするどく言い放つと、きゅっと唇を結ぶ。

「帰って、早く」

 有無を言わさぬ少女の所作しょさに鬼気迫るものを感じ取ったのだろう、少年はその言葉の通りに自らのわだちを拾う。きっとまた来よう、心にそうちかってけていった。

 

 少年の気配が消えたのを背中で感じ取ると、少女の意識は正面に向かった。ナニカが近づいてくる。ただその正体を、少女はよく知っている。

 一瞬、目くらましのような白い閃光せんこうがあたりを包む。少年の時よりも強い光で満ちる。やがて光は薄まり、少女の影がうっすらと形を取り戻すと、人が一人、少女の前に立っていた。

 白色に白紋はくもんの袴。最も位の高い宮司である。

「なぜ、外に出ている。日の出の刻であるぞ」

 見ると、東の空がぼんやりと橙色だいだいいろに染まっている。低くうなるような宮司の声に、少女はなんでもない、と言って小屋に入る。

「それでよい」

 小屋から一定の距離を保って宮司は話す。

 ズキと少女の背中にきつくような痛みが、思い出したかのように走る。

「何にせよ、今日は祝うべき日だ。ついに儀式の手はずがすべて整った。来るその時の晦日みそか、その時を待つのみだ」

 両腕を横に広げ、口を少しゆがませて笑う。ただ墨を落としたような黒い瞳だけは、少女に焦点を合わせていた。少女は唇を硬く結んだままうつむいている。

 

 不意に草むらがかさりと音を立ててれる。

 宮司は懐から小刀をすぐさま取り出して音がした方へ投げつける。つかつかと投げた方へ歩み寄っていく。「結界でもゆるんだか」と宮司は小刀が横腹に突き刺さっているネズミを掴み上げる。あふれた血がポタリと白の袴の所々に赤い斑点はんてんを作っている。

「松の葉が付いてしまったのでしょう。神が宿る松の影響で、結界をすり抜けてしまったのでしょう」 

「地にちた松葉なんぞにすり抜けられようとは、やはり結界が緩んでいるようだ」

 小刀を袖で拭きふところに戻す。白衣の袖が血でにじむ。

「火種はすべて除かねばならない。それはかの災厄であっても、来る儀式の手はずであっても同じこと。あとはそなたが何もせずにしておればよい。なに、あと少しだ。巫女が人知れずて、人知れず世界の安寧あんねいが保たれる。そなたは浮世を知らぬ。太陽と成ることでそなたは初めて生を得、そなたの光が世界を照らすのだ。のう、巫女よ」

 少女は依然うつむいたままだが、その瞳は雲がかかったようににごり、彼女を包んでいた光の粒はいつの間にか消えていた。

 その姿はまるでかごの中の鳥が、翼までもがれてしまったかのようだ。

「そなたは太陽の巫女。太陽の神の御前おんまえで神楽を舞うその日まで、日に当たってはならない。神に純潔を捧げるためだ。そなたの天命でもある。決して、その身をがすことのないように」

 宮司はそのまま来た方へ戻っていった。くれないのぶち模様となった袴で、左の手にはネズミの亡骸なきがらたずさえて。

 すっかり日は昇っていたが、窓のない小屋に差し込む光はない。重く深い闇だけがその小屋には存在し、少女もまたその闇の内側にのみ存在している。

 少女は今日も、長く暗い昼を過ごす。




 夜明けとともに敷居しきいまたごうかという少年だったが、寝床ねどこにつくわけにもいかない。

 むくろじの実の皮で泡を立て、泥のねた松葉色の袴を軽くもみ洗い、張り板にかけて干す。仕事が終わるころにはすっかり乾いているだろう。

 白い無地の袴を穿いた少年は、さりとて今日も神職に従事する。ただ少年は心ここにあらずといった具合に上の空である。ほうきを片手にうつろなひとみで空を見上げては何かを思案する。

 情報の量が少ないことを考えるときほど、時間が経つのが遅いものはない。すぐに思考が一周してしまう。巡るというほどには巡らない思考を巡らせて、少年は空虚くうきょな時を過ごす。ほうきを片手に、ただ日の光を浴びる少年の抜けがらがそこにはあった。

