第9話 キューユは優しいっすね、アネットさん!

『キューユとやら、オレサマと話さないか?』


 アネットが【サンダー】を使って狩猟かってきた狼を、夕食代わりに食べた後。

 お腹いっぱいでぐっすり眠ったアネットを、膝枕で寝かしつけたキューユは、パタパタと翼を使って飛んできたブレイズから、そのような提案を受けた。


 ----滅炎竜ブレイズ。

 アネットの【プチサンダー】によって縮小状態にあるが、それでも『無能』なキューユにとっては恐怖の対象である事には変わらなかった。


『なぁに、今の段階であなたに何かしようとか、考えてはいない。今だって、ようやくこの状態での飛行に慣れた所なんだから』

「はぁ……」


 まぁ、眠っている今のアネットを襲うのが一番のチャンスなはずなのに、ブレイズは襲おうとはしていない。

 それを考えれば、自分がなにかされると考えなくても大丈夫ではないか、とキューユは納得する。


「話というのは、アネットちゃんのこと、でしょうか?」

『他に話す事はないだろう。そうだな、出会いの話とか聞いておきたい所』


 "出会い"と問われ、キューユの頭に浮かんできたのは今から3年前----。

 とあるパーティーにて、初めてアネットと出会った時の事だった。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 アネットの生家であるツーデンス子爵家は魔法使い、それも優秀な雷属性の魔法使いを多く輩出する事で有名な家であった。

 魔法の属性は、基本的には親と同じ属性になる事が多いため、ツーデンス子爵家は自分達だけではなく、子爵領内の領民たちに対しても、積極的に雷属性の魔法使い同士での結婚をするよう、推奨していた。

 そのおかげもあってか、王宮の魔術師団など優秀な魔法使いを求める機関に度々、優秀な雷属性の魔法使いがツーデンス子爵領から入っているため、きちんとした成果をあげていた。


 しかし、それだけなのだった。


 たとえばキューユの家、タクモス伯爵領では、王族御用達の商品が2つ、3つあるなど、誇るべき特産物がある。

 他の貴族領でも、同じようにその領内で誇るべき特産物が当然のようにある。


 しかし、ツーデンス子爵領にはそう言うのは一切ない。

 優秀な雷属性の魔法使いが多く生まれる以外はパッとしない、それ一本で子爵家の立場を獲得した家、それがツーデンス子爵家であった。


 そんなツーデンス子爵家の長女、アネット・ツーデンス。

 彼女は、"可哀そうな子爵令嬢"として、貴族社会にて有名であった。




 その日、キューユ主催によって開かれていたパーティーは、そんなアネットの初めてのパーティーであった。

 そのパーティーに、主催者であるキューユもまた参加しており、他に招かれていた貴族令嬢や令息の皆と一緒に、アネットの初めての自己紹介を聞いていた。


「みなさ。ん。はじめまし。て。アネット・ツーデン。ス。です」


 たどたどしき口調にて、真っ黄色のドレスを着たアネットは、大きな声で皆にそう自己紹介していた。

 そしてキューユを始めとした参加者全員が、噂は本当だと納得していた。


 アネットの父であるトーデン・ツーデンスは、実の娘がまだ赤子の時に、強力な雷魔法を与えていたのだ。

 それも、下手したら死んでもおかしくないくらいの、強力な雷魔法を。


 民間伝承ではあるのだが、赤子のうちから強い魔法を受けると、強力な魔法使いになるという噂があった。

 もちろん、真偽も定かではないモノであったが、そんな噂を信じたイカレ親父トーデンにより、アネットは強力な雷魔法を受け、その結果として舌に麻痺が残ることになってしまった。


 さっきのアネットの自己紹介がたどたどしかったのも、幼いからだとか、可愛いと思われたいからというのでもまったくなく、純粋に、そういう形でしか喋れないからあんな自己紹介になってしまっているのである。


 はっきり言って、そんな可哀そうなアネットに、好き好んで話しかけようと交流する者は居なかった。

 イカレた父親が居る家と、わざわざ交流したいと思う者は少ないだろう。


 しかし、主催者である以上、自分は話しかけなければならない。

 キューユはそんな義務感の元、アネットに話しかけた。


「初めまして、アネットちゃん。私はキューユ・タクモスって言うの。よろしくね」

「----っ!! はじめ。まし。て! キューユちゃん!」

「ねぇ、一緒に色々とお話しよう? あっちにお菓子もあるのよ」

「おかし?! 私、おかし。大好きっ!」


 こうして、主催者のキューユはアネットと交流を買って出た。

 そしてお菓子を食べながら、根気強く、「まだマシに聞こえる話し方」をアネットに教えたのである。


 その甲斐あってか、彼女は少しくらいはマシくらいに話せるようになった。


 この件で相性が良いと思われたのか、その後もアネットの参加するパーティーに、キューユが呼ばれるようになった。

 キューユとしてはただそれだけの関係ぐらいにしか思えていなかったのだが、アネットにしてみれば非常にありがたく思っていたのだろう。


 それこそ、盗賊に襲われていたのを助けたり、《災厄の六獣》と戦おうと決意するくらいには。

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