 けがれと呼ばれたあの少女はいったい何者なのだろうか。少年の目には穢れというよりも、むしろ神聖なものとして映ったあの黒髪の少女。太陽の巫女だというあの少女。

 問う言葉も、求める答えも何も持ち合わせてはいないのだが、名も知らぬ少女に、少年の頭は占領せんりょうされてしまう。宙に描いた線をなぞるように、夜明け前のおぼろげな記憶を思い返す。

 神はきっと人間をひまに耐えうるものとして設計しなかったのだろう。いく周も熱をびてり切れるほど思考が巡ったころ、少年の脚はひとりでにを目指して動き出した。

 少年がそれに気が付いたのは、例の御神木の前に来た時だった。昇竜のぼりりゅうのように悠然ゆうぜんとそびえ立つそれには、ボロボロだった注連縄しめなわの姿は無く、新しく立派なものが巻かれている。

 領域をへだてる注連縄しめなわか、はたまた他のナニカを感じ取ったのだろうか。ここは神域と現世の境目さかいめだ、と少年は直感的に理解した。

 あの時と同じように、少女のいるであろう場所へと少年は進む。かき分ける草は膝よりも高く、地面は少しぬかるんでいて一歩進むたびに泥が跳ねる。

 ただ、進めど進めど、夜明け前のあの時のような光も風も香りもない。あるのは深い森とざわめく虫たちばかり。

 あの場所が、あの少女が、で、いくら闇雲に探そうとも袴のすそを泥で汚すのみだ。

 来た道も進むべき道もわからなくなり、たださまようだけであったが、やがて戻ってきたのは、間違えようのない太くたくましい御神木。

 どうやら少年は円を描くように歩いてしまっていたようだ。

 随分と長い時間歩いていた気もするが、不思議にも日はまだ南の空高くに浮かんでいる。

 うつろに雲のたなびく空を見上げると、視界の端でちかちかとまぶしい。

 戻ろう。幸いにもここに来るまでは誰にも見つかっていない。少年は後ろ髪をひかれつつも来た道を戻り山を下る。ほうきはどこかに落としてしまったようだが、どうにかなるはずだ。ただ泥の跳ねた袴ではいけない、そこらの川でゆすいで行こう。と心に言って聞かせ、少年は足早に駆けていった。


 長く退屈な昼がようやく終わり、今にも夜のとばりが降りようかというころ、少年は帰路についていた。沈んだ西日が照り返す倒景とうけいで長く伸びた影は、戸口の方を指している。うすぼけて輪郭りんかく曖昧あいまいな様子の中で張り板にかけた袴が一点、くっきりと浮かび上がる。

 それを見るや否や少年はすっ飛んで行く。

 くすんだ緑色の袴が、煌々こうこうと照る月を反射している。少年は身に着けていた白の袴などはすでに脱ぎ払っており、青くまばゆいその松葉色の袴を穿いて夜の山へともぐる。右手にはやはり手燭てしょくを携えて、はやる心を動力源に、少年はあの少女のいるを目指す。

 影の落ちた山ではあるが、少年は迷うことなく行く。記憶の中で幾度いくどとなくこの道を通っているのだ。なんとも慣れた足取りである。

 やがて少年が足を止めると、手燭のあかりが隆々りゅうりゅうと息づく巨木を照らし出した。

 異質な存在感を放つ神の木から、少年は昼に来た時とはまるで違う、おぞましいものを胸の底の奥深くで感じる。しかしそれが心地良い気がして、その身で知っているものとさえ感じてしまう。

 御神木の向こうへと足に任せて歩き出したその時、その感覚が少年の心に確かな重さを持って現れた。

 ああ、これだ。

 少年は、神域に足を踏み入れたのだと知覚した。跳ねる泥もなければ膝上の草葉も無い。ただるのは、あたたかな風と、この先にあの少女がいるという確信。一歩また一歩と踏み出すたびに彼女の存在が近づいているのを感じる。

 ようやっと森の切れ目に行き着こうかという所で、少年は手燭を落としてしまう。拾い上げるも、ロウソクの火はすでに消えてしまい、見上げると星月のあかりすらも雲におおわれてしまっている。本来の黒を取り戻した夜の山に一人、方向感覚を失った少年はただ立ち尽くし時が過ぎるのを待つが、雲間から光が漏れ出る気配はない。

 すると、視界の端、森の向こうで小さくあたたかな光が揺らめく。少年を誘っているのだろうそれに、誘われるがままに近づいていくと、森の切れ目、あの夢の跡地にたどり着いた。

 そしてやはり、目の前には少女が立っていた。

 彼女のてのひらの上で燃えているのは髪だろうか。静かに火の粉を散らしている。

「それ、貸して」

 手を伸ばし、少年の手燭をつかむと掌の火をロウソクへと移した。すると手燭の持ち手の先の和紙の張られた円柱がぼんやりと世界を映し始める。その円柱の空いた上から、なぜかほのかに花の香りがする。妖精の飛んで行った後に残るような香りが、少年の脳髄のうずいを怪しく刺激する。

「これが私の力。火をまとって生まれ堕ち、その瞬間に実の肉親二人を焼き殺した力。どう、穢れているでしょう」

 昨日少年が言いかけた言葉に答えるように呟く。口の端は少し吊り上がり、細まった瞳は炭でくすんでいるかのようだ。

 何が少女にそう言わせているのだろうか。いや、むしろただ読み上げているだけのような、薄く引かれた線をなぞるような口ぶり。これは猿真似さるまねの皮肉だ。

 はあ、と少女は息をこぼして「それで、今日も何をしに来たの」と告げる。

「君に、会いに来たんだ。君のことが知りたくて」

「それで、何が知りたいの」

「名前が、知りたくて」

 はあ……、と先ほどよりも大きく長いため息を吐いて目を閉じる。

「こんな夜更よふけに山の深くまで来て名前が知りたいだなんて」

 あきれた、と言う少女だが、どこかき物が落ちたように、りきんでいたのが取れたような仕草を見せる。表情の硬さも次第になくなり、口がよく動くようになる。瞳も元のあでやかさが戻りガラス玉のようにんでいて、いつの間にか雲間に出ていた星月の光を映している。

「ヒナタ、それが私の名前。」

 奥歯をぐっと噛みしめるように己の名前を口にする。

 日に当たることを許されない彼女は皮肉にも、陽だまりの名を受けていた。死んだ親の代わりに宮司が名付けたというが、まるで少女のことを忌避きひするような名の付け方である。

「きれいな名前だね」

 少年は無垢むくであった。

 それの仔細しさいを知らないのだから仕方がないことではあるのだが、無知ゆえの無垢であるか、はたまたそれが根っからのものであるかは定かではない。

 しかしそれは、少女にとってはどうでもよいことであった。ただ少年のその純真な心が、少女に確かな安らぎをもたらしている。

 真に日を浴びたことのない少女は、初めてその身で光を受けた気がした。

 日に当たるということはきっとこのような感じなのだろう。このように身体の芯が熱くなり、柔らかな空気に包まれるのだろう。少女の白い肌はその光にかれ、薄い健康的な桜の色を浮かばせる。

 少女は少し歩いてぺたりと座る。こっちに来るように言われた気がした少年は、歩み寄ってはその隣に座る。二人で手を伸ばし合えば触れるか触れないかという距離だ。

 少年は火のついた手燭を倒れないようにそっと置く。

「ねえ、ヒナタはどうしてここに住んでいるの?」

「どうしてでしょうね」

 なかば無神経な問いに、少女は他人事ひとごとのような口ぶりだ。

「どうして、なんて考えたことなかった。いや、考えたところで無駄ね。私は太陽の巫女だもの」

 美しくつくろっては優雅ゆうが見世物みせものの鳥は、大空の存在すら知らずにおりの中で生き、おりの中で死んでいく。それは少女と似たようなものだろう。

 見世物の鳥と少女の違いと言えば、客が人であるか神であるかという点だけであろう。

「それは昨日の、太陽として生まれ変わるっていう……?」

「そう、私は太陽にるの」

 太陽なんて見たことないけどね、と続く言葉は少年の耳に届くことはなく、夜の空に霧散むさんして消えていってしまう。

「それじゃあ、ヒナタは」

「いいの、私の光が人々を照らすのよ、ステキでしょ」

 いや、と続く言葉を少年は飲み込む。

 頭の中で言葉がからみ合ってしまうが、やっとの思いで少年は言葉を練り上げる。

「それは、怖くないの?」

「ええ、怖くないわ。私はここから出ることはできないの。ここで生きて、ここでにえとして終えるだけ。そんなのもう生きていないのと一緒よ。だから死んじゃうのなんていまさら。それに、そういう運命なの」

 運命、という人の身ではどうすることもできない、絶対不変のことわりで納得することでしか、少女は正気を保つことができないのだろう。

 これは必然なのだと。もしこれが必然ではなかったとしたら、少女は死の恐怖にことなど、到底できやしないのだろう。

 少年はおもむろに立ち上がると「少し待ってて」と元来た方の森に入っていった。

 いつぶりだろう、と少女は孤独を感じた。ずっと一人で過ごしている少女にとって、それは久しく忘れていたものであったが、彼女の胸の奥底には克明こくめいきざまれていた。それが底から湧きおこっているのだ。

 少女もまたおもむろに立ち上がると、少年の消えていった方へと足を運ぶ。

 何度ここから出ようと思ったことか。何度死を恐怖したことか。自分のことを知るたびに、自分のまわりに渦巻うずまく世界を知るたびに、少女はそれが叶わぬ幻想なのだと知った。

 少女のの周りには結界が張られており、それには太陽の生命源の一部が込められているという。そのため、白昼はくちゅうを生きられない少女は結界を出ることができないのである。

 今一度、と思って手を伸ばそうとするが、寸前で手が止まる。かつて日を浴びて朽ちかけてしまった背中がズキと痛む。

 誰もいないこので、星月の光だけが少女を照らしている。

 

 瞳に映る空の雲が、すべて流れ変わった頃だろうか。少年が行った先の森の中でぼうっと明滅するの粒が見えた。吸い込まれるように、その揺らぐ灯を見つめていると、確かにだんだんと近づいてきているのが分かった。

 ああ、が帰ってきたんだ。そう思うと少女は、支度したくするものなど何も無いだろうに、いそいそと立ち上がる。

 灯に照らし出される少年の姿が次第に見えてくると、手に何か持っているのがわかる。袴の裾や上着の袖は所々に土で汚れた跡がある。

「はい、これ」

 少年は青紫色の花を少女に差し出した。

「これは桔梗ききょうって言うんだ。知らないでしょ」

「うん、知らない」

 少女は自分の手の上の青紫色の花を、目を丸くして見ては鼻先を近づける。

「かわいい花……、かすかに淡い香りもする」

「ここの外にはね、ヒナタの知らないものがいっぱいあるんだ。僕はヒナタにそれを知って欲しい。そしてヒナタの事をもっと知りたいんだ」

 次は何を知りたいの?と聞く少女に、笑った顔が知りたいと少年は言う。太陽の巫女としてではない、のことが知りたいのだと、少年は自身の舌足らずな舌を総動員する。

 少年の火傷やけどしそうなほどに熱い視線は、まっすぐに少女を射抜いている。少年の顔はうっすらと赤みがかっている。

 あまりの少年の必死さに「なによそれ」と少女はこそばゆく吹き出して笑う。それは少年に初めて見せる笑みであった。

 長い闇夜の中での、風前のともしびのような笑みであったが、初めはそんなものだろう。

 ただその時たしかに、少女は笑っていた。


「あ、もうすぐ日の出だね」

 見ると東の空がほんのり赤く染まっている。

「そうね、私は日に当たれないから……」

「じゃあ、また日が沈んだら会いに来るよ」

 少年はすっと立ち上がる。

 少女は少年を追うように上目遣うわめづかいになって、祈るように言う。

「必ず、その青松葉の袴を穿いてきて。青い松の葉には神聖な力が宿るの」

 わかったと言って少年は森の分け目へと沈んでいく。

 その背中を見送る少女はぱくぱくと口を動かし、声になるはずのなかった声を上げようとしている。この手が届かないのならば、少年の後ろ髪を引くことが叶わないのならば、せめて声だけは届けようと、必死に喉を震わす。

「ねえ。まだ、あなたの名前、聞いてない」

 消え入りそうなほどかすれた声で少年に尋ねる。

「ああ、僕はミヅキ。またね」

「うん」

 少年が去った後のこの空間には、少女と青紫色の花と静けさがあった。

 夜明け前の薄暗がりの中、少女は小屋の中から見える位置に桔梗ききょうの花を植えた。それに抜け落ちた髪の毛を一本添えてやると、桔梗ききょうの花は土に深く根を張り、月の光を浴びて力強くその地に咲きほこった。

 それを目を細めて見つめ、少女は桔梗ききょうの花にせる想いを刻み込む。

『我がより まばゆく燃ゆる 葉色』

